どうやら、平穏なんて無かったらしい
姉もまた規格外。
昨日あの後は店員の言う通り、テオドールが姿を現す事は無かった。
おかげで夕食はのんびりと楽しめた。給仕をしてくれたのは件の店員だ。色々と気を配ってくれたので非常に快適な時間だった。今日の朝食もだ。
ただし、やはり酒が無いのは残念だったが。
「ぎなー……(で、やっぱり暇なんだよなー……)」
ベッシンベッシンとネズミ型おもちゃを爪に引っ掛け、床に叩き付けながら呟く。
朝食後にやはり差し入れられた干し魚をしゃぶりつつ、グッと伸びをしたらソファから滑り落ちた。そのままボヘーッと宙を眺め、上下逆さまになった視界に見知らぬ女性の姿が入る。しばし、見つめ合う。
「「…………」」
「ぎなっ!?(美人さん、だと!?)」
「あら、変な声」
思いもよらぬ幸運。ロラン達の陰謀により虐げられていたブサへの福音か。期せずして訪れた幸運を神に感謝しつつ視線を動かすと、神からの使者がスカートを穿いている事に気付く。
(く……っ! 後……少し、で……っ!!)
視界に入りそうで入らない桃源郷を拝むべく、滑り落ちた体をさらに女性の下に滑り込ませようと足を突っ張る。が、後少しというところで、ガシリと胴体を捕まれ阻止された。
そのまま上に持ち上げられる。もちろん、逆さになったままだ。
「ぎ……ぎなぁ……(ちょ……頭に、血が……)」
「ふーん? やっぱり、それ鳴き声なのね。あなた、本当に猫なの?」
「ぶに……っ! ……ぐにゃぅ……(ちょ、振り回すな……っ! ……意識、が……)」
「姉上!!」
「あら、テオドール」
ドバンッ! と扉を勢い良く開けながら飛び込んで来たのはテオドールだ。
その際にビギッ、と嫌な音と共に扉にヒビが入ったのは些細な出来事なのだろう。多分。
声を荒げるテオドールに、マイペースにのんびりと声をかけるのは恐らくテレーズという女性。『姉上』と呼ばれていた事からも間違い無い筈。
ある意味マイペースぶりはテオドールに似ているのか、テオドールに機嫌良く微笑みながらもその手はブサを上下に振り回しており、その度にガックンガックンとブサの頭が揺れる。ブサはすでに意識を失っており、彼女になされるがままだ。
ムチ打ちになりそうな勢いで揺れる頭に危機感を覚えたテオドールが慌てて止める。
「あら」
あら、じゃない。
グッタリと白目を剥いて気絶するブサを見てそう思うテオドールだが、それを口に出す事も出来ず、せめてとばかりにブサの体をクッションに埋める事しか出来なかった。最後に全身を隠すようにジャケットを掛ける。
埋葬すんな。
* * * * * * * * * *
「ぎなっ!?(汗臭ぇっ!?)」
「あら、起きたのね」
「姉上、ちゃんと謝罪をして下さい」「分かってるわよ」
「ぎなぅ?(姉上?)」
振り回されて気絶したブサが目を覚ましたのは、それから小一時間程経った後の事だった。目覚めは最悪。テオドールのジャケットを全力で振り払う。
不快感に尻尾をブンブンと振り回しながら声の方と向くと、視界に入るのはお茶のポットを手に持ったテオドールと、申し訳無さそうに佇む店員。それと、お茶のカップを傾けながらほのほのと笑う圧倒的物質を持った肉感的美女であった。
(うほっ!?)
脳内で猿のような奇声を上げながら、美女の肉体の一部をガン見する。
不快感は一瞬で吹き飛んだ。
大きい。F……いや、GかH位あるかもしれない。脳内スカ○ターがエラーを起こしながらも計測した結果は、圧倒的な攻撃力を示している。この攻撃力には勝てる気がしない。
欲望にあっさりと敗北し、魅惑的な思わず飛び付こうとしてハッ!? と我に返り、首元を確認する。首輪は……無い。
(……確認完了。美人さん大歓げ――――い!!)
ピョーン! と飛び掛ったその体は寸前でテオドールに捕獲された。
「させる訳がないよ?」
「ぎにゃっ! ぶにゃぁっ!!(俺のおっぱいがっ! 離せぇっ!!)」
「あらあら、仲が良いのねぇ」
ほわり、と笑う笑顔に見惚れる。だらしなくよだれを垂らしながら、捕獲されて動かぬ体を蠢かして美女へと近付こうとするブサにテオドールが告げた。
「あちらは私の姉でテレーズと言うんだ」
「よろしくね」
(……あね? 姉!? こいつのか!?)
テオドールの言葉に忙しなく視線を巡らせて見比べる。ゴツムキマッチョの覇王と、巨乳の嫋やかな美女。全く似ていない。血の繋がりは、見た目では皆無だ。
思いっきりテオドールの言葉を疑っているブサである。自身を近付けさせまいとする嘘か? いや、だが確かに『姉上』と呼んで……だが、やはり……と苦悩する。
「ちなみに、私より年上だからね?」
(!?)
テオドールのその言葉に驚愕し、思わずテオドールの顔を凝視する。
そんなブサに神妙な顔で頷き返したテオドールが次の瞬間、視界から消えた。
(!?!?)
宙に浮いた体がポスリ、と誰かに受け止められると、そのまま柔らかいものに包まれる。
「もう! 女性の年を軽々しく言わないで欲しいわね。ねぇ?」
ムニュリ、とブサの顔を包むのはブサが願って止まなかった感触であり、全ての男性が手にしたいと願う……であろう筈の質量を持った女性の胸であった。
「……姉上、そうやってすぐに暴力に訴えるのはやめて欲しいんだけどなぁ……」
「あら、あなたが余計な事を言わなければ良いのよ。ねぇ?」
仲が良さそうで大変結構である。
それにしても『ねぇ?』のところでムニュリと挟むのをもっとやって……じゃなかった。やめて欲しいものだ。女性たるもの慎みというものを……
「ねぇ?」
あっ、はい。
流石はテオドールの姉である。実姉か義姉かは分からないが、押しの強さはそっくりだ。
その押しの強さのままに何故か部屋に居座られ、ブサを交えて会話を続ける。
そのまま数時間が流れ、テレーズを迎えに来た使用人が二人を連れ出し、部屋に残ったのはブサと最初からいた使用人だけとなった。
嵐の過ぎ去った後の疲労感。グッタリとクッションに埋もれたブサをソッと発掘し、ムニムニと肉球を柔らかく揉むのは店員だ。
ちなみに彼はモフリストでは無い。極普通のモフラーだ。……普通とは何なのか。
それと、店員の行動は自身のストレス解消の為では無い。ブサの慰労の為である。
肉球だけで無く、額や太もも、背骨に沿ってマッサージを施す。束の間の安息。
しばし無言のマッサージ時間が過ぎると、店員がポツリポツリと話し出す。
先程の女性について。あの女性はテオドールが言っていた通り、テオドールの姉である。実姉で、しかもテオドールよりも6才も年上で60を過ぎているという事には本気でビビッていた。それも尻尾が爆発する程に。見た目は30代そこそこだったのに。
そんなブサの不自然な態度に反応せず、虚ろな目で疲れ切った様子の店員は言葉を続ける。幼少時の二人の会話と行動、成人後の騒動、そして今に至るまで……。
どうやら、この店員は昔から振り回されているらしい。幼馴染のような立場であるが故に振り回され、逆に幼馴染であるからこそテオドールに強く出る事も出来るらしい。だが、やはりテレーゼには強く出る事が出来ないのだと。
それ故にブサに謝罪を。止めようとしたけど止められなかった事に対してである。だが、あの女性を止められるとは思わなかったので、ブサも無言で肯定した。お前は……頑張っていたよ。
「ロラン様達からお預かりしているブサ様をご姉弟のじゃれ合いに巻き込んだ件について、店長からは後程謝罪をさせますので何卒ご容赦下さい。なお、こちらにご滞在の間は私が責任を持ってブサ様のお世話をさせて頂く事となりました。デジレと申します。改めてよろしくお願い致します」
そう言いながらブサに対して深々と頭を下げる頭髪に白いものが混ざり始めた男性は、ブサが今まで出会った誰よりも常識人でなおかつ苦労人に思えた。
テオドール……50代後半
テレーズ ……テオドール+6才という事は……分かるね?
『B』からはじまる三文字の言葉を、決して口に出してはいけない。それを口に出したら、色々終わります。
見た目30代の巨乳美魔女。お肌ツヤツヤ。
秘訣は気合。それと弟とのじゃれ合い。それと時折、ストレス解消兼ねて盗賊退治。
店員:デジレ……ポジション『苦労人』 60代。テレーズより年下。
二人の幼馴染な常識人。胃薬は親友。
好きな物:平穏 嫌いな物:トラブル




