どうやら、小手先の技は通用しないらしい
沈黙の後、開口一番叫んだ言葉は『自分は騙された』だった。そして『騙されただけだから自分は悪くない』と、言葉を変えながらもほぼ同じ内容の言葉を繰り返す。
まるで、全ての罪をフェリシーに押し付けるかの如く。
そんなアンリの言葉には、多くの人間が不快感を示していた。一部の人間は先程のフェリシーの言動を見ていた為、数少ないながらもアンリに同情的な者もいる。だがそれも、真偽官が尋問を続けていく内に同情は嫌悪に変わっていった。
「……つまり、貴殿は治癒師の襲撃は先程の罪人に騙されて行ったと?」
「あの女は、俺が騙されて襲撃した治癒師が教会の偉い奴と繋がってるから、訴えたくても全て握り潰されてしまうのだと。それに、他の治癒師もみんな手懐けられてるから、自分の味方は一人もいなくて、毎日罵倒されたり、暴力を振るわれていると聞かされました。俺はそんな彼女の言葉に……!」
「ならば、教会から連れ出すだけでも救えたのでは? わざわざその治癒師の……実際は治癒師見習いだが、彼女を襲撃した意味は?」
「それは……! あの女が言ったんです! 今まで受けた恨みを晴らしたい、と! 少しでも自分が受けた苦痛を味わわせたいと言ってて!」
真偽官の質問に答えるアンリにとって、フェリシーはすでに『あの女』という扱いのようだ。フェリシーはもはや仲間でも何でも無く、自分を陥れて犯罪に手を染めさせた悪女。自身は騙された被害者で、襲撃させた治癒師見習いの少女には何の悪意も無かったのだと。フェリシーが悪くて、騙された自分は悪くないと主張するかのように。事実、アンリはそう思わせるように誘導していた。
そんなアンリの言葉に、セリア達の顔が驚愕に引き攣る。
「……ハァ、本当に碌でもない男だな。ギルドが集めた情報では、先程のフェリシーという少女とは出会って間も無いのに、非常に仲良く過ごしていたようだが……それにしては随分な言い様だ。自分は悪くないと言いたいようだな」
「教会で集めた情報でも、彼らは人前でも非常に仲睦まじい様子だったと伝えられていますね。ただ、その場に他のパーティーメンバーの方々はいない場合のみ、ですが。例え騙されたとしても、犯罪に加担している以上は完全な無罪には出来ませんけどね」
「それだけで無く、あの男は女にはかなり節操が無い性格のようでな。ギルドの職員や宿屋の従業員、ギルド員……と数多くの女性に声を掛けていたとも報告が入っている。そういえば、人妻にもしつこく言い寄っていたそうだぞ? まぁ、声を掛けるのは『美人に限る』ようだがな。もっとも女性達からは相手にされず、むしろしつこく言い寄られたり、体を触られた事を衛兵に訴えていた者もいた。そんな言い訳が通るようなら、ワシは人を信じる事を止めるでしょうな」
「それはそれは、随分な方のようですね。素行や性格はともかく、顔だけはよろしいようですから……ね。それにしても、恋人が居るにも関わらず、他の女性に平気で誘うその神経が信じられません。そもそも、一方の言い分しか聞かず、『騙された』も何も無いと思うのですが」
さり気無く情報を流しながら、アンリを盛大にディスっている。ちなみにこの二人、小声で話している訳では無い。普通の声量で話している為、その声は他の者達にもしっかり聞こえていた。
教会の情報網からアンリと仲間達の関係を知っていて、二人の会話が耳に入っていたオレリアも『あんな男のモノなんて切り落としてしまえばいいのよ!』と勇ましく叫んでいた。
他にも二人の会話を聞いてしまった人達は――もっとも、セヴランとヴィルジールは、あえて聞こえるように話していたのだが――アンリの不誠実さに憤ったり、軽蔑するような目を向けていた。
それらが聞こえてしまったセリアとアンリエットは最初キョトンとした顔になり、ふと生じた疑惑に仲間達の顔を不安そうに見つめ、疑惑が真実と分かると一気に顔を青褪めさせていた。
何故なら、自分達もアンリと恋人同士だからだ。他でも無い、二人きりになった時にアンリ自身が言っていた言葉だ。『愛してるのはお前だけだ』と。
だがこの瞬間、自分だけで無く仲間達にも、同じ事を言っているのだと理解した。そしてそれはきっと、言葉だけでは無い。
唯一、それと知ってもララだけは平気そうな顔をしていた。彼女が平気そうなのは獣人という種族的性質故だ。強い者に惹かれる性質上、複数の女性とハーレムを作る事を厭わない。
だが、獣人以外のほとんどの種族は貴族や王族以外は基本的に一夫一妻で、結婚していなくとも複数の相手と同時に関係を持つ事は非常に唾棄すべき行為とされている。当然、ハーレムなんて軽蔑の対象だ。もっとも、別れた後に別の人間と関係を持つならば何も問題は無いが。
ブサの欲望は実現する前に潰えていた。アンリはすでにハーレムを築いていたが、それはもはや砂上の楼閣となっている。証言として集められた者達は蔑むような顔でアンリを見ては、互いに小声で話し合っている。流石にセヴランやヴィルジールのように、普通の声量で話すような猛者はいないが。
だが、距離的にそれらの言葉が聞こえているアンリは、仲間達全員と関係を持っていた事を悟られたと知り、『余計な事を……!』と言いたそうな顔でヴィルジール達を睨んでいる。つい先程自分がセリア達へ向けていた目は、完全に棚に上げているようだ。
ゴホン!
場の雰囲気を変えるかのように真偽官が咳払いする。
流石に少しやりすぎたかと元凶の二人が目で謝り、オレリアが護衛兵に宥められて黙り、真偽官が溜め息を吐いて尋問を再開する。
「……運営資金の盗難に関しては?」
「……それも、あの女に言われたんです。幼い頃に教会に入れられてから、ずっと外にも出して貰えずに治癒能力を使わされ続けてるって。他の人には治療の報酬が渡されるのに、自分だけは一度も渡された事が無いと。それに、毎日毎日、自分ばかりが扱き使われているって言われて……」
ちなみに、ここまでアンリは嘘は吐いていない。もしも『フェリシーに頼まれた』と言ったならばそれは『嘘』となるが、あくまでもアンリが言っているのは『フェリシーから言われた』だ。ならば真実となる。
確かにアンリが答えた内容に間違いは無い。ただし、真偽官の質問への回答からはずれている。アンリがあえてずらしているのだ。
真偽官が真偽を見抜くのならば、嘘を吐かない方法で答えれば良いと考えたのだろう。
だが、そんな事は真偽官とて気付いている。ならば、質問の仕方を変えるだけだ。
「しかし、罪人の彼女があなたに襲撃や盗難するように頼んだ訳では無いのだな?」
「それは……っ! 俺は彼女から聞いたから!」
「私が聞きたいのは、あなたが襲撃、及び盗難をするように彼女から頼まれたのか、それともあなたが自主的に関与したのかという事を聞いているのだが?」
「それは……彼女に言われて……!」
「それは、あのフェリシーと言う罪人から、襲撃や盗難をするように言われたという事か? 是か否で答えよ。それ以外の回答は認められない。それ以外で答えた場合、回答の意思が無いとして強行手段を取る事になる」
「……っ! まさか、拷問するって言うのか!? オレはまだ容疑者の筈だ! 拷問なんて認められる筈が無いだろう!!」
「ヨウギシャ? 貴殿は何を言っている? それと、拷問は国に認められた正当な尋問法の一つだ。以前は認められていなかったが、治癒師が国全体に普及した今となっては有効な手段として確立されている。……ところで、今の発言が先程の問いへの回答という事で良いのか?」
「……っ! ……っ!?」
「沈黙は是と取る」
「違う! 質問にはまだ答えていない!!」
「ならば、早く回答せよ。あの罪人フェリシーに襲撃や盗難をするように言われたのか? 是か否か」
真偽官の問いと、その後に続く言葉に酷く狼狽するアンリ。
真偽官の問いに『是』と答えれば嘘だとばれる。だが、『否』と答えれば罪人確定である。そして、先程までの方法は使えない。『フェリシーから言われた』あるいは『聞いた』と答えれば拷問が待っている。
どうにか今の問いを上手くかわす方法は無いかと必死に思考を巡らせるが、上手い方法が思い付かない。脂汗をダラダラと流しながら、必死に自分が助かろうとするその姿は酷く醜かった。
ハッ、と思いついたようにセリア達に縋るように視線を送るが、セリア達は目を逸らした。今さらである。
そもそも、『愛してるのはお前だけ』と言いながらも、実際は仲間全員に手を出していた事を知ってしまった今となっては、セリアとアンリエットはアンリへの気持ちももはや冷めていた。もちろん、それだけが目を逸らした理由では無く、先程からフェリシーに罪を擦り付けようとする姿を見せ付けられ続けば無理は無いだろう。
特にアンリを信じ、心配して一緒に村から出て来たセリアにはその思いは人一倍強かった。もはや、自分の知っていたアンリは何処にもいないのだ、と理解した瞬間である。
ぐぬぬ。ちょっと、かなり無理矢理感が……。
異世界だからといってハーレムが成立する、訳ではありませんよー。的な。ただキャッキャウフフしてるだけならセーフ。肉体関係を持ちたいなら、誰か一人に絞らないといけません。
浮気ダメ、絶対。
貴族・王族が例外なのは、跡取り問題などの関係上。ただし、お家騒動が起これば容赦無く潰される可能性あり。きちんと管理はしましょう。
ちなみに、この時点でブサはまだハーレムが不可能な事を知りません。後で盛大に絶望して貰いましょう。
もちろん、奴隷ハーレムなんてものも不可能です。奴隷=労働者。そちら方面OKなら、最初から娼館に行きます。
明日は猫又公開日なので、こちらはお休みです。次話は13日となります。




