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どうやら、奴らが帰還したらしい

「まぁ……ブサ君も自覚したと思うんだけど……」

『おれに ぎるどいん は むり』

「だろうね。もし市民証を得られるなら、うちの店の下働きとしてなら雇えるんだけど……。ただし、きちんと(・・・・)働いて貰う事になるけどね?」

「…………」


 完全にブサの性格がばれている。ジッ、とブサを見つめるテオドールから目を逸らす。

 もしも人間に戻れて、なおかつ市民証を手に入れ、テオドールの店で働く事になったとしても、さぼれば容赦無く解雇される事になるだろう。だが、そうなったとしても自業自得としか言いようが無い。

 そしてやはり、どう考えてもブサの性格ではギルド員は勤まらない。


「もしくは、奴隷として自分を売るか……だね。買い手が見つかれば、奴隷の衣食住は保障される。やはり仕事をさぼれば、今度は借金奴隷として売られる事になるだろうね。次に売られる先はより過酷な場所になるけど」


 ……ブサの性格では奴隷になったら終わりである。どちらにせよ詰んでる。

 いっその事、人に戻るのを諦めて猫の姿で過ごすべきか。そうすれば、現状を考えると奴隷になるよりは明らかにマシな生活が……と考え始める。

 だが、そこにさらなる絶望が追加された。


「だからといって、安易にこのまま猫のままで過ごすのはお勧めしないよ。動物化の呪いはね、長く呪いを解かずにいると精神も完全に動物へと変化して、最終的には魔道具を使っても呪いが解けなくなる……と言われているから。もっとも、動物化の呪いの研究例が少ないせいで、本当かどうかは不明だけど……」

「ぎなっ!?(マジかっ!?)」

「少なくとも、そういう前例があったのは確かだよ。もしかすると、公式に残っている以上に動物化の呪いを受けた人間はいて、だけどそれを知らせる事も出来ず、人に戻れずに動物のままで一生を終えた人はそれなりにいたのかもしれない」


 まさかの誤算。

 いざとなれば猫の姿のままで誰かに飼われよう、と考えていた事が不可能となった。

 流石に完全に猫へと成り下がるのは嫌だ。猫のままでいるというのは、あくまでも(・・・・・)人間の精神を残している……というのが前提条件である。ただの猫に成り下がったとして、その状態でラッキースケベが起こっても何が楽しいのか。

 人の精神があってこそ、楽しめるのだ。そういうものは。

 

 こうなると、本気で解呪薬の完成が待ち遠しい。

 一時的であろうと人の姿に戻れれば、備わっているであろうチート能力が発現するかもしれない。いや、する筈だ。

 未だにあるかどうかも分からないチート能力に頼ろうとするのはブサの癖なのか。

 ある意味で詰んでる感半端無い人生からの現実逃避か?

 だが、現状では他に何も思い付かない。それに、そもそも人間に戻れるかどうかすらも不明であって……。


 パタリ


「ブサ君!?」


 考え過ぎが故の発熱。いつの間にかその場に倒れ込んでいた。

 先程の思考の飛躍は、熱のせいもあったのかもしれない。多分。きっと。ほんの少し位は。

 テオドールの自身を呼ぶ声が聞こえるが、自身の感覚があやふやだ。声が近いような、遠いような……。

 そのまま視界が明滅し始め、グルグルと体が回っているような感覚の中、ブサは完全に意識を落とした。



 * * * * * * * * * *



「お、目ぇ覚ましたかぁ?」

「……ぐにゃ?(……んぁ?)」


 目を覚ましたら自分を見つめる凶悪面。アンリやテオドールでは無かったのが、せめてもの救いか。

 大量に皿を積み上げ、さらに新たな皿を追加するべく、モッシャモッシャと食事を口に運び続けるのはサミュエルだ。ブサが見ている内にも手に持った皿が空になり、それを山の一部に加えたかと思うと次の料理の皿へと手を伸ばす。

 そんなサミュエルの奥で、リュシアンがベッドに転がって軽くいびきを掻きながら寝ていた。普段のリュシアンはいびきを掻く事は無いので、やはり疲れが溜まっているのだろうか。

 そこまでボンヤリと考えたところで気付く。


「ぎなっ!?(何で此処にいる!?)」


 モグモグと頬を膨らませながら首を傾げるサミュエル。

 手に持った皿の中身を食べ尽くすと、飲み物の入った器に手を伸ばす。コップに注ぐ事無く、一気に中身を飲み干すとプハッ! と息を吐く。


「あ~……やっと腹が膨れたぜぇ……。依頼中とは言え、十日間以上満足な量食えないってぇのは結構きちぃなぁ……」

「にゃぐ?(十日、以上?)」


 それはおかしい。自身の記憶では、まだ預けられてから5日しか経っていない筈だ。自分の記憶と、サミュエルの発言の齟齬(そご)に、ベシリとクッションに尻尾を叩き付けて悩む。

 そんなブサを見てサミュエルが立ち上がった。


「そこでちっと待ってろやぁ」


 山と詰まれた皿を残して。


(いや、片付けろよ……)


 放置された大量の皿に溜め息しか出ない。積み上げられた皿は、見事に全て空になっている。

 寝起きでグルリと鳴る腹を見下ろし、空になった皿を見つめ、幸せそうに眠るリュシアンを見やる。


 何か、腹立つ。


 スカー、と口を開けて寝息を零すリュシアン。

 何気に視線を巡らせると、そこは自身に与えられた部屋では無かった。恐らくは客間か、それに近い部屋なのだろう。ソファとベッドとテーブルなど、見覚えの無い家具。

 猫グッズは何処にも無い。その事に安心感を覚えつつ首を伸ばす。

 ちなみにブサが寝ていたのはソファの上だ。テーブルは皿に占拠されている。その向こう側にあるリュシアンの寝ているベッドに移動するべく、ソファから飛び降り――その際よろけて一度前転したのは内緒である。誰も見ていないからノーカウントだ――ベッドに近付きよじ登る。


 ノスノスとシーツを踏みしめてリュシアンに近付くが、リュシアンが起きる気配は無い。静かな寝息だけが聞こえている。

 スー、と漏れる呼吸。鼻を塞いでやろうと思い立ち、前足を押し付け……


「何してんだ、お前ハ」


 ……る前に阻止された。

 片手がブサの前足を掴んで固定し、逆側の手に握られたナイフがぴったりとブサの首に添えられている。首に填められた魔道具を避けて、サワサワとナイフが毛を掠める度に下腹部がヒュンッとなる。

 クアッ、とあくびをしながらこちらを見る目は眠気が残っているのか(うつ)ろだが、手元は決してぶれる事無くブサの頚動脈を狙っていた。

 ピルピルと身の危険に震えるブサに、その内眠気も覚めたかブサの首に当てていたナイフをどかす。

 もう一度あくびをしてからマジマジとブサを見つめ、呟いた。


「あほな事やってんじゃ無えヨ」

「……ぶに(……うるせぇ)」

「……少しは現実が見えたカ?」

「……ぐにゃぅ(……おかげさまでな)」


 リュシアンが、ガシガシとブサの頭を乱暴に撫でたところでドアが開く。

 即座に手を引っ込めて知らぬ顔をするリュシアンと、突然開いたドアにビクッとなるブサ。


「あぁぁぁぁ!! ブサ、久しぶりです! 倒れたと聞いて心配してたんですよ!?」

「ふしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!(てめぇかよぉぉぉぉぉぉっ!?)」


 飛び込んで来たアンリに必死に威嚇する。

 じりじりとブサを抱き締めようと近付くアンリを警戒して、すかさずリュシアンの背後へ隠れる。


「俺を盾にすんナ」

「ぐにゃ(無理)」

「リュシアン! そこをどいて下さい!!」

「断ル」「ぎにゃっ(どいたら呪う)」


 シャーシャーと騒がしく威嚇を続けるブサと、触れ合いを求めて追うアンリ。それを呆れたように眺めるリュシアン。カオス。

 そんな二人と一匹を眺めながら、ワサワサと入って来た男達で部屋の人口密度が急激に上がった。最初からいたブサとリュシアン。そして飛び込んで来たアンリと、遅れてきたサミュエルとロラン。ついでにテオドール。

 恐らくは一人部屋を想定している部屋に、猫一匹と、ガタイの良い男とおっさんが合計五人。非常にむさ苦しい光景である。部屋の中がミッチミチだ。


 適当にテーブルの上の皿を脇に避け、ブサをテーブルの真ん中に安置する。

 それ以外の面々はソファやベッドに適当に座り、討伐の報告と、ブサに届いた手紙の件についての話し合いが始まる。

 お帰り、野郎共!


 リュシアンが一番ブサと気が合っている。

 当然、一番合わないのはアンリ。ロランは普通。サミュエルはわりと嫌い。テオドールは出来れば関わりたくない。


 明日は猫又公開日ですので、こちらはお休みとなります。次話は29日12時公開となります。

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