どうやら、手紙の差出人は・・・らしい?
この店員さんはわりと新人さん。
語尾が疑問系になりがち。そして良く怒られる。
「えーと、とりあえず返事は急がないとね。待たせればその分こちらに不利になりかねない。手紙を送って来た相手がどんな方で、何の意図でブサ君を呼んでいるのかは現時点では分からないけれど、とりあえずロラン君達が戻るまでは……」
コンコン
「ん? ……入って構わないよ」
「失礼致します」
ノックが聞こえてすぐに手紙と封筒を見られないようにしまう。チラリと確認するが、ブサは相変わらず燃え尽きたままだ。下手に暴れないのであれば良しとする。
入室を促すと入って来たのはさっき手紙を預けて来た店員で、申し訳無さそうにもう一通の手紙を差し出す。
「えーと、先程お渡しした手紙の追伸だそうです?」
「……ありがとう?」
「いえ、それでは失礼致します?」
ブサが動けないのを見て、二通目の手紙はテオドールに渡された。そしてやはり何故か疑問系だ。思わずテオドールもつられた。
手紙を受け取るとすぐに店員は退室し、再びブサに手紙の開封の是非を尋ねる。力無くではあるものの、頷かれたので手紙の封を開ける。
「……えーと、中身はまず最初はブサ君に、確認して貰いたいんだけどね?」
テオドールの言葉にノロノロと動き出すと手紙に視線を落とし……みるみる内に生気が戻る。
その変わり様にテオドールも手紙を見せて貰うが、ブサが何故元気になったのかが分からない。
「ブサ君、すまないけど……この手紙を読んでくれないかな?」
(あん?)
その言葉にクリッと首を傾げるが、まぁ、大した事は書かれていないし……と素直に文字表を指し示す。
文字表を使って明らかになった手紙の内容。やっと理解出来た意味のある文章にテオドールが頷く。
「なるほど、そんな事が書かれていたんだね」
『みれば わかるだろ?』
「いやいや、少なくとも私にはあの文字は読めなかったからね。ブサ君が教えてくれなかったらさっきの手紙の返事を送って、却って非礼な事をしてしまうところだった。助かったよ」
テオドールの言葉に平静を装いつつも尻尾がグネグネと動いているし、耳やひげが自慢げにピクピクとしている。隠そうとしているが、テオドールに礼を言われて実は嬉しいようだ。
それもその筈、ロラン達から礼を言われる事は無い。それというのも、そもそも礼を言われるような事をしていないからなのだが。むしろブサが謝罪しなければならない事の方が圧倒的に多い。都合の悪いところはスルーするのがブサである。
「しかし、何故この手紙を読む事が出来たのかな?」
『むしろ なんで よめない?』
「いやぁ……だって、見た事無い文字だからね? 私も商人として数カ国分の言葉や文字は習得しているんだけど、この文字に関しては全く知らないんだよ」
(文字……?)
手紙をジッと見る。テオドールの言うように読めないなんて事は無い。普通に読めるし、何より非常に見慣れた文字だ。文字の書き方の癖もどこか特徴的で……。
(あん?)
ジッと見る。ジーッと見る。ひたすら手紙をじっくり見続けて……やっと気付く。
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?(これ、日本語じゃねぇかぁぁぁぁぁ!?)」
大人しく見守っていたテオドールがビクッとなった。
* * * * * * * * * *
「えーと、つまりこれはブサ君のいた異世界の文字で『にほんご』で合ってるのかい?」
『そう』
「という事は、これを書いた人間は異世界人……なおかつ王城関係者、かぁ……」
そう呟くテオドールの正面で、ブサの心中は穏やかではなかった。自分の事が王城の人間にばれたかもしれない、という事では無く……
(何で俺が猫で、この手紙を送って来た奴は城なんて羨ましいところにいるんだ!? どうせアレだろ!? 王族チートとか、そんなんだろ!? 王族に生まれて、生まれつき婚約者がゴロゴロいて、贅沢三昧に美人侍らせ放題の内政チートなんだろ!?)
嫉妬心を拗らせていた。
王族に対する偏見が酷い。王族はそんな生温くないと思うが。
「幸いにしてこちらの事情も慮ってくれているようだ。件の後始末で忙しいというのも知っているようだし、後日ギルドを経由してこちらに再度要請して来るとの事だから……。まずはロラン君達が戻って来るのを待たないとね。それとセヴランには説明しておいた方が良いかな? 時間があるのはありがたいけど、それはあちらも同じだろうし……ブサ君?」
(王族とか貴族ならハーレムOKだって言ってたよな? なら当然そいつも……! あぁぁぁぁぁ!! どうせどうせ、お姫様侍らして酒池肉林なんだろ!?)
結局女性を侍らす事しか考えていない。
そして自分の事なのに全く真剣に考えずに、余計な事しか考えていないブサに罰が下される。
ヒョイッ
(あ?)
ムギュッ
(ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)
分厚い胸板がブサの顔を押し潰す。ズリズリと満遍無く擦り付けられる胸板に、頭を仰け反らして逃げようとするが、すかさず捕らえられてより強く押し付けられた。
押し付けられた頬が、大胸筋がピクピクと動いているのを感じる。後頭部に回した手のひらと、背中に回った腕が決してブサを逃さない。
ブサ自身は妄想からの嫉妬しかしておらず、テオドールが話していた言葉を一切聞いていない。それ故に、何故テオドールがこんな暴挙に出たのか全く理解していない。つまり、これはテオドールがやめようと思わない限り開放されない。ブサにとっては地獄の時間だ。
「私ばっかり真剣に考えているのはずるくないかい? 本来は君が考えないといけない事なんだよ?」
スリスリスリスリ……
「ぶぎにゃぁぁぁぁ!!(離せぇぇぇぇぇ!!)」
「私はね、繊細なんだよ? 流石に王城関係者とは直接関わった事は無いんだよ。今回はロラン君達が討伐隊として出ている間、ブサ君を預かっているだけだった筈なのに……何でこんな面倒そうな事になっちゃうのかなぁ……」
「ぎしゃぁぁぁぁぁ!!(嘘吐けぇぇぇぇぇぇ!!)」
スリスリスリスリ……
いつしか胸板に押し付けるだけに留まらず、顔をブサの腹に埋めてプニプニモフモフと腹肉と毛の感触を楽しむ。程好い弾力。ストレスが癒されていく。
抵抗に疲れ果て、グッタリとなされるがままとなったブサをモフり、匂いを嗅ぎ、肉球の感触を楽しみ……数十分に亘ってブサの精神を磨耗した後、ツヤツヤとした顔で顔を上げる。気のせいか筋肉の張りも良く見える。
ホゥ……と満足気な吐息を漏らしたところでノックもせずにドバンッ! と扉が開いた。
ツヤツヤしたテオドールと、机の上に溶けた餅のように広がったブサが反射的にビクッと反応する。
扉を開けた犯人はこの店の店員だ。店員がテオドールを見る目は完全に据わっている。そのままテオドールを見据えてツカツカと近付くと、目の前に無言で立ち塞がった。
「テオドール店長、昼食から戻られてからだいぶ時間が経っておりますが……本日の午後のご予定を覚えていらっしゃいますか?」
「……今日は、確か何も無かったと……」
「さようでございますか。ではそのようにお返事させて頂きますね。せっかく来られたテレーズ様もさぞ悲しまれるでしょうが、仕方ありませんね……」
ザッ、とテオドールの顔色が変わった。怒りでは無く、恐怖に。
「あ、姉上が来られるのは……今日、だった……かな……?」
顔を青褪めさせながら、ようよう搾り出した言葉はところどころ掠れていた。全身をカタカタと小刻みに震えさせながら店員に尋ねるが、店員から返って来たのは無慈悲な肯定だ。
サァッ、と青から白へと顔色を変化させて慌てて身嗜みを整え始める。
店員へはテレーズを応接間へ案内して、自分が向かうまでくれぐれも丁重にもてなすように! と言付けて部屋から出て行った。
あまりの慌てようにブサもポカーンと見送っていたが、店員がテオドールの退室を見送った後ブサの方へ振り向いた事に思わず萎縮する。
そんなブサの反応に少し寂しそうにしながら、懐から布包みを取り出すと開いてブサの前へ置いた。中身は干し肉と干し魚だ。一つ摘むとブサの鼻先でチラつかせる。
が、ブサの中身は仮にも人間だ。餌を鼻先でチラつかされたところで……
「店長はしばらくテレーズ様の応対で忙しいと思います。少なくとも今日の残りの時間は。店長のせいでご迷惑をお掛けしたようですが、どうぞ寛いで下さいね」
「ぎにゃぁっ!!(あんた、良い奴だなぁっ!!)」
遠慮無く食いついた。
そもそものスリスリ攻撃が自業自得なのを完全に棚上げして。
ちょこっとフラグ回収……になってるんでしょうか?
さて、この手紙の差出人は誰なのか。
繊細という言葉を辞書で調べる事をお勧めします。




