どうやら、貞操の危機らしい
ロラン達が討伐に出掛けた翌日、早くもブサは暇を持て余していた。
メイドさんとの交流は禁じられ、不用意に接触して悪臭を撒き散らさないように、必要時以外は部屋から出る事も禁じられた。
本は与えられているものの、この世界にはブサの好むラノベや漫画などは存在しない。目の前に積まれているのは神話や、知識書、異世界人の自伝……と呼ばれているものだったりする。
初めこそワクワクしながら異世界人の自伝を開いてみたのだが、その中身は『俺TUEEEE!』を各所に散りばめ、行く先々で出会う女性と恋に落ちては旅立ち、その先で再びトラブルに巻き込まれては仲間の女性達と解決し……といった物だ。ある意味ラノベそのものだが、自分が活躍するならまだしも他人の自慢話を見て何が楽しいというのか。流し読みですぐに飽きた。それに、つい昨日それの劣化版を見たばかりだ。
不快感から、ベッチンベッチンと尻尾が床を叩く。
ちなみに、今居る部屋はブサの為に用意された部屋だ。キャットタワーから、ネズミ型おもちゃから、爪とぎ板に水入れ、ふっかふかのクッションと猫の好みそうなものが揃えられている。恐らくは一昨日リュシアンから預けたい旨を頼まれてから大急ぎで揃えたのだろうが、それにしては気合入れすぎである。
(つか、こんなもんどうしろと?)
キャットタワーから吊るされた、蝶をデフォルメしたパーツを見ながら溜め息を吐く。
(猫じゃ無ぇんだから、こんなんで遊ばねぇよ……)
チョイ、と前足で突くとミョインミョインと揺れる。だが、心は全く揺れない。
揺れるならば胸が良い。そう考えるとオレリアの胸は最高の揺れ具合だった。返す返すも、あの胸が『虚』である事が残念でならない。胸は貧より巨が良い。虚は以ての外である。最低でも普はあるべきだ。
今ブサが考えている事をオレリアに悟られたら、助走をつけて蹴りかかって来るだろう。そのまま人生のゴールに叩き込まれそうである。
昨日テオドールから魔道具の機能について念を押されて意気消沈した後、全く女性との交流をしないままにテオドールに案内された部屋が此処の部屋だ。部屋を見て猫用グッズの充実っぷりに思わず愕然とした。テオドールからは室内の物は自由に使って貰って構わない、と言われたのだが……どうしろと。
その日はミョンミョンと猫じゃらしを揺らすテオドールをシカトし、おやつで釣ろうとするテオドールをスルーし、何時まで経っても仕事に出て来ないテオドールに痺れを切らした店員がテオドールを引き摺って連れ去った事に喝采を上げていた。店員、強い。
そして今日、朝食を終えた後は特に何をする予定も無く、テオドールも朝食後すぐに店員に連れて行かれたので不在。
店員からの差し入れの干し肉と干し魚の盛り合わせをチビチビと摘みつつ、クッションにボヘーッと埋まる。暇である。
時々部屋の外を行き交う店員達の声が聞こえるが、外に出られない以上はどうにも出来ない。そもそも、外に出られたとしても女性陣と触れ合えないならば無意味である。男? 興味は皆無だ。
タバコをくわえるようにしながら、口元で干し肉を遊ばせつつ暇潰しの方法を考える。が、特に何も思い付かない。
猫的遊びには興味無い。いっその事、酒でも差し入れてくれたら……と考えるが、まともな人間なら猫に酒を飲ませようなどとは考えないだろう。実際に水入れに入っているのはただの水だ。飲む気がしない。
* * * * * * * * * *
「やぁ、すまないね! うちの者が仕事をしろとうるさくてね!」
「ぎな(てめぇは仕事しろ)」
お前にだけは言われたくない。そもそもお前は『ヒモ』を目指すなどとクズい事を宣言していただろうに。
当然ながらブサの言葉はテオドールには通じていないので、『同意してくれるのかい?』などと嬉しそうにしている。全力で首を横に振っているのに気付こうか。
そんな噛み合わない一人と一匹。何故この場にテオドールが現れたのかというと……。
「それじゃ、昼食にしようか?」
食事に誘いに来たテオドールがヒョイッ、とブサを抱え上げて部屋を出ようとして、一度戻って首輪を外す。そして違う首輪を付け、リードを繋いだ。良く見ると今度は普通の首輪だ。魔道具機能は無い。そしてリードがやけに短い。
不審に思ったブサがテオドールを見上げるとテオドールが一つ頷く。いや、説明をしろ。
そのまま説明をかっ飛ばして歩くテオドールに運ばれるままに、店を出て通りを抜ける。
その時、遠くから衛兵がガン見しているのが見えた。良く見ると昨日の朝ダッシュでやって来た衛兵である。ジーッと見る視線の先はブサの首元に向いていて、しばらくしてから魔道具では無いと判断したのか、その姿がフッ……と消えた。
(消えた……だと!?)
急いで周囲を見回すが、その姿は何処にも無い。その衛兵の立っていた場所の向こう側には家が立ち並んでいて、人が入れる隙間は無い。その左右には道が広がってはいるものの遮蔽物などは無く、隠れるようなスペースも皆無である。なのに、消えた。
昨日のテオドールの話によると、膝を怪我したと言っていたのだが、怪我とは何だったのか……と考えたくなる現象であった。そう、『現象』。もはや身近にいる人間達に色々と規格外な人間が多すぎて、考える事を止めていたブサであった。元々、深く考える事をしない性格ではあったのだが。
プルプルと震えるブサに気付く事無く、テオドールが連れて来た店はこぢんまりとした店だった。それにしても魚臭が凄い。
その匂いに惹かれたのか、店の周りにはやけに猫が屯っているのが見えた。野良猫だろうか。その多くはテオドールが近付くと同時に姿を消したが、一匹だけは逃げる事無く、ふてぶてしい顔でテオドールを睨み付けている。
その猫は毛の長さこそ違うものの、顔立ちはとても良くブサに似ている。ふてぶてしい態度も。
「やぁ、ジョゼ。元気そうだね。他の子達も元気そうだけど、私が来ると逃げちゃうんだよねぇ……。今日は君のお友達になれそうな子も連れて来たからね。良かったら仲良くしてあげてくれると嬉しいな」
『ヴナッ(仕方ないね)』
(うわ、だみ声……)
お前が言うな。
ジョゼという名の猫に声を掛けると、ブサのリードを椅子の脚にしっかりと結び付けて店の中に入って行った。此処は店内はペット入店禁止らしい。店の中からはテオドールが料理を注文する声が聞こえて来る。
漂って来る焼き魚の匂いに鼻をヒクヒクさせながら大人しく待っていると、さっきの猫が近付いて来た。
『ヴヌン?(あんた、あの人間のペット?)』
「ぎなっ!?(はぁ!? ふざけんな!?)」
(あ、あれ? 何でこいつの言葉が分かるんだ?)
『ヴニャ(首輪付けてるって事はペットなのかと思ったけどね)』
「ぎにゃ!(俺は人間だ!)」
……ハフゥ
呆れたように首を振る猫。やけに動作が人間臭い。気付けばさっき逃げた筈の猫達が集まって来ていた。壁の上や椅子の上に陣取り、ブサを見下ろしながらヒソヒソ、ニャーニャーと話し合う。
『ニャ?(人間?)』『ミャゥ(猫の匂いしかしないよ)』『マーォ(何か良い匂い)』『ウニャン(結構良い雄よね)』『ゥルニャン?(あんたも狙ってるの?)』
猫からするとブサはイケメンらしい。
尻尾をピンと立てながら、ブサに近付こうとする一匹の黒猫を牽制するかのようにジョゼが低く唸る。その声に黒猫が、ビクッと怯えて一歩下がった。つられてブサも一歩下がる。
そんなブサの様子に不満気にヴナァ、と鳴きながらジョゼと呼ばれた猫がさらに近付く。
『ヴニャァ(何で逃げるのさ)』
「ブニャゥ(いや、お前何かこえーよ)」
ジリッ、ジリッ……
近付かれては離れ、近付かれては離れ……遂にリードの限界に行き当たり、これ以上下がる事が出来なくなった。ビンッ! と張ったリードに体を擦り付けながらジョゼが近付く。ジョゼの尻尾はピンと高く立ち上がったままだ。そのままゆっくりと近付いてスリン、とブサに体を擦り付ける。
その瞬間、背筋がゾワッとして全身の毛が一気に逆立った。謎の危機感。ギギギギ、と錆び付いたロボットのような動きでジョゼを見やる。
目が、合った。
『ヴニャァン(あたしと番にならない?)』
「…………」
『ヴヌ?(どう?)』
「ぎ……(お……)」
『ヴニャ?(お?)』
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(お断りしますぅぅぅぅぅ!!)」
シャカシャカとリードを限界まで引っ張ったまま地面を必死に掻く。が、当然逃げる事は不可能。
それでもなお、ブサはこの場から逃げ出そうと必死に地面を掻き続けていた。
ブサよ、喜べ。念願のハーレムですぞ。
今度はちゃんと女もいます。ただし、ジョゼが近付けさせない。
ジョゼ(野良猫・メス)
年齢:9歳(人間換算だと5○歳)
特徴:だみ声・ブサの短毛バージョン
性格:肉食系・狙った獲物は逃がさない
その場にいた野良猫sは総勢9匹。内6匹がメス。ジョゼ含む。
猫から見たブサはイケメン。でかい顔と、がっしりした体。だみ声もセクシーと好評だったりする。
つまり、ジョゼは猫から見たら美魔女。ブサから見たら……。
ついでに
黒猫(野良猫・メス)
年齢:2歳半
特徴:短毛長尾・金目
性格:ツンデレ・番募集中




