歴史が閉じる時
6年前。
ボクがまだ5歳だった頃、あの人に出会った。
5年前。
あの時に起きた事件のことは、今もまだ鮮明に覚えている。
◇
〇2025年 4月
6年前の4月。 ボクに兄ちゃんができた。
と言っても、兄ちゃんとは30も歳が離れている。
「はじめまして」
兄ちゃんと初めて出会った時、ボクはきょとんとしていたらしい。
父さんが、36歳の従兄弟にあたるおじさんを「お前のお兄さんだよ」と言って紹介したのだから当然か。
ボクに30歳も年上の兄ちゃんができた理由を、父さんは噛み砕いて説明してくれた。
話によれば、親戚に子供が居なかったり、家が散り散りになってしまって相続にも支障が出てしまったから、親戚同士で養子縁組をしたり、三親等同士で結婚するなどして家系をひとつにまとめたから、らしい。
……難しくてよく分からなかったけど。
だけど、そのおかげでボクに兄ちゃんができた。
ボクも兄ちゃんにはすぐ懐いたし、兄ちゃんもボクに優しくしてくれた。
多分、あの時が一番幸せだったと思う。
◇
〇2026年 10月
「ナインフェイズ・ディアグラム――通称『NPD』は、世界中に広く普及している全高5メートルほどの人型ロボットのことだ。
これには最先端の人工知能が積まれていて、パイロットとコミュニケーションしながら独自に行動することもできるんだよ」
父さん――茂苅 光太郎は、ボクを会社に連れて来て、倉庫に案内しながら説明した。
父さんが説明した通り、倉庫の中には大きな人型のロボットが居て、一つだけの丸いカメラがボクをじっと見下ろしている。
あれこそ、NPDと呼ばれる人型ロボットなのだ。
「兄ちゃんが乗ってるの?」
「そうだよ。 あれはアメリカや日本などが運用する量産機『スプレッド』。 それを新型機開発用のテストベッドにしてる」
先祖が設立した企業『モガリ・アビオニクス』は、ロボット開発を主軸とする会社で、現在はNPD関連の技術を研究・開発している。
父さんは何代目かの社長をしていて、ボクは学校が休みのたびに会社へ行き、仕事を見学するのが日課だった。
「タクマ。 機体の調子はどうだい?」
タクマというのは、兄ちゃんの名前だ。
「問題ありません。 このままテストを続けます」
NPDにはAIが載っているのが普通だけど、父さんがカスタムしたスプレッドには、AIが積まれていない。
たしか、「まだ開発中だよ」と話していた気がする。
「ボクもNPDに乗りたいな」
ボクが呟くと、父さんは笑った。
「後で予備機に乗せてやる」
「本当!? やったー!」
父さんは約束を必ず守る人だから、ボクは父さんの言葉を信じることにした。
「タクマ、機体を外に移動させてくれ」
「了解」
兄ちゃんの返事のあと、ガシャンと音を立てながらスプレッドが歩き出す。
NPDの足裏には移動用のローラーがあるんだけど、少し進むだけなら徒歩で十分だ。
「そうだ。 お前にはプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
前を歩くスプレッドの後を追いながら、ボクは訊いた。
「これだ」
父さんが、丸い機械をバッグから取り出す。
「なにこれ?」
首を傾げながら、ボクは訊く。
「テスト中のAIユニットだ」
「じゃあ、兄ちゃんのNPDに積むの?」
「いや、予備機に積む」
「そうなんだ」
目を輝かせながら、ボクはAIユニットを眺める。
ユニットのボディは金属でできているけど、かなり軽い。 この中にコンピューターが入っているとは思えないくらいだ。
「この子の名前は?」
「――フューネラルだ」
フューネラル。 ボクはAIの名前を呼んだ。
すると、ユニットが声に反応したのか、中心にある赤いクリアパーツを規則的に光らせた。
そして、赤いパーツのそばには、鳥を模したマークが描かれていることに気づく。
「鳥……?」
「その鳥はツグミだよ」
名前を聞いて、ボクは笑った。
だって、"ツグミ"はボクの名前でもあるのだから。
「嬉しいか?」
「ありがとう、父さん」
「大切にするんだぞ」
「うん!」
そうして、外の演習場でテストをしているスプレッドと、雲ひとつ無い青空を眺めていた時――
「――何の音?」
ドォンという大きな音を耳にした。
気になって空を見上げれば、遥か彼方で黒い煙が立ち上っている。
「火事?」
なんとなく呟くと、父さんは隣で「違う」と言った。
その直後、視線の先――目視で3キロほど先にある街で爆発が起き、数秒後に音が聞こえてくる。
「あの爆発はなに!?」
街のあちこちで、いくつもの黒い煙が立ち上る。
これじゃあまるで……
「戦、争……?」
怯えるボクを、父さんが抱きしめる。
その間に、音と振動は大きくなっていく。
「連邦が攻撃してきたんだ!」
ボクを抱えて、父さんが走り出した。
「タクマ! ツグミは予備機に乗せる! お前は軍と回線を繋いで、情報を集めろ!」
「了解!」
兄ちゃんは、スプレッドの体勢を立て直して、作業を始めた。
「ツグミ。 NPDは動かせるな?」
倉庫に戻ったあと、父さんは銀色のNPDの前でボクに訊いてきた。
銀色のNPDは、父さんの言っていた予備機だ。
「大丈夫」
いつもシミュレーターで遊んでいたから、NPDを動かすくらいはできる。
「じゃあ、機体に乗ってそのユニットをコンソールに取り付けなさい」
「わかった」
ボクは父さんの指示に従って、機体に乗り込んだ。
シートに座ってベルトを着けたあと、AIユニットを目の前にある丸いくぼみに固定する。
「ペダルに足が……」
メガネ型のヘッドセットを着けながら、ボクは足先を動かした。
けど、ペダルに足が届かない。
足先を伸ばしてみても、ペダルとの間に20cm位の隙間がある。
「足にモーションセンサーを着ける。 これで、足の動きとペダルの操作が連動するよ」
父さんは慣れた手つきでセンサーをボクの足首に巻いた。
そして、しっかりとした目つきでボクを見る。
「ツグミ。 お前は強い子で、NPDの操縦もできる。 だから、お兄ちゃんと2人だけでここに行けるな?」
「……うん」
「そこでアメリカ軍の人に会えたら、データを渡しなさい」
ボクは不安で泣いてしまいそうになるのをこらえて、ただ「がんばる」と返事をした。
父さんは「いい子だ」と言ってボクの頭を撫でたあと、NPDから降りてしまった。
「AIは新規パイロットとニューラルリンクを開始しろ。 ツグミは操縦桿を握れ」
父さんに言われた通りに操縦桿を握ると、視界の中に様々な色の光が明滅する。
これは、操縦桿を介してNPDが有するナノマシンを体内に取り込むことで、機体と有機的に繋がるシステムだ。
こうすることで、機体の状態を感覚で把握することができるし、AIがパイロットの思考を読み取って動作の補助をしてくれる。
「フューネラルは動かせそうか?」
そうか……。
機体の本体とも言えるAIが、父さんがプレゼントしてくれたフューネラルだったんだ。
「システム、オールグリーン。 大丈夫、動かせるよ」
「じゃあ、お兄さんと一緒に千葉駅へ向かえ。 そこが目的地だ」
「でも父さんは?」
「私はね、他に行く所があるんだ」
そう言ったあと、父さんは端末を手にしたままフューネラルから離れる。
「もしもの時は、武器を使いなさい。 どこかに落ちているはずだ」
「それって、いけないことなんじゃ?」
「敵は無人機しか居ないから平気さ。 ツグミだって、戦い方は知ってるだろ?」
「シミュレーターでやったから知ってるけど……」
「なら、シミュレーター通りにやればいい」
そんな簡単な事じゃないと思うんだけど……。
ボクは呟きながらフューネラルを歩かせ、外に出た。
「じゃあ、行ってきます」
「……気をつけてな」
そうしてボク達は、手を振る父さんを残し、目的地に向かって移動を開始した。