どうやら、まだまだ認識が足りなかったらしい
「いやぁ……ブサ君、昼間は本当に申し訳無かったね。デジレからも厳しく言われてしまったよ……」
「……ぶに(……酷いものを見た)」
色んな意味で酷かった。
見た目30代程の美女が、初老のゴツムキ覇王にコブラツイストを掛ける姿など見たくなかった。そこからバックマウントを取ってボストンクラブへ。しかも抜け出そうと必死に、全力でもがいているのがはっきりと分かるのにどうやっても抜け出せず、その内力尽きる覇王。ピルピルとチワワのように震える覇王を引き摺り上げて抱擁する……と思いきや、容赦無くバックドロップを仕掛けるなどなど。
その様子を最初から最後まで見せられたブサは、途中から完全に白目を剥いていた。
その場に同席していたデジレという店員には慣れもあったのだろう。疲れ切ってこそいたものの、白目を剥くには至らなかった。それ故に毎回後片付けを任せられるのだが……。
ちなみに、テレーズは頬を紅潮させてツヤツヤとしながら部屋から出て行った。ご満足頂けた様で、大変結構である?
「とりあえず姉上はもう帰ったようだから、しばらくはうちに来る事は無いと思うよ。今日は災難だったけど、ここにいる残りの日程は……多分大丈夫だと思う、よ? 多分、大丈夫……なんじゃないかなぁ……?」
「ぎなっ(何で疑問系なんだよ)」
「正直、姉上の行動は私も読めなくてね……」
(マジで姉弟なんだな……)
今日は波乱尽くしで昼食も取れなかった為、少し早めの夕食だ。
向かい合って食事をしながら謝罪をするテオドールからは、詫びとして少量だがブサ念願の酒が振舞われた。もちろん、デジレには内緒である。
あの後デジレから聞いてはいたが、未だに半信半疑であったブサはやっとこの瞬間、テレーゼとテオドールが姉弟である事を認めた。それだけ信じたくなかった理由だが……。
(血が繋がってんならパスだ。正直あの胸は最高だけど、コイツの姉ってのがなぁ……。しかも6○過ぎのバ○アってんなら……無いわ。うん、無い無い)
テレーゼはこいつにもプロレス技を掛けるべきだった。ツームストンパイルドライバーとか、スタイナー・スクリュー・ドライバーとか。恐らく、テレーゼなら片手で地面に叩きつければ一発でヤれるだろう。
酒が回っているのか不遜な事を考えていたブサだが、瞬間的に背筋を走った悪寒に思考を止めた。これ以上は、いけない。そんな気がする。
脳裏に満面の笑顔でクラウチングスタートを決めて走ってくるテレーゼの幻影が見えた気がして、慌てて頭を振ってその想像を振り飛ばす。怖かった。
コテリ、と首を傾げてこちらを見るテオドールに何でも無い、と尻尾を一振り。話を逸らすべく、必死に頭を働かせる。
その結果思い出したのは自身の解呪薬だ。今はどの程度の進展状況なのか?
『そういえば かいじゅやく は どうなってる?』
「今はいくつかの材料を合わせて成分を落ち着かせているところだね。今日には成分の抽出にいけるんじゃないかな?」
『なら もうすぐ できるのか!?』
「いやいや、そう簡単じゃないよ。抽出後は別の材料と混ぜて反応を起こさせ、さらに別に抽出した成分を合わせて煮出して……ってするから、まだ数日は掛かるよ。多分、ロラン君達が討伐を終える方が早いんじゃないかな?」
(……まだ掛かるのか)
密かにガッカリするブサ。実は耳と尻尾を見れば丸分かりなのだが。
ヒモ生活を望んではいるが、やはり人型になりたいという願望はあるようだ。つい昨日、猫に壁ドンされるという恐怖を味わったばかりでもある訳だし。
そもそも、ブサの欲望を満たすには人型で無いと不都合が多い。
「もうしばらく猫の姿で我慢して欲しいかな。……とはいえ、解呪薬がどこまで効果があるかは使ってみないと分からないんだけどね」
「ぎなっ!?(そうなのか!?)」
「……以前説明した筈だよ? 解呪薬は解呪用の魔道具と違って、完璧に呪いが解けるものでは無いって」
「……ぐにゃー(……そういえば聞いた気がするな)」
「そんな訳だから、まだしばらくは不自由だろうけど、私も出来る限りの協力はするからね」
「ぎなぅ……(わぁったよ……)」
何度聞かされても完全に納得は出来ないが、ここで我を張るのも良くないだろうという判断能力位は持っている。
「それより、姉上のせいでグダグダになってしまった手紙の件なんだけどね?」
「うぐっ……! ……ぶに(うぐっ……! ……何だっけ、か)」
「その様子だとちゃんと覚えてないみたいだね。王城から、というよりも王城の関係者から。要約すると『話がしたいので、後日ギルドを通して正式に要請を出すので検討を願う』という内容だったよ。ブサ君の言う『にほんご』で書かれた、ね」
「ぐにゃ(そういや、そうだった)」
「自分の事なんだから、ちゃんと覚えていないと。何もかも他人任せにしていると、人間に戻れたとしても騙されて奴隷にされても知らないよ?」
テオドールの放つ『奴隷』という言葉に動揺するブサ。だが、この国では『奴隷』はきちんとした法で守られているのでは無かったのだろうか?
そんな疑問が顔に出たか、テオドールが補足する。
「騙されて、と言っただろう? どうしたって非合法な商人はゼロにはならないんだよ。もちろん、見つけ次第殲滅してるんだけどね。特にブサ君の場合は、人間に戻ったらちゃんとした市民証を手に入れないと。現状ではスラムの人間と変わりないからね?」
テオドールの言葉を聞いてもどこか人事のような態度を崩さない。
人間に戻れたらギルドに登録すれば何とかなるだろう、と考えているのだ。大抵のラノベではギルドは定番なのだから。
それに気付いたテオドールは顔をしかめる。
「言っておくけど、ギルド員になるには市民証か、相応の金額とそれなりの立場にいる人間の推薦状が必要だからね? ギルド証自体が証明書になるんだから、下手な人間には渡せない」
「ぎなっ!?(はぁっ!?)」
そもそも証明書としてのギルド証を手に入れるには、市民証が必要だというテオドールの説明に驚愕する。その様子にやはり知らなかったのか、と溜め息を吐いた。
「当たり前だよ。ブサ君はどうも簡単に考えているようだけどね、ギルドの仕事には信用が必要なんだ。魔獣の討伐も、商人の護衛も。当然、街中での仕事もそう。犯罪者では無いという証明が必要になるんだよ。……ひょっとして、異世界では誰であろうと好きな仕事が出来るのかい?」
そんな事は無い。仕事をしたいと思えば自身の身元証明などが必要だ。その上で雇う側の合否を待つ。能力が足りない、あるいは信用が置けないと思われれば当然雇っては貰えない。
当然ブサも知っているのだが、『異世界』という事でその辺りは都合良く進むものだ、と考えていたようである。
あのアンリでさえも、村の住人証を持っていたがゆえにギルド員として登録出来たのだ。もし、普通に異世界トリップであったならば相当な幸運に恵まれない限り、ギルド員となる事すら不可能だっただろう。
どうやら、色々とブサには知識が足り無すぎるようだ。そう判断したテオドールにより、預かっている間は徹底的にブサへの一般常識などを叩き込まれる事が確定した。
もっとも、テオドールも仕事があるので、仕事の合間であったり、仕事が終わってからになるが。
それらをしっかりと理解して、ブサがどう感じてどう動くかはブサ次第である。
この世界ではギルド登録には身分証明書が必須です。
いきなり素性の知れない人間がギルドに行って「身分証欲しいからギルドに入ーれて」なんて来ても追い返されます。
ギルド証=免許証のようなもの。身元がはっきりしないと基本的には渡しません。
ギルド証の利点……町の出入りが楽+出入りの際の税金不要。商店での買い物時や宿屋の利用時に割引。その他、町の施設を使用時に特典があったりします。
身分証の無い人間がギルドに入るには推薦状か、ギルドへ利益を齎せる事が必須。
推薦状に関しては文中の通り。
追記で推薦状を出した側にも利点あり。人材を見出したのは自分という事で宣伝にもなる。依頼を出す際に優先的に良い人材を回して貰える。しかも格安で。(本来の依頼料との差額はギルド負担の為、ギルド員に支払われる報酬は変わらない)
利益云々に関しては、盗賊を壊滅させた実績や、違法商人の発見報告とか、薬草の新群生地発見報告とか(ただし、安全にかつ定期的に採取出来ないといけない為、町の周辺に限る)。
後者はかなり大変。




