どうやら、保護者不在時にもトラブルは起こるらしい
一難去ってまた一難。
「ブサ君、すまない。待たせたね!」
ガチャリ、と店の扉が開いた瞬間に集まっていた猫達が一斉にサァッ、といなくなる。残っているのは、テオドールの登場にふてぶてしく舌打ちをするジョゼと、逃げたくても逃げられないブサの二匹だけだ。
そんな二匹の様子に不思議そうに首を傾げるテオドール。すぐに考える事を諦めてブサのリードを椅子から外すと、抱え上げてテーブルの上に乗せる。
テオドールの行動に、ジョゼからさらに舌打ちが上がる。怖い。
テーブルの上に乗せられて、人心地付いたブサを地面から見上げながらジョゼが鳴く。
『ヴヌ、……ヴニャッ(邪魔が入ったけど……諦めないから)』
(ひぃっ!?)
女の怨念を感じる。猫であっても、怖いものは怖い。
思わずヒシッ! とテオドールに縋り付くと、体を小さくして少しでもジョゼから隠れようとする。そんなブサの行動を不思議そうにしながらも、テオドールがポンポンと背中を叩く事に、不覚にも安心していた。
しばらくして視界に入った胸毛のおかげで正気に戻ると、ババッ! と慌ててテオドールから離れる。テーブルの上から恐る恐る周囲を見回すが、ジョゼの姿は何処にも無く、またさっきまであれ程居た筈の猫達の姿もどこにも見えなかった。
ちなみにブサが離れた瞬間、テオドールがとても残念そうな顔をしていたのは蛇足である。
「……何かあったのかな?」
心配そうに話し掛けて来るテオドールだが、今は外にいる為に文字表を使っての会話が出来ない。答えようにも方法が無いのでビッシビッシ! と八つ当たりとして尻尾をぶつけるしか無い。
そんなブサの行動にテオドールの顔が緩みまくっているのだが、ブサ自身はどうやら忘れているらしい。今、ブサの首に魔道具は付いていないという事を。すなわち、八つ当たりに爪を立てたとしても悪臭に襲われる事は無いのだ。だが、昨日と一昨日で悪臭の威力を心から思い知った結果、無意識レベルに爪を立てる事を恐れているようだ。
魔道具はしっかりと良い仕事をしたようである。もっとも、女性に対しては全く信用出来ないが。
ブサの怯えた態度も、食事に口を付けたら一瞬で吹き飛んだ。魚美味い。
白身魚のソテー、貝の出汁がたっぷり出ているクラムチャウダーのようなスープ、野菜と魚のアラの煮込み、それにガーリックバターを塗ってカリッと焼かれたパン。テオドールには香草茶、ブサにはホットミルクだった。……やはり酒は出て来ない。
「ブサ君は猫はあまり好きじゃないのかな?」
「ぶなっ(アレは無い)」
テオドールの言葉にブルブルと震えながら全力で首を振る。
「……すまないね。うちの商会の女性店員とはあまり接触させたくないのでね、せめて猫に……と」
「ぎな(余計なお世話過ぎる)」
「うん、すまなかったね。ブサ君が猫が嫌いとは思わなくて……」
違う。
ブサ的には猫は好きでも嫌いでも無い。まぁ、普通だ。さっき非常に不本意ながらテオドールに縋ってしまったのは、他でも無いジョゼが怖かったからだ。
先程聞いた他の猫達のコメントから察するに、どうやらブサは猫的感覚ではイケメンらしい。そんなブサにぐいぐいと迫ってくるジョゼが非常に恐ろしく見えたのだ。
ブサ視点からすると、でっぷりした体格で肌を露にした化粧と香水のキツイ中年~初老にかけての年齢の女が、鼻息荒く胸を押し付けながら迫ってくるようなものだ。しかも壁ドン付きで。
巨乳であってもBBAはいらぬ。そもそも奴は猫だ。
「にぎゃぅ(二度とアレを近付けさせんな)」
「そこまで嫌がるなら、明日の昼は別の店にしようか。討伐中のロラン君達には悪いけど、せっかくブサ君とゆっくり食事が出来るのだから、この機会に色々と食べてみたいからね(ロラン君達と一緒だと、サミュエル君が際限無いからなぁ……)」
どうも本音は一番最後のところらしい。だが、ブサとの食事が楽しみなのも本当らしい。
「私と食事をしてくれる動物っていないんだよね……」
「…………」
(……まぁ、普通の動物からしたら怖いんじゃね?)
珍しく空気を読んだブサである。
* * * * * * * * * *
「あ、店長! あの、すみません。店長が不在の間に手紙が届きまして……」
「ん? 何かな?」「ぎな?(何だ?)」
「……えーと、私は確かにお渡ししましたので、お返事は早めにお願いします?」
昼食から戻って店員に呼び止められ、手紙を受け取ろうと手を伸ばしたテオドールをスルーして、店員が手紙を渡した相手はブサであった。
(え、俺??)
両者共にポカーンとしつつも、押し付けられた封筒を口にくわえてブサが受け取る。
正直、手紙を預かった店員も理解していないっぽい。語尾に疑問符を付けながら立ち去って行った。しかし、ナチュラルにテオドールをスルーした。
立ち去る店員を大人しく見送り、手紙に視線を落とす。手紙の宛名は間違い無くブサだ。だが、誰がブサに手紙を送って来るというのか。
今のところのブサの事を知っているのはロラン達を除いてはギルドマスターであるセヴランと、教会の枢機卿であるヴィルジールとオレリア、それと今此処にいるテオドール位だ。
だが、今はギルドも教会も後始末と魔獣討伐で忙しいので、わざわざブサに手紙を送ってくる筈も無い。そもそも、手紙を出すのであればロラン達宛てに出すだろう。それに封筒の差出人名はどこにも無い。
部屋に入って手紙をペッ! とテーブルに落とし、改めてじっくり見る。が、書かれた宛て先は変わらずブサのままだ。ならば、と封筒を開けようとするが……
カシッ、カシカシッ……
「ぎな(開かぬ)」
「だろうねぇ」
猫の手で封筒を開けようとするのは流石に無理があった。ジト目でズイッと押し出された手紙を受け取り、ペーパーナイフを使って封を開ける。
封筒から出した手紙をブサに返すと席から立ち、部屋に備え付けてある茶を入れる。もちろん、ブサの分もだ。
茶の用意が終わり、後ろを振り向くとブサが真っ白に燃え尽きていた。虚ろな目を空中の、何処とも知れぬ場所へと漂わせながら呆然とおっさんのようなポーズで椅子に座っている。
手元にあった筈の手紙は、いつの間にか床に落ちていた。
「ブ、ブサ君?」
「…………」
「えーと、何か困る事が書いてあったのかな?」
「…………」
「……すまないけど、私も読ませて貰っても良いかな?」
「……ぎにゃ(……好きにしろし)」
「えーと、読んでも良いのかな?」
重ねて問うたテオドールに、一度だけコクリと首を動かすとそのまま動かなくなった。項垂れた姿が何とも哀れだ。
そんなブサを気にしつつも、元凶であろう手紙を読み進める内にテオドールの顔も引き攣っていく。
「……これは……っ」
テオドールの額を汗が一筋流れる。
手紙の内容はブサの召喚状だ。正確には『話が聞きたいという人がいるので、もし都合が合えばちょっと来てくれないかな?(意訳)』という文面的には強制力は低いのだが、差出人が王宮の人間。ぶっちゃけ拒否権は無いようなものだ。
だが、現状は保護者たるロラン達が居らず、テオドールは頼まれて一時的に預かっているだけ。テオドールの一存でブサを王宮に連れて行く訳には行かない。
そもそも、何日に来いと書いてある訳では無く『何日頃なら来られるか?』とある。つまりは猶予があるという訳なのだが、逆を言えば断られる事を想定していない。やはり拒否権は無い。
(俺、オワタ……)
ジョゼさん、猫だけど雌豹。
それと、猫が封筒を開けるというのは普通に不可能と思われ。絶対に開かないのを必死に開けようとする猫可愛い。そして、それを見られて何事も無かったように誤魔化そうとするの可愛い。おやつ缶とか。袋に歯型付いてたりするとニヨニヨします。
そして、ブサぴーんち?
明日は猫又公開日のため、こちらはお休みです。次話は23日となりますのでよろしくお願いします。




