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練習用短編②:もう一度現世へ

作者: 神田春雨

「栄えある優勝は……カツラマサトさんで~~す!!」

 ぱんっ、という派手な音と共に、マサトの視界いっぱいに紙吹雪が降り注ぐ。

 東京ドームを軽く超えるであろう広さの会場中から、割れんばかりの拍手が送られた。

 司会の若い女性はもちろん、会場中の観客もマサトも、皆が皆、頭の上に白光りした輪っかを浮かべ、同じデザインの白い法衣に似た装いをしている。

「えー、第一万四百三回『天界一運動会』、見事優勝に輝いたカツラさんには、天界長様より『現世旅行権』の贈呈がなされます」

 のろのろとした足取りで舞台上を歩くのは、顔中皺だらけの老人。しかし頭上には、一際大きい白輪をどっしりと携え、彼の貫禄を感じさせる。

「優勝……おめでとう……」

「ありがとうございます……」

 ガラガラ声の老人から、50センチはあろう大きな鍵を受け取るマサト。透明な素材なのに金色の光を放つ不思議な材質でできている。

「では、優勝したカツラマサトさん、今の心境はいかがですか?」

「そうですね、この日のために、約十年間トレーニングしてきて、やっと報われたって気持ちですね」

「優勝賞品の『旅行権』はどのように使われますか?」

「10年前、現世に彼女がいたんです。ずっと一緒にいようって言ってたのに、そのままボクが死んでしまって……。もう一度彼女に会って、一緒に花火を見に行きたいです」

 ヒューヒュー、という歓声や拍手が再び会場中から鳴り響く。

「では、改めて優勝賞品『現世旅行権』の規定をおさらいします。この鍵によって、天国からあなたは一度だけ現世へと帰ることができます。ただし、向こうで死亡した時点で天国へ強制送還となります。しかし、死なない限りはいつまでも現世にとどまることができます」

「死ななければいいんですよね? 簡単ですよ」

「しかし、歴代の優勝者は、最長でも一か月。中には一日で強制送還されたケースも複数あります。大丈夫でしょうか?」

「ええ、天界一記録だって更新したんです。ここでもその記録更新してみせますよ」

「頼もしいですねぇ。では、早速行っていただきましょう。皆さま、スタジアムの中央にご注目ください!」

 広大な会場の真ん中、地面から眩い光と共に高さ10メートルはあろう巨大な門が大きな音をたててせりあがってくる。


 これこそが、現世と死者の国を分かつ、空の門。


 マサトはその前に立ち貰った鍵をそっと錠前に差し込む。

 巨大な門が、重々しい音を立ててゆっくりと開きだした。

「みなさま拍手でお送りください!!」

 扉の向こうは、現世の雲の上に続いていた。

 一歩一歩、現世での思い出、天国でのトレーニングしてきた日々、噛みしめるように歩みを進める。


 十年前、高校二年生のとき、交通事故に会い突如として彼の人生は幕を閉じた。

 今、ミユキは何をしているだろうか。

 もう現世では27歳になるのか。きっと、綺麗な大人の女性になっているだろう。


『ずっとずっと一緒だからね。十年たっても二十年たっても、また一緒に、この花火見に行こうね』


 死ぬ三日前、彼女と行った花火大会。

 その帰り道、ぽつんと灯る街灯の下で重ねた唇の感触が、まるで昨日のように覚えている。


「ミユキ……待たせてゴメン。今、行くから……!」


 カツラマサトは、大きな空に身を落とし、現世へと飛び立った。


  ♦


 五日後。

 立ち入り禁止と書かれ、非常灯しか明かりの無いビルの屋上に、カツラマサトはいた。

「今夜は花火大会か」

 打ちあがる無数の花火が、少しタイミングのずれた破裂音と共によく見える。

「天国のみんな。今、帰るから」


 カツラマサトは、夜の闇に身を落とし、天国へと旅立った。


  ♦


「あ~あ。今年の優勝者は五日ですか~。結構いけると思ったのにな~」

「賭けは俺の勝ちだな。やっぱり一度死んだ人間が現世で再び生きるのは難しいのさ」

「今年はなかなか悲惨だったそうだよ」

「そうなのか?」

「ああ。なんでも十年前に残してきた彼女。今ではとっくに別の男と子供まで作ってたそうだ」

「そりゃそうだよ~女が死んだ男を十年も思ってるわけないもん」

「それで優勝者が言い寄っても、相手はキレイさっぱり忘れてたってんだから、相当ショックだったろうね」

「さ~て、来年の大会の準備、始めますか」

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