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彼と彼女と4つの季節  作者: 井上まどか
秋のストーリー
10/15

満たされない時間

会話は終始、千晶の独壇場だった。


千晶は面白がって、わざと一郎と彼女にしかわからない共通の友人の話をした。


一郎の会社に、和子という千晶の友達が勤めていたことが最近判明したというのだ。


「ホント、こういう偶然ってあるんだねー。彼女の家で一郎が映った写真を見た時はビックリしたよ~!世間は狭いね~」


「俺だって、まさか和ちゃんが千晶の友達だなんて知らなかったからビックリしたよ」


「ねぇねぇ、一郎!今度は和子と3人で会おうか!彼女も飲むの好きだしさ」


「う~ん…。まぁ、そうだな。それはまた今度。時間があえば…ってことで…」


一郎は、話に加われない香澄を少し気にかけているように一瞬口を濁して話題を変えようとしたが、視線は相変わらず千晶に向けられたまま。


なぜか一郎の視線も香澄に向けられる事はなかった。


「じゃあ、日程はまた今度ね。

で、何、何?和子はちゃんと仕事してるの~?」


千晶は香澄にはまったくお構い無しで、和子の話を続けた。当然、“2人にしかわからない会話”なので、香澄としては面白くはない。


和子という友達の事も、内容もまったくわからない。会話にも踏み込めないので、香澄はただ微笑んで頷いているか、黙って聞いているしかないのだ。


仕方なく、延々と続く“共通の友達”の話題をぼんやりと聞いていた。


結局、和子の話題で何分位経過したのだろうか。

注文した料理も、すっかり冷めてしまった。


(千晶はなんで私を呼んだんだろう。そんなに一郎と和子さんの話がしたいなら、私じゃなくて和子さんを呼べばいいのに…。私はここにいる意味…あるのかな…)


と、香澄は今日来たことを後悔した。

そして、自分の存在を悲しく感じていた。


3つのビールグラスが空になっても、2人は“和子と和子の家庭”の話や、和子の失敗談で盛り上がっていた。もちろん香澄は話の輪には入れない。


二人に気づかぬように香澄は小さな溜息をつくと、軽く手をあげてウェイターを呼んだ。


「…ビールでいいよね…?」


そう香澄が尋ねても、2人は会話を止めることもなく、(うんうん)と頷くだけ。

黙って空のグラスを差し出した。


「…じゃ、ビールふたつお願いします。

…それから私は焼酎ロックで…」


あまりにも手持ちぶさたで、飲まずにはいられない気分だったのだ。


3人でテーブルを囲んでいるのに、何だかとても孤独だった。


(あーあ…。ここに来る前に、ウキウキしていた“あの気持ち”は何だったんだろう…)


“その場”にいるのに、自分ひとりだけが蚊帳の外だなんて…。


千晶への怒りを通り越して、ふたりから視線を受けることもなく、話にも加われない自分の事が、何だか情けなく思えてきた。


(私…何のために来たんだろ…。

いる意味ないよね…)


香澄は帰ろうかと何度も思った。

けれど、2人の会話を遮って「私、帰る!」と言う度胸もない…。


(私がわかる話をしてよ)


と、言えば解決出来るかもしれないが、勇気のない香澄は口に出せない。


(情けないヤツ…)


会ったことのない和子に嫉妬をし、二人だけで会話している千晶と一郎に対して、怒りにも似た嫉妬を感じている自分に向けてそう言った。


(はぁ~…)


香澄はチラリと腕時計を見た。


(一体いつまで続くんだろ、この会話…)


香澄は今まで感じた事のない孤独を味わいながら、焼酎をグイっと一気に飲み干した。


大好きな焼酎のはずなのに、なぜかまったく美味しく感じられなかった。


満たされない気持ちを紛らすためのお酒を飲みながら、香澄が願っていたのは和子の話が終わること。


ただそれだけだった。




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