未来、恋人達のクリスマス
「メリークリスマス。マリー」
「メリークリスマス。シン」
聖夜。雪の降る街の中で僕達はお互いに言葉を交わした。「ねぇシン。今日がクリスマスなんでしょ?」
隣で並んで歩く彼女はキョトンと首を傾げる。恋人の様にも、娘の様にも見える。(僕には娘はいないし、いるような歳じゃ無いけど)
「そうだよマリー。データには入っているんだろ?」
「それはもちろん……だけど不思議なの」
「不思議って何が?」
「どうして、人間は今日を恋人の日にしたの?」
彼女は首を曲げたまま訪ねた。沢山のアンドロイドの中でも、マリーは群を抜いて表情を見せない。開発者によるとシステムエラーでは無く、彼女の〝癖〟の様な物らしい。
どうやらマリーにとってはそれがコンプレックスらしく、いつも鏡に向かって表情を変える練習している。
アンドロイドが誕生してから50年。そしてつい数年前にアンドロイドと人間との恋愛の自由が認められた。
一見成人女性に見える彼女は、実はまだ生まれて3年。
世界の仕組みは理解していても、どうしてその仕組みが必要なのか不思議でしょうがないのだろう。
「確かに。どうしてなのだろう」 吐いた白い息が空中を漂う。マリーは少し羨ましそうにそれを見る。彼女の発音プログラムは、呼吸を必要としない。
「諸説は沢山あるわ。だけどヒューマンの恋人として、シン。貴方の意見が聞きたいの」
彼女の青い瞳が僕を見つめる。
瞳孔の部分は小さく機械音を鳴らし、大昔の一眼レフカメラの様に僕を捉える。
恋人として、試されてるな。
僕は苦笑いをする。
彼女はよく謎を問いかけ、その答えに納得すれば機嫌が良くなって声が甘くなるし、納得出来ないなら、僅かに目がつり上がりさらに質問をぶつける。そんな所は人間の女の子と変わらず可愛らしい。
僕はしばらく考え、宇宙を見上げ口を開く。
「きっとさ、なんでも良かったんだよ」
「なんでもいい?」
「そう、なんでも良いんだ。君と出会えた事を祝えれば。神様にも、ロボットをアンドロイドに化えた天才博士にも、50年前に生まれた君の先祖、ファースト・アンドロイドにも、誰にだって祝福したい」
どこかで鐘が鳴った。一日の終わりを告げる、少し寂しい音。
「だから神様を祝うついでに、今日は僕たちの出会いに感謝しようよ」
しばらくマリーは動かなかった。瞬きすらしない。
しまったと思った。僕は気分が上がるとキザな台詞を吐いてしまう癖がある。
今までに付き合った人間の女の子達はみな吹き出して、僕の心を凍えさせた。彼氏の言動に彼女もフリーズしたのかもしれない。――しかし、
「シン、やっぱり貴方と恋人になった事は正解だった。じゃあ私もとりあえず開発者
に感謝しようかしら」
彼女の機械的で、しかしどこか優しい言葉が返ってきた。僕は驚いて言う。
「マリー……今の君、笑ってるよ」
「え、嘘、本当?――ミラーモード機動」
マリーは慌てて空中に現れた電子の鏡を覗く。
「……本当だ」
マリーの初めての笑顔は、どの人間よりも、ずっと人間らしかった。
「今は26日になったから……また記念日が増えたようだね」
「そうみたい」
僕らはお互いに笑い合った。いつの時代も恋人達はこんな風に過ごしてきたのだろう。その中の一人でいられることを、僕たちを作った神さまに感謝したのだった。