歴史が閉じる時 3
「パイロット。 レーダーに反応があります」
本千葉駅まであと300mの所で、スプレッドが告げた。
ボクは、ペダルを踏む力を少し緩めて、フューネラルにライフルを構えさせた。
「数は?」
「4機です」
「――ツグミ」
「――わかってる」
ボクと2人で、4機のコラプションと戦うつもりだ。
ボクは、フューネラルが構えるライフルのステータスを確認した。
ライフルは、国際規格で製造された『M197 アサルトライフル』というもの。
元々は攻撃ヘリコプターなどが装備する20mmガトリング砲『M197 機関砲』で、その中からテレスコープ形式のケースレス弾を採用した派生モデルをベースにしている。
さらに、ライフルの銃身下には同じく国際規格で設計された『105mm 多目的滑腔砲』が取り付けられていた。
「ライフルの残弾は6割、105mm砲は3発残ってる」
M197には、人が使うアサルトライフルと同じような箱型の弾倉に、700発の弾丸が装填されている。
105mmの弾倉には、標準で6発の砲弾が装填されるのだ。
「こっちと同じだな。 じゃあ、行くぞ」
ローラーではなく徒歩で建物の影に隠れたスプレッドが、モニター上で大通りに居る4機のコラプションのうち、2機にマーキングした。
……兄ちゃんがあの2機を倒すということだ。
そしてボクは、反対に居る2機を狙う。
「――弾種確認、20mmはAPI。 105mmは離脱装弾筒付安定翼徹甲弾」
APFSDSという弾は、貫通力に特化した砲弾。
発射されると、装弾筒が空気抵抗で外れ、安定翼を備えたダーツが飛翔する。
胸部装甲の厚いNPDを倒すには最適な砲弾だ。
「トリガータイミング、ゼロ。 フォックス1!」
APFSDSなどの砲弾を示す符丁を叫び、トリガーを引いた。
直後、甲高い音が2回鳴り、コラプション2機の胸部にそれぞれダーツが突き刺さったのがわかった。
「フォックス3!」
20mmによる射撃を表す符丁を叫びつつ、再びトリガーを引く。
ライフルから放たれた数発の徹甲焼夷弾は、コラプション2機の胴体にクリーンヒットし、間もなく炎上した2機は倒れて動かなくなった。
「上出来だ」
兄ちゃんの方も、同じようにコラプション2機を倒していた。
しかし、レーダーが新たなNPDを探知する。
「――また敵!?」
ボクが気づいた時にはもう、目の前に数機のNPDが居た。
そのNPD達は、ボクたちにライフルを向けている。
「撃つなツグミ! 彼らは味方だ」
ライフルを向けようとしたボクを、兄ちゃんが止める。
「味方……?」
「民間軍事会社の『ドラウグル』。 ツグミも知ってるだろ? きっと、要人の救出でもしていたんだ」
その名前は聞いたことがあった。
父さんが毎年NPDの整備を担当している会社だ。
「そこのNPD。 どこの所属だ」
『ブレイズ』という機体名が表示された深紅のNPDから、オープン回線で通信がきた。
「私たちはモガリ・アビオニクスのテストパイロットです。 試作機と共に避難していたところで敵のNPDと遭遇し、交戦しました」
「そうか」
兄ちゃんが答えると、向かい合っていたNPDたちがライフルを下ろす。
「本千葉駅の周辺はどうなっていますか?」
「あそこは米軍と自衛隊が臨時の補給所にしている。 オレたちが来たルートを進めば、敵に遭遇しないで済むだろう」
ブレイズのパイロットはそう答え、通ってきたルートのデータを送ってきた。
「わかりました。 ありがとうございます」
「礼はいらない」
そう返したあと、パイロットはブレイズを走り出させる。
ボクたちはその背中を見送りながら、逆の方向へ走った。
◇
「お前たち、どこの所属だ!?」
「モガリ・アビオニクスです。 試作機と共に避難しています」
「そうか、歓迎する!」
本千葉駅に到着すると、集合していた米軍と自衛隊の部隊に会った。
「俺は、この臨時中隊を指揮することになった、ディエゴ・マイルズ大尉だ」
「私は、モガリ・アビオニクスのテストパイロット、茂苅タクマ。 銀のNPDのパイロットは、弟のツグミです」
彼らが乗るスプレッドの状態は様々で、片腕が無い機体や、肩の装甲が脱落した機体まで居る。
中隊とは言っても、米軍や自衛隊といった所属まで無視した寄せ集め集団だった。
「千葉駅まで移動したいのですが」
兄ちゃんが、ディエゴに座標のデータを送る。
「あの機体……」
ディエゴが乗るNPDは、都市迷彩のパターンこそ同じだが、スプレッドではなかった。
機体名は『ディフュージョン』。
フューネラルやあのブレイズと同じ、スプレッドやコラプションとは仕様の違うAIを積んだNPDだ。
「それは不可能だな。 ちょうど航空支援も来るところだから、実際に見ればわかるだろう」
「それはどういう……」
ディエゴが、機体を後方に向けた。
ボク達は、その方角にカメラをズームアップさせる。
すると、10機ほどのUAV『リーパー』が編隊を組みながら飛来した。
リーパーは、人間離れした機動で乱立するビルやマンションの隙間を縫うように飛び、主翼下に装備する空対地ミサイル8発をどこかに向かって発射する。
しかし――
「あの光は――」
その光景を目にして、ボク達は唖然とした。
10機のリーパーが発射した80発のミサイルが、地上から空を貫いた数本の白い閃光によって、全弾撃ち落とされたのだ。
「対空レーザーですか」
あれは、レーザーが照射された際、射線上の大気がプラズマ化した光。
シミュレーターで何度か目にしているけど、本物を見たのは初めてだ。
「それだけじゃない。 戦術高エネルギーレーザー砲を搭載した多脚戦車『バロール』も居る」
米軍機と接触したことで、データリンクが最新の状態に更新された。
ボク達が居る本千葉から約2km離れた地点――目的地になっている千葉駅周辺で、膨大な熱量が観測されている。
熱源は、レーザーで航空機やミサイルの迎撃を続けているバロールと対空レーザー砲が、冷却のために放出する排熱だろう。
「コイツらを倒さなければ、戦いも終わらない。 だが、破壊に向かった歩兵部隊は全滅した。
しかし、NPDでバロールを破壊するには戦力が……」
バロールを始めとした多脚戦車は、装甲が厚い。
ある程度数が揃わなければ仕留めきれないし、護衛を陽動するための戦力も必要になる。
「兄ちゃん」
ボクは無意識に兄ちゃんを呼んでいた。
「言わなくてもわかってるよ」
通信ウインドウの向こうで、兄ちゃんが微笑む。
「マイルズ大尉。 私たちにも武器を」
「どうするつもりだ?」
「私たちをバロールとレーザー砲台の破壊に同行させてください」
ディエゴは、何も言わなかった。
通信を聞いている他の人たちもだ。
たぶん、民間人の手も借りなければならないほど、状況が悪いんだと思う。
「軍と同じ規格のシミュレーターで、レーザー兵器との戦闘を何度も経験しています。 それに、バロールの居る千葉駅こそが、私たちの目的地でもあるんです。
父からの連絡も無い以上、目的地が変更された可能性も低い」
バロールを破壊しなければ、ボク達は千葉駅に行けない。
だから、あれとの交戦は避けられないんだ。
「――整備班! この2機にもライフルとシールドを。 燃料補給も忘れるな」
「ありがとうございます」
ディエゴとの通信が切れて、ボクと兄ちゃんの機体のそばに、NPD整備用の車両がやって来た。
「ツグミ。 覚悟はいいな?」
「――大丈夫。 頑張ってみるよ」
ボクは手の震えをごまかしながら答えた。