どうやら、討伐準備の時間らしい
久しぶりにアンリ暴走中。
そうしてギルドを出た後、チームを分けて行動を開始する。
ロランはアベルの家へ、残りはテオドールの元へ。
「あ、わりぃ。俺ぁちっと買出し行っても良いかぁ?」
「ん、ならサミュエルは別行動な。必要なものがあるなら買っておいてくれ。経費と認められる分は後で清算する」
「……うぇーい」
ロランの言葉にこっそり水増しする心算もあったようだが、続く言葉にすっぱり諦める。何故か毎回ばれるのだから、今回も無駄だと悟ったのだろう。
というより、毎回やっているからばれるのだと何故気付かないのか。
「私はブサに同行します」
「んで、今回は俺がテオドールさんへの説明だナ。アンリとブサが暴走しないよう見張っとくワ」
「リュシアン、頼む。ついでに、テオドールさんにブサの暴走を防ぐような魔道具が借りられるようなら、借りといて欲しい。代金はきちんと払うと伝えてくれ。……ブサを預けるのに、迷惑を掛ける訳にはいかないからな」
「……あー……了解。あそこメイドいるしナ」
メイドと聞いてブサの耳がピンッ! と立つが、お前には絶対に近付けさせないというリュシアンの言葉に耳が垂れる。本気で涙ぐみながらリュシアンを見つめるが『きめえ』の一言で撃沈した。
メイドはロマンなのに。
項垂れるブサは、僅かにリュシアンの耳が赤くなっている事に気付かない。猫好きの業は、中身がおっさんであっても一定の行動には萌えてしまうものである。さり気無く顔を背けるロランやサミュエルもまた然り。それを隠しもしないアンリは堂々を悶えていた。ちょっと羨ましかった。
* * * * * * * * * *
「ふむ? 君達が依頼中の間、ブサ君を預かれば良いのだね? もちろん大歓迎だとも!」
「それで、こいつが失礼な事をしでかさないように、暴走を防ぐような魔道具があれば借りたいんですガ」
「ふぅむ……丁度良い物があるかもしれないね。ちょっと待ってて貰えるかな?」
「よろしくお願いしまス」
ロランに頼まれた伝言を伝えると、心当たりがあったらしく探しに行くようで席を外した。
テオドールならば断らないだろうと考えていたが、案の定快く引き受けてくれて一安心である。むしろ大歓迎であった。
一番の目的が達成出来た事に一息吐いて、供されたお茶を一口飲む。先程までの尋問の疲れもあって、非常に美味である。茶菓子も美味い。
さり気無くいくつかをバッグに仕舞う。後で一人で楽しむつもりだ。絶対にサミュエルには渡さん。
そうして待っている内に手持ち無沙汰になり、アンリが妙に静かなのに気付く。いや、静かなのでは無い。何やら小声で呟き続けている。何を呟いているのか、こっそり聞き耳を立ててみた。
「殲滅したらブサと触れ合い放題、殲滅したらブサと触れ合い放題、殲滅したら、殲滅、殲滅、殲滅殲滅殲滅殲滅……」
怖い。速やかに聞かなかった事にする。
ちなみに、人間よりも耳の良いブサには当然その呟きはずっと聞こえていた。その為、かなり早い内から恐怖のあまり白目を剥いて気絶していたのである。
そんなブサの様子を見て、今さらながらにブサにトラウマが追加される事になる事に気付くが、すでに約束してしまったので、ブサには我慢して貰うしか無いだろう。一応訂正しておくが、『触れ合い放題』では無い。『触れ合いを許可する』だ。
とりあえず今はアンリのテンションを保つ為にそのまま勘違いさせておいて、いざその時に訂正するか、アンリの暴走を止めれば良いだろう。止められるかは別として。
最悪の場合は、そのままブサの冥福を祈る所存である。
「すまない、待たせたね」
「いえ、茶頂いてましたんでそれ程ハ」
「早速で悪いけど、ブサ君をこちらに渡して貰えるかな?」
「あ、どうゾ」
そうこうしている内にテオドールが戻って来た。手には何やら首輪のような物を持っている。あれがリュシアンの希望した魔道具なのだろうか?
テオドールからの要請に、悪いようにはならないだろうとグッタリしたままのブサを手渡す。ちなみに、普段は文句を言ったり、張り合ったりするアンリだが、今は静かなものだ。その静けさが怖い。主に、後から来るであろう反動が。
ブサを受け取ったテオドールは、ブサが白目を剥いている事に軽く笑いを零すと首輪型の魔道具をブサの首にはめる。サイズを確認するが、問題は無いようだ。猫に首輪、普通に似合う。
「それハ?」
「うん、リュシアン君は隷属の首輪って知ってるかな?」
「えぇ、まぁ一応……一般知識程度にハ」
「それを獣用に調整したものだよ。いわゆる、犬や猫などの躾用の魔道具だね。痛みを与えるのでは無く、獣の嫌がる臭いを出すんだが……そういえば、ブサ君の嗅覚は獣寄りなのかな?」
テオドールが探してきたのはペット用の魔道具だった。
通常の隷属の首輪は、首輪に定められた主人の命令に逆らうと首輪を嵌められた相手に苦痛を与えるものだが、テオドールの持って来たソレは獣が嫌がる臭いを出すというだけらしい。結果、学習して飼い主の嫌がる事をしなくなる、というものだそうだ。
問題は、ブサの感覚が普通の猫とは違うというものなのだが……。
「どうでしょウ? 普通に臭い物には嫌な顔をしていましたけド」
「……柑橘の香りなんだが」
「……それ、普通に大丈夫ですネ」
「「…………」」
首輪のデフォルトの設定ではダメだったらしい。二人は沈黙し、アンリの呟く声だけが部屋に響く。
幸いな事に、臭いは改めて登録し直す事が出来るので、別のブサが嫌う臭いを設定すれば良い。それが何か、と考え込んだリュシアンの思いついたものは……。
「あ、確実に嫌いなものなラ」
「ん? 何かあるのかい?」
「野郎の体臭」
「……それは私でも嫌だよ……。気の毒だけど仕方無いかな。リュシアン君、ちょっと協力を「俺は臭くないんデ」……うーん、知り合いの工房でお願いするかな。これからちょっと出ないといけないから、魔道具はまた後で取りに来て欲しい。それと、ブサ君を預かるのは明日でも良いかな? ちょっと色々と準備が……」
「俺らは大丈夫ですヨ。ただ、早朝になりますけド……」
「うん、早朝でも来てくれて構わないからね。それと……小一時間程後にまた来て貰えるかな? その時に魔道具を渡すよ。アンリ君もまた後でね」
「殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅……」
「「…………」」
「でハ」「うん」
「殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅……」
きっとブサには悶絶ものの魔道具になるだろう。
テオドールから協力を求められるがサラッと流す。自分は、臭くない。さり気無くテオドールも自分を外している。自分も、臭くない。
リュシアンの協力が得られない代わりに、知り合いを頼るらしい。頼られた方はびっくりだろう。『ごめん、魔道具に君の臭いを登録しても良いかな? ペットの躾に使いたいんだ』とでも言うのだろうか。流石に直球で言うと知人関係に亀裂が入りそうだが、テオドールの事なので何かしら上手くやるのだろう。
リュシアンは大人なので、それには突っ込みを入れずに、何も気付いていない素振りで辞去する。それに返すセヴランも、此処に来てから一切言葉を交わしていないアンリに声を掛けるが、返ってきたのは呪いのような言葉の羅列であった。思わず無言になる。
そして、二人とも聞かなかった振りで爽やかに別れる。あーあー、何も聞いてなーい。
* * * * * * * * * *
「お、テオドールさんはどうだって?」
「ブサを預かる件については快く引き受けてくれたゼ。明日の早朝預けに来てくれってヨ。あと、魔道具も使えそうなのがあって、それの調整するからまた後で来て欲しいって言われたナ。報告で一旦戻ったけど、またすぐ行くワ。あと、アンリは置いて行くんで引き止め頼ム」
「そうか……善処はしよう。で、アンリはどうだった? 暴走しなかったか?」
「…………」
「……やっぱり暴走したのか」
「いや、むしろ静かだっタ」
「あん?」
「ずっと小声で『殲滅殲滅殲滅』って呟き続けてタ。思わずテオドールさんも無言になるレベルでナ」
「「…………」」
「ま、まぁ問題が無かったなら良しとし「現実を見ロ」よう。んでブサは?」
「……流しやがったナ……。アンリの呟き聞いてかなり早い内から気絶してたゼ」
「「…………」」
猫の嫌いな臭いに『男の体臭』はガチだそうな。
知り合い宅の猫様は、夏場の旦那帰宅後は決して近寄らないとか。後寝起き。
逆に有名どころの柑橘は平気な子も多いように思います。普通に頭にみかん乗っけてる子とか、皮被ってる子いるし。嫌いな子はとことん嫌いですけど。
ちなみに、工房は鍛冶屋系統を想定してます。汗掻きそうなので、汗臭そうかなーと思ったり。
そして『臭くない』と言い張る野郎二人。和みます。真実は闇の中。




