どうやら、手紙への対策らしい
醜悪なる臭いテロ。
先日も案内された応接室に移動し、各自席に着く。ブサはやはりテーブルの上だ。
いつの間にか、滞在中の部屋にあった筈のクッションが移動して来ていた。クッションに染みと残ったよだれ跡がその証拠だ。座り心地と寝心地は最高なので、この場にあるのは大歓迎なのだが。
自分が付けたものとはいえ、よだれ跡が気になる。カシカシ、と爪で引っ掻くが消える筈も無い。不思議そうに見てくるロラン達に、誤魔化すようにニヘラと笑い掛けてから文字表を手繰り寄せる。
『おれに てがみ が きた』
「初っ端から訳分からん」
「ブサ……せめて『誰から』あるいは『どこから』と情報を下さい。先程テオドールさんにチラリと聞いた限りでは、ブサ宛てに厄介な相手から手紙が来たという事でしたが……?」
チラリ、とテオドールを見上げ、どうやら詳しくは話していないらしいと悟る。
(説明、面倒臭ぇ~……)
だが、説明を端折れば後々困るのは自分だと理解はしていたので、ブサなりに頑張って説明をする。ところどころでテオドールから補足説明が入っていたが、ブサにしてはまともな説明だっただろう。頑張った甲斐はあった筈である。
文字表を叩き続けて疲れた手をフリフリと休ませながら顔を上げると、ロラン達全員がアホ面を並べていた。
「……ブ、ブサ……? お前、やっぱり熱が下がって無いんじゃないか?」
「ぎにゃ?(は?)」
「実はブサに良く似た別の猫では……。あ、いえ。やはり目の据わり具合と、鼻の潰れ具合と、足の短さ。それと毛のごわつき具合に先程の食べっぷりはブサですね」
「ぐにゃ?(喧嘩売ってんのか?)」
「いやぁ……これ、中身別人だろぉ? もしくは、記憶喪失が悪化してんじゃ無ぇかぁ?」
「ぎなぅ?(てめぇもか?)」
「いやいや……テオドールさんに預けたとはいえ、変わり過ぎだロ……。まぁ、助かるけどナ」
「…………」
口々にブサの変わり様に驚きの声を上げるロラン達。もはやバカにされているようにしか感じない。
そんなブサとロラン達を見つめるテオドールの目は慈愛に満ちており、非常に生温かかった。
ピキッ、と自身のこめかみ辺りから音が聞こえたような気がする。
おもむろにクッションから飛び降り、アンリの膝に乗る。
まさかのブサからの接触。膝にかかる前足の肉球の感触に感動しているアンリと、あり得ないブサの行動に目を瞠るアンリ以外の面々。そんな彼らを、目を据わらせて見つめながら一言。
「ぎな(死なば、諸共)」
サクッ
ブシュッ!
五人+一匹分の声にならない悲鳴が響いた。
「……て、てめぇ……何、しやがる……!」
「……おぅぇふっ! ……ぎ、にゃぁ……(……ざまぁ、みろ……)」
「げふ……っ! ま、まぁ、今回は私達にも非があります、よ……」
「……この魔道具、失敗作じゃねぇかぁ……? おぇっ……ぷ……」
「げほっ、ペットの躾用としては、優秀なんだよ。本来ならね……」
「俺……何度目、ダ……?」
全員見事に被害者である。リュシアンには生きろ、としか言いようが無い。
ブサの八つ当たり、あるいは正当な抗議行動によって猛烈な処刑部屋と成り代わった密室。だが、即座にリュシアンが魔道具を外し、大急ぎでテオドールが起動させた魔道具が速やかに部屋を除臭し始め、地獄の時間は十数分程で過ぎ去った。
窓を開けるという最も簡単な方法は、必死な形相のテオドールに止められた。
窓を開けたら、また、ダッシュ衛兵が、来る。
悪臭で麻痺した鼻を押さえながら、ロランがブサに文句を言うが、ブサから返って来たのは悪態だった。猫語なので意味は理解出来ないが、ニュアンスは分かる。
宥めるアンリと、魔道具に文句を言うサミュエルと擁護をするテオドール。最後に本気の泣きが入ったリュシアンの一言に場が沈黙した。全員が冷静になり、気まずい空気が流れる。
「ぎな(すまん)」
* * * * * * * * * *
「……で、本題に入るか」
「ぎにゃぁ(だいぶ遠回りしたけどな)」
気を取り直して軌道修正。今度こそ真面目に対策に取り組む。
まずは、ギルド宛てに要請が届くとの事なので、明日は早々にギルドへ顔を出すのが良いだろう。恐らくギルドを介するという事は、あえて中間にギルドという組織を挟むという事で、秘密裏に処理される事が無いようにこちらへ配慮しているのだろう。だが、同時に逃げ道を無くしてもいるが。
「しかし、異世界人がすでに城の関係者に確保されてるってのかぁ?」
「どういう状況下でいるのかは分かりませんが、後から出された手紙はその異世界人の書いたもののようですね」
「恐らくだけど、最初の手紙は傍仕えが先走ったのでは無いかな? それを知って、慌てて書いたのが二通目だと思うよ」
(……なーんか、この文字見た事あるんだよなー?)
話し合いを続けるロラン達の横で、手紙を見ながら頻りに首を捻るブサ。どうにもすっきりしない。手紙の書き手を知っているような気がする。
思い出せない記憶の端を掠る違和感。手紙の文字の独特の癖。美文字とはどう頑張っても言えない癖字。
恐らくこの文字を見たのは前世の筈。ならば、この書き手は自身の知り合いか? 記憶からは全く思い出せないが、そう考える方が無理が無い。
「……ブサ? どうかしたカ?」
(う~ん……?)
悩み続けるブサに気付いたリュシアンが、ブサの耳を突きながら問う。
指先が耳を掠める度に反射的に首を竦め、不快気に耳を動かすが、リュシアンはその反応を楽しんでいるのだろうか。ツンツンと突く度に、ピコピコと揺れる耳にとても楽しそうにしている。それを見て、アンリがギリギリしているのもいつも通りだ。討伐を終えて帰って来たばかりとは思えない。
以前と変わらない様子に気が抜けた。
『たぶん しりあい』
「……だから、文章の途中を略すんじゃねえヨ」
『さっしろ』
「無茶言うナ」
ブサが気にしている内容を、指先で額を小突きながら聞き出す。
ちなみに、アンリが真似しようとしたら威嚇付きの全力で拒否されていた。ロランの場合は渋々受け入れる。サミュエルには前足で指を押し返して拒否の姿勢である。
「ふ~ん? まぁ、ブサの知り合いってんなら、悪いようにはならないんじゃ無ぇかぁ?」
アゴで手紙を指し示しながら適当に言うサミュエル。
「いや、それは軽く考え過ぎじゃねえカ? 知り合いっつっても、友好的とは限らないだロ」
「それもそうだね。そもそも、なぜブサ君を知っているのか。そして、どこからブサ君の事が漏れたのか……という事も気になるね」
「……そういや、そうだな? ギルド経由って事はギルド関係者? だが、ギルドマスターが言う筈も無いし……」
「それに関しては、明日直接聞いてみても良いのでは?」
「正直なところ、今俺らがどうこう言っても意味無いんだよな……。手紙の送り側が側だけに、拒否も出来ないしな。……つか、こいつを単独で行かせない方が良いと思うんだが」
「ん?」
(ん? あぁ、確かに手紙で呼び出されましたー、なんて猫が行っても追い払われr)
「メイドがいる」
「「「「あ」」」」
流石に、あの魔道具を付けて行く訳にもいかないだろう。そうなれば魔道具無しで、大勢のメイドがいるであろう場所にブサを放つ……?
基本的に、城に勤めるメイドは身元のしっかりした貴族の娘が殆どだ。さらに言うなら見目の良い者が多い。
そこまで説明するとブサの顔が『ニヒャッ』と笑み崩れた。分かりやすい。
そんなメイドだらけの中に、このブサを解き放てばどうなるか。やりたい放題の未来しか見えない。
ちなみに、今のブサの保護者はロラン達となっている。うっかりメイドに手を出して――とはいえ、猫の体なので最悪の事態にはならないだろうが――その罪を問われたら……そして、それの責任の所在は誰になるのか。
四人が顔を見合わせて、深く頷く。
「私達も同行出来るよう、尽力しましょう」
「いざとなれば、こいつの性癖を話してでもな」
(えー……)
ブサに、文句を言う資格は皆無である。
猫がカーペットに付いた染みとか、カシカシ引っ掻いてるの可愛い。けど、時々『小姑か!?』と叫びたくなる。猫チェックは、厳しい。
お断りします(=゜Å゜)っ⊂(´・ω・`)触れ合いを……
あと、背中ヌルッて下げて撫でようとした手を避けられるの、地味に凹む……。




