どうやら、異世界での生活は甘くないらしい
働きたくないでござる!
テオドールがブサの知識の無さを把握した翌日から、ブサにはみっちりとこの世界の法律や、一般常識、他に知っている方が役立つ豆知識などが叩き込まれた。
ロラン達からもある程度は聞いていたのだが、そもそもロラン達にはきちんとした基礎知識があった為にうっかり忘れたりしていて、色々と歯抜け状態だったのだ。
だが、その事についてロラン達を責める事は出来ない。ロラン達がブサの中身が人間であると確定したのはつい最近である。
そもそも、普段の会話を聞いていればすぐに分かるような事も、ブサはほぼ毎回聞き流していたのだ。これにはテオドールが同行していた間の会話も含まれていたが故に、それについて話を聞いたときに分かった事だ。ブサに尋ねて初めて『そういえば……』という事がかなり多くあった。
それが分かって、テオドールの額にはハッキリと分かる青筋が浮いていた。商人としては、普段の会話から気を張って必要な情報を得るのは必須であるが故に。その癖にテレーズの事は忘れていたのだが……何はともあれ、スパルタ教育の開始である。
その結果、ここ数日における授業のおかげで、ようやくブサもこの世界のルールを完全では無いが理解したようだ。尋問の時には知ったつもりになっていたが、本当に『つもり』でしか無かったという事が分かった時にはブサは本気で落ち込んでいた。
(何か、異世界って言ってもあんまり日本と変わらねぇな……)
むしろ、一部においては日本より厳しい位だ。主に犯罪者への対応について。
盗賊の殲滅は推奨されるし、犯罪奴隷になれば人権は殆ど無いに等しい。犯罪者を使った人体実験は治癒術があるので、むしろ頻繁に行われている。
もしもこのまま知らぬままで人間に戻っていたら……と考えると肝が冷える。テオドールの言っていた通り、騙されて奴隷になっているか、知らずに罪を犯して犯罪者になっていたのは間違い無い。
簡単に考えていたギルドにも、ルールはしっかりとあった。
例えば、通常時の特定魔獣の規定数以上の討伐の禁止。
これは初心者でも狩りやすく、食肉としても利用出来る事からギルドでは常に依頼が出ているものだが、当然狩り過ぎれば魔獣は減る。一時的に肉は普及しても、将来的に確実に問題が出て来る。
もちろん、例外となる魔獣もいるが、基本的には『狩り過ぎ厳禁』だ。
それと薬草について。
薬草は何故か人工的に栽培が出来ない。それ故に比較的安全な町の近くに群生地が見つかったら、それは必然的にギルドの管轄となる。そうして薬草を取り過ぎないように気を付けながら、バランスを取っているのだ。もちろん、薬草の盗難は罪だ。
もし無秩序に薬草を取り続ければ、当然薬草は生えなくなる。そうなれば、薬草を手に入れようと思ったら、危険な森の奥地などでの採取をするしか無くなるだろう。結果、薬の高騰を招き、必要な人が買えない……といった事態になりかねない。
そして、ギルド員同士の諍いについて。
ラノベにおいて登録時に絡まれるイベントはテンプレだが、これを単純に力で解決するような人間はギルドからしたら『能力不足』である。上手くかわすか、相手にしない。それが正解だ。
特に相手を叩きのめして悦に浸る人間など、ギルドとしても本当はお断りしたい。だが、全て弾くと今度は人員不足になるので仕方なく登録を認めている。だが、最初の時点で評価は『マイナス』であり、そこから評価を上げるには通常の何倍もの労力が必要になる。
他にも、受けられる仕事が限られるなど、最初からペナルティが付いた状態でのスタートだ。
そしてブサが一番気になっている奴隷について。
奴隷は基本的に弱者救済措置であり、いわば住み込みの従業員を雇うのと同じだ。
奴隷を買うには、きちんと奴隷を養える貯え、あるいは収入がある事が必要となる。それと人格や、精神状態の審査もある。それに合格しなければ奴隷を買う事は不可能だ。
それと、当然ながら性的なアレコレはご法度だ。強引に手を出そうとすれば、普通に奴隷から訴えられて犯罪者の仲間入りとなる。奴隷が訴えられないような状況でも、きちんと魔道具で分かるようになっているので、例え監禁しようと無駄である。
その辺りの魔道具の仕組みを聞いてみると、どうやら過去の異世界人の技術らしい。奴隷の精神状態を管理し、過度のストレスを感じたりすると管理局に自動的に通報される仕組みだとか。聞いても良く分からなかった。
それ以外にも、住民証、あるいはギルド証の説明とその取り方。
金銭価値について……は流石に聞いていたがうろ覚えだったので再度勉強し直しとなった。
というよりも、パンを買うのに大体いくら必要かというのは知っていたのだが、一日働いていくら稼げるか、という知識は皆無だった。
(つーか……一日働いても儲けは殆ど無いんだな……)
基本的に、街中で出来る仕事は安全な物が多い。その分給料が安めになっている。逆にギルド員は危険を伴う仕事が多い為、一度の仕事でも報酬は多い。だが、安全を確保する為に人数を集めればその分報酬は減り、さらに装備の修理や整備にも金が掛かるという……一長一短だ。
そもそも、どちらにしても市民証が必要なのだが。
『すいせんを うける じょうけんは?』
「ギルド員になりたいのかい?」
「ぎなっ……(市民証が手に入らないなら仕方無いだろ……)」
「残念だけど、ブサ君には推薦状を手に入れるのは難しいんじゃないかな」
(なっ!?)
「まずは身体能力テスト。それと人格審査と適正審査に、筆記試験と実地試験。これら全てをクリアして初めて、推薦状を書いて貰う為の前提条件が揃う。その上で面談をして、推薦状を書く人間が条件をクリアした者の中から選ぶんだよ。もちろん、全てクリアしたとしても推薦状を書いて貰えない事もあるけどね」
『くりあ したのに だめなのか!?』
「そりゃぁね。例えば私が推薦状を書く側の人間だとすると、渡した相手の責任の一部を負う事になるんだ。つまり、推薦状を渡した相手が犯罪を犯せば、書いた側の人間にも……って事だよ。そうなれば当然、自分の目で見て、信用出来る相手と思えるかどうかが鍵となる」
『めんせつしだい ってことか?』
「そういう事だよ」
正直テオドールは、ブサが推薦状を手に入れるのは無理だと考えている。何だかんだと考え方は自分に甘いし、その場しのぎで行動している事が多い。それに、物事を軽く考えていて、考え無しな行動ばかりな所も問題だ。
この時点で前提条件をクリアするのは、ほぼ不可能だろう。世の中、そんなに甘くない。
だが、テオドールから聞かされたブサも、改めて自分が推薦状を得るのは不可能だと考える。
出来れば働きたくないし、面倒事は他人に押し付けたい。その上で楽して儲けて、なおかつ遊んで暮らしたいという、世間一般からは『舐めてんのか、ゴルァ!?』と言われる性格の持ち主だ。
正直なところ、愛玩動物として生きるのが一番ブサの願望に近いと思う。だが、ブサを飼いたいという奇特な人間がいるのか。もしいたとしても、自身を飼う人間は美人で巨乳で、なおかつ金持ちでないと気が済まない。
その上で自分を甘やかしてくれて、食事にも気を遣って……うん、舐めてんのか? と言いたい。
絶対に、働きたくないでござる!!
ブサが最初から人間だった場合は、『働かない』と言ったら本当に働かない。働きたくないと言ってるのに、気付けば誰よりも働いているという事は無い。働かされているという事も無い。




