歴史が閉じる時 7
「最後の航空支援が来ます」
ディフュージョンの言葉のあと、ミサイルすら積んでいないリーパーの部隊が飛来した。
たぶん、機体をバロールに突っ込ませるつもりなんだ。
「ヘルファイアによる支援攻撃も来ました」
リーパーの特攻と、ヘルファイアによる支援。
バロールは、絶対にそのふたつの攻撃を迎撃するはずだ。
「千葉駅周辺にエネルギー反応」
兄ちゃんのスプレッドが告げる。
走りながら、ボクたちは衝撃に備えた。
直後、AIの判断で画面の明度が落とされ、空をあの光が切り裂いていく。
「リーパー全機、消滅。 ヘルファイアは全弾迎撃され、イージス艦上部構造物の一部が蒸発しました」
AIらしく淡々としたディフュージョンの報告。
「馬鹿げた威力だな」
「でも、懐には潜り込めました」
ディエゴと兄ちゃんは衝撃に耐え、ディフュージョンとスプレッドがライフルを構える。
ボクも2人に続き、フューネラルの右手が持つライフルを構え、ウェポンマウントのライフルを展開した。
「見えたぞ!」
オーロラモールから通りに突入すると、大型の四脚を備え、これまた大型の照射器を積んだ多脚戦車が現れた。
あれが、バロールだ……。
「今がチャンスだ! 榴弾をプレゼントしてやれ!」
120mm榴弾を放ったディフュージョンに倣い、ボクたちも120mm榴弾を放った。
万が一のため、ウェポンマウントのライフルには2発ずつ砲弾を残しておく。
放たれた榴弾は動かないバロールに全弾命中し、バロールは榴弾が炸裂した際に生じた黒煙に覆われる。
「やったか!?」
兵士の1人がつぶやくが、レーダーを見ればわかる。 バロールは健在だ。
あの照射器は、スライドした装甲板によって守られている。
「クソッタレ! なんて厚い装甲だ!」
「バロールにエネルギー反応! また照射が来るぞ!」
ボクたちは、スラスターを全開にして左右に散った。
直後、ボクたちが居た空間をレーザーが貫き、アスファルトや建物の外壁は溶け、衝撃がボクたちを襲う。
「くっ……!」
シールドで閃光は防いだけど、衝撃で左腕の関節がダメージを受けた。
まだ動くけど、さきほどサマーソルトキックをした時の両足にもダメージが蓄積している。
「剣か刀が欲しいな……」
今のNPDは、基本的に近接戦を想定していない。
武装も、小ぶりのナイフが1本あるだけ。
けれど、射撃のみで多脚戦車を倒せなかった時のために近接戦を想定したNPDも造ってと、ずっと父さんに頼んでいた。
やっぱり、ボクの考えは間違っていなかったんだ。
「120mmの予備は?」
「APFSDSが1マガジンあります」
「なら、もう一度飽和攻撃を……」
「――ディエゴ大尉」
ボクは、ディエゴと兵士たちの会話に割り込んだ。
「30mmを掃射して、バロールの装甲板を展開させてください。 そのスキに吶喊します」
「ダメだ! 危険すぎる!」
「でも、誰も近接格闘の心得が無いでしょ! ここはボクが行くのが最適解なの!」
思わず、素で怒鳴ってしまった。
「弾薬は残り5割を切っている。 援護できるのは数十秒だ」
ディエゴは、複雑な表情で答える。
「それだけあれば十分です」
バロールの懐に飛び込むのに邪魔な乱数回避はオフにした。
ライフルのマガジンを交換して、120mm榴弾からAPFSDSに砲弾をチェンジする。
その間にスロットルを開いて、スラスターの出力を上げた。
「総員、撃ち方――」
ディフュージョンとスプレッドたちが、ライフルをバロールに向けた。
「――はじめぇ!」
11機のNPDが、30mmアサルトライフル33門による制圧射撃を開始した。
30mmではバロールの装甲にダメージを与えられないが、それでも装甲板を展開させるきっかけにはなる。
「デク人形如きがぁぁっ――!」
シールドを構え、ウェポンマウントのライフルを掃射しつつ、味方の弾幕の隙間を縫って吶喊した。
途中、フューネラルをロールさせてバロールの踏みつけを回避し、機体の側面に取り付く。
「関節は守れないでしょ!」
右手のライフルを、車体と照射器の間――可動部に突きつけ、APFSDSを全弾叩き込む。
砲弾が命中した部分からは火花が散り、バロールはおもいきり機体を揺すった。
「チッ――」
フューネラルがバロールから振り落とされ、頭の中に警告音が鳴り響く。
警告の種類は……過度なストレス?
なんで、ボクがそんな警告を受けなくちゃいけないんだろう。
「逃げろツグミ!」
――誰かの怒鳴り声がする。
バロールが、火薬ペレットを点火して装甲板を強制的に排除し、照射器をボクに向けていた。
気付いたボクは、とっさにシールドの先端を照射器に叩きつけた。
でも、照射は行われようとしている。
「ツグミ!」
突然、兄ちゃんのスプレッドが割り込んできた。
その右手にはナイフが握られていて、左手でシールド押し込みながら、ナイフを照射器へ突き立てている。
「兄ちゃん――!?」
初期段階の照射でも、至近距離であればかなりの高温に晒される。
実際、スプレッドの装甲は徐々に融解していた。
いくら対レーザー兵器用の塗装がされていたとしても、数十秒と保たないだろう。
「お前ら! ヤツの背後に取り付け!」
バロールの後部に取り付いたディフュージョンとスプレッドが、30mmと120mmを一斉に喰らわせる。
まだ、照射は止まらない。
「とっとと壊れろよぉぉぉっ!」
兄ちゃんが死んじゃう……。 それだけはイヤだ!
ボクは無我夢中で泣き叫んでいた。
再び頭の中で警告音がして、ボクが重いストレスを受けていると報告してくる。
かちゃりと音を立てて左手首に取り付けられた機械は、鎮静剤などの薬を圧力注射するためのデバイスだった。
「……」
空気の抜ける音がしてから、ふわふわとした気分になる。
怒る自分の姿を、ガラス越しに眺めているような感じだ。
ああ、ボクに鎮静剤が投与されたのかもしれない。
AIには、そういう判断を下すプログラムも組まれているのだから。
「――ッッ!?」
バロールが崩れ落ちる音で、やっと現実に引き戻された。
フューネラルはその場で膝をついていて、兄ちゃんのスプレッドは横で倒れている。
「兄ちゃん!」
「だいじょうぶ……だ」
通信ウインドウで兄ちゃんの顔を見て、ボクはほっと胸をなでおろした。
バイタルスキャンの結果も、問題なし。
「兄ちゃん、いま助けるか……」
「そこから離れろツグミ!」
いきなりディエゴが怒鳴った。
「え……?」
機能を停止していたはずのバロールが、ボクの目の前で脚を振り上げていた。
あれだけ巨大な脚だ。 ただの踏みつけでさえNPDにとっては致命傷になる。
「ツグ、ミッ――!」
機体に衝撃が走り、フューネラルは吹き飛ばされた。
「兄ちゃ……」
スラスターを強引に吹かし、兄ちゃんのスプレッドがフューネラルを突き飛ばしたのだ。
結果、兄ちゃんのスプレッドは、バロールの脚に踏みつけられた。
「兄ちゃん――!?」
「このクソッタレがぁっ!!」
ディフュージョンたちの攻撃で、ついにバロールは撃破される。
その間に、ボクはバロールの脚をどけて兄ちゃんのスプレッドを引きずり出す。
そしてフューネラルから降り、スプレッドのコックピットハッチを強制排除した。