どうやら、俺はお留守番らしい
ブサが間違った決意を固めていた時、そんなブサをジッと眺め続けていたテオドールが話し掛けて来た。
「ブサ君はロラン君達と離れるのは初めてだよね。やっぱり、心細いのかな? 大丈夫、彼らはとても強いからね。すぐに帰って来るさ」
何を言っているのか、この男は。思わずポカーンとしてしまうが、テオドールは『何も言わずとも分かっているとも』とでも言うように、うんうんと頷いている。
だが、そもそもブサの中身はおっさんである。可憐な少女でも、か弱い少年でも無い。ロラン達と離れたからとて、不安に思う筈も無い。
テオドールもその事は知っている筈なのだが、勘違いしているのか何なのか……。
慰めているつもりなのか、スリスリとブサの背中に顔を埋めて擦り付けている。野郎の顔汁が背中に塗り込められて行く。
(きしょいんじゃぁぁぁぁ!!)
ぎゃぁぎゃぁと鳴き喚きながらテオドールの手を振り解こうと暴れるが、的確に保定されているせいで振り解けない。ならば爪で……! と考えたが、そう考えた瞬間に手足を握り込まれて動けなくされた。無駄に有能。
抜け出す事も出来ず、引っ掻く事も出来ず、ひたすら顔で背中をモフられる事でストレスが超加速。苦し紛れに出した爪がテオドールの手のひらに刺さる。
「あ」「ぶぬ?(おん?)」
ブシュッ
「「くぁwせdrftgyふじこlp!?」」
三度目の惨劇。早朝の開店準備を始めていた店員達が、全力ダッシュで逃げて行く。
テオドールも逃げたい。だがそれをすればブサは遮二無二走り回り、無駄に被害を広げる事になるだろう。
必死に悪臭から逃げ出したくなる衝動と戦いながら、震える手でブサの首に付けた魔道具を外す。カチッ、と音を立てて首輪が外れた瞬間、悪臭がサァッと風に吹き流されて消えて行く。
ようやくまともに呼吸が出来るようになって、大きく深呼吸をする一人と一匹。そんな彼らの背後から近付く存在がいた。
トントン
「ん?」「ぶに?(あん?)」
「テオドールさん、困りますよ。周辺住民の方から異臭がすると届出がありました。昨夜も宿屋方面から異臭がすると騒ぎになりましたが、そちらもテオドールさんが原因でしょうか?」
鼻栓を詰めた衛兵、登場。顔はイケメンなのに、鼻に詰められた布の存在感が凄い。そして思いっきり鼻声である。
声を掛けられたテオドールも思わず鼻栓を凝視しながら謝罪を返す。うっかり宿屋方面の騒動は自分が原因では無い事を言うのも忘れて。ブサもまた鼻栓をガン見しているのは言うに及ばず。
「いやぁ……すまないね。ペットの躾用の魔道具を付けたんだけど、この子の嫌う臭いが他に無くってね……」
「ハァ……そういう事であれば、なるべく屋外へ連れ出すのはお控え下さい。風下が結構な大惨事になっています」
そう言われて衛兵の指し示す方向に視線を向けると、散歩中だったと思しき犬が道端に蹲りながらピクピクと痙攣を引き起こしている姿と、それに縋り付いて必死に声を掛ける飼い主の姿。木に止まっていた鳥が地面に落ちてバサバサともがいている姿。さらにその奥には、臭いから全力で逃亡している野良猫達の姿があった。
罪悪感から目を逸らす。
……テオドールに協力を頼まれた工房の職員は泣いて良いと思う。
* * * * * * * * * *
「いやぁ……酷い目にあったね」
「ぎにゃぅ(お前が原因だけどな)」
「はははっ! いやぁ、久しぶりに衛兵から怒られてしまったよ!」
「ぶにゃ(聞けよ)」
あの衛兵はテオドール担当らしい。普段は普通に街中のパトロールなどを担当しているが、テオドール関連で苦情が来た場合にはダッシュで現場に向かっているようだ。
つまり、先程も何処からかダッシュで来たばかりだった、という事である。そのわりには全く息を乱していなかったが……?
「彼は元々優秀なギルド員だったんだよね。だけど依頼中に盗賊から襲撃された時に、膝に矢を受けてしまってね……その怪我が原因でギルド員をやめたんだよ。その後は必死にリハビリをして、今は立派に衛兵をやっているという訳だよ」
「ぐにゃ(あいつ、ギルド員やめる必要無かったんじゃね?)」
ブサの突っ込みはもっともである。
「まぁ、元々その依頼の後に結婚するつもりだったようだからね。怪我が原因とは言え、危険の多いギルド員をやめて安定した衛兵への就職をしたのは良い判断だったと思うよ」
「ぎにゃ(死ねば良かったのに)」
フラグは回避されていたようだ。
それとブサがモテないのは、ブサのこの性格が原因では無かろうか。言葉が通じてないと思って言いたい放題である。
「それはそうと、さっきの魔道具だけどね?」
「ぎしゃぁぁぁぁぁぁ!!(そういえば、てめぇなんてもん付けやがったぁぁぁぁぁ!!)」
流石に四度目の惨劇を引き起こすのは遠慮したく、爪を出さないように気を付けながらテオドールに詰め寄った。テーブルから膝に飛び乗って、ぎゃぁぎゃぁと喚き散らす。
そんなブサの姿をホッコリとしながら眺めていたテオドールだが、流石に話が進まないのは困るのでガシッとブサの頭を掴む。ブサの頭がスッポリと手のひらで包まれた。キュッと手に力を込めれば、パーンと弾けそうである。あるいはグチャッと。
「とりあえず説明を続けても良いかな?」
「ぐむ(どうぞ)」
「うん、ありがとう。……あの魔道具はさっき衛兵の彼に説明した通り、ペットの躾用の魔道具なんだよ。本来は柑橘系の匂いが出るように設定してあるんだけど、ブサ君は大丈夫だろう? だから、リュシアン君から案を貰って『男の体臭』に設定しなおしたんだよ。だから……行動には色々と気を付けてね?」
(あいつが元凶かぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)
ロラン達を前にした説明では、調整に関してはテオドールに任せたとリュシアンは言っていたのだが、真実は此処で明らかになった。ロラン達が戻ってきたら告げ口をしてやろうと決意する。……覚えていられれば、だが。
テオドールから改めて受けた説明では、ペットの躾用だけあって飼い主にとって不都合とされる行動に対して臭いが出るのだという事だ。通常はマーキングであったり、爪とぎであったり、トイレの場所であったりするのだが、ブサはその辺りは問題は無いのでそれ以外となる。
つまりは女性へのハラスメント行為と、同姓への暴力行為である。ぶっちゃけ、女性には接触した時点でアウトだと告げられる。
女性への接触禁止を告げられてショックを受けたブサだが、臭いを我慢すれば……! と決意を固めるが、臭いの被害は女性へも及ぶと聞かされて再びショックを受ける。そもそも、触れられる度に悪臭を撒き散らす猫など、女性からしたら触れる事すらお断りである。
それらを聞かされたブサは真っ白に燃え尽きていた。
(メイド……メイドさん……猫耳メイドに、美少女メイド……! お、俺の夢が……! メイドさんに抱きかかえられて柔らかい胸の感触を堪能したり、さり気無くスカートに顔を突っ込んだり、匂いを嗅ぎまくろうと思っていたのに!!)
変態か。紛れも無く変態である。
ロランの先読みは賢明であったようだ。これで罪も無いメイドが、ブサの毒牙にかかる事は無くなった。今後気を付けなければならないのは、不用意な接触による悪臭被害である。
「君も、彼女達に嫌われたくないだろう?」
「ぐ……ぐにゃぅ……(ち……ちくしょう……)」
がっくりと四つん這いで項垂れるブサ。……いや、ブサは元々四つ足だった。気分的な問題である。
何はともあれ、これでブサがメイドに手を出す可能性は無くなっただろう。しつこく付き纏わられて使用人としての仕事の妨害でもされては堪ったものではない。彼女達を雇っている側の人間として、無駄に彼女達への精神的負担を強いるのは不本意だ。
「そういう訳だから、ブサ君はうちの子達に手は出さないでね? もし、警告を無視した場合は……」
「……ぎにゃ(……はい)」
(最後まで言ってくれ。マジ怖えぇぇぇぇぇ!?)
新キャラは衛兵さん。無名だがイケメン。
膝に矢を受けてしまってな……。
超速衛兵。気付くと背後に居る謎の人。
結婚して数年経つが、未だに新婚ホヤホヤな雰囲気を撒き散らすリア充。嫁さんは可愛い系美人。
護衛依頼に出る前に『この仕事から帰って来たら結婚しよう』と約束をしていて、依頼中にも仲間や依頼人にその話をしていたが、無事に死亡フラグをへし折った人。
なお、怪我のリハビリ後の方が超人じみているとご近所で有名。故にテオドール係に任命されてしまった、ある意味苦労人。
必要とあらば鼻に布を詰める事を厭わない。それでもイケメン。




