歴史が閉じる時 2
――10分後。
「このNPDたちは……」
建物や道路が壊れ、様相が一変した市街地に、曲面で構成された外装を持つNPDたちが倒れていた。
「コラプションの無人機仕様だな。 やはり、北の軍が配備している機体だ」
周囲に危険が無いか確認した兄ちゃんは、スプレッドから降り、コラプションに近づく。
「スプレッド。 コラプションと有線接続する。 ログの吸い出しと通信の傍受を試してくれ」
「了解」
スプレッドのAIが淡々と答え、兄ちゃんは作業を手早く終わらせた。
「ログによると、120機ほどのコラプションが千葉に存在する模様です。
ミサイル防衛施設は破壊され、敵航空機が制空権を確保。
現在、在日米軍と自衛隊が交戦していますが、コラプションの連携に圧されています」
スプレッドのAIが、コラプションに残ったデータと傍受した通信を元に解析する。
NPDのAIは、このくらいできて当然なのだ。
「どうやって北の軍は千葉に来たの?」
ボクが訊くと、スプレッドはすぐに答えてくれた。
「衛星軌道上から降下カプセルで降下しています。
降下地点は、九州、大阪、神奈川、東京、千葉、北海道です」
「連邦お得意の戦術。 誰も気づけなかったってわけか。 しかも、日本の主要都市や重要施設のある都道府県を同時に攻撃してやがる」
兄ちゃんがスプレッドに戻りながら言う。
近くを調べていたボクは、コラプションに撃破されたと思われる米軍のスプレッドを見つけた。
「兄ちゃん、アサルトライフルを2挺と、予備弾倉をふたつ見つけた」
「そうか。 そのスプレッドに人は?」
「自律制御してた形跡があるから、乗ってなかったみたい」
AIを搭載しているため、NPDはパイロットが乗らなくても行動可能だ。
ただ、『ひとつの親機が複数の子機を操作する』スプレッドの方式と、『1機毎に独自に思考して、集まれば連携を取る』コラプションの方式という違いがあった。
どちらもコストパフォーマンスやメンテナンスの容易さ、パイロットとの相性や性能で違いがある。
そして今、集団戦を得意とするコラプションと、それを援護する航空機の連携プレーに、米軍と自衛隊は圧倒されているのだ。
「ライフルは1挺ずつ装備しよう。 そのあと、本千葉駅まで移動する」
「どうして本千葉に?」
「このままじゃ、千葉駅には向かえない」
言葉の意味がわからず、ボクは首を傾げる。
「北の軍の作戦プランを見たんだ。 そして、千葉県に対する攻撃で投入された兵器の中に、レーザー砲装備の多脚戦車が混ざってる」
「レーザー砲……」
高性能化する航空機とミサイルに対抗するために開発されたのが、様々なタイプのレーザー兵器だ。
そのひとつである多脚戦車は、NPDの技術を流用して開発された兵器で、軽自動車程の大きさの機種や、全高8mを超える機種まである。
「状況から考えれば、本千葉駅は米軍と自衛隊の前線基地になっているはずだ。
だから、そこで彼らと合流して、多脚戦車が破壊されるまでの安全を確保する」
「けど、本千葉駅までの道のりも危ないんでしょ?」
ボクが訊くと、兄ちゃんは「そうだ」と短く答えた。
「それに、多脚戦車との戦闘にオレたちも加わる可能性がある」
「なんでさ」
「スプレッドが米軍機のデータを吸い出したから、戦況も把握できた」
たしかに、兄ちゃんは米軍機とスプレッドを繋いでいたけど……。
「米軍と自衛隊は、コラプションの侵攻を抑えるので精一杯なんだ。
多脚戦車の破壊に向かえる戦力は抽出できそうにない」
兄ちゃんのスプレッドと近接データリンクを共有。
ボクの視界に、米軍と自衛隊、北の軍の位置と、戦闘の詳細が表示された。
学校が休みになるたびシミュレーターで遊んでいたから、このくらいのデータならボクでも理解できる。
「――わかるな?」
兄ちゃんに訊かれて、ボクは頷いた。
「じゃあ、本千葉駅に向かうぞ」
「コラプションに遭遇したら、どうすればいい?」
「とりあえず交戦して、スキを見て逃げろ」
――今、この戦況で逃げられるスキなんてあるのかな?
集音システムは激しい銃撃戦の音を拾い、通信では米軍や自衛隊の兵士の悲鳴も聞こえてくるのに。
この戦場から逃げ出す余裕なんて……。
考えながら、ボクは兄ちゃんの後を追ってフューネラルを滑走させた。
戦場の空気に晒されたボクにとって、足裏のローラーが駆動する音だけが唯一の励ましだった。