どうやら、件の店に到着したらしい
おい、パイ食わねえか?
「テオドール様、ようこそいらっしゃいました」
「やあ。個室で予約を入れたんだけど、取れてるかな?」
「はい、もちろんでございます。それでは皆様、ご案内致しますのでどうぞ中へお入り下さい」
店に着いて扉の外に立っていた店員に声を掛けると、テオドール達が近付く前から気付いていた店員が別の者を呼んでいた事により、すぐに案内される運びとなった。
それに気づいた並んでいる他の客が文句を付けようとするが『予約をしていた』という言葉と、テオドールとその連れの外見を見て一瞬で口を噤む。
やはり、一般人にはこの外見は色々とキツイらしい。気持ち列が遠ざかる。
そんな周りの様子などかけらも気にせず、テオドールが店員について中へ入る。むしろ、店に入る時にロラン達の方が気にしている程だ。
もっとも、ロラン達が気にしているのは思っていた以上に立派な店構えであった事と、そこから推測される相応に掛かるであろう食事代についてだ。ロランとアンリの二人が四人の中で一番の大食漢であるサミュエルを睨む。『てめえ、自重しろよ』と視線に込めて。スッ、と目を逸らされるがすかさず回り込む。
スッ、スッと無言の攻防が連続してなされ、そのまま歩きながらグルグルと回り始めたら、流石にテオドールに注意された。
「君達、仲が良いのは良い事だけど、店の迷惑にはならないようにね。それと、支払い的なものを気にしているのなら心配はいらないよ? 思いがけず仕入れられたモノもあったからね。君達全員にお腹一杯食べさせて、土産を待たせたところで懐は痛まないよ」
テオドールの言う『思いがけない仕入れ』というのは、ワイバーンの襲撃の事か。あれを仕入れと言い切るこの男、やはり大概規格外だ。
懐は痛まないの言葉にサミュエルがニヒャリと顔を緩める。
こいつ、遠慮というものを捨てる気だ。それを察したリュシアンもサミュエルに一言念を押そうとするが、当のテオドールに止められて渋々と引き下がる。サミュエルの笑みがさらに深まる。
もはやサミュエルは満面の笑みだ。それでも顔は凶悪なので、にこやかな笑顔には見えない。言うなればマッドサイエンティスト的な笑みか、快楽殺人者的な笑みだろうか。どう見ても健全では無い。
完璧な笑顔でテオドール達の案内をしていた店員の顔が一瞬引き攣った。が、すぐに表情を戻したのは流石はテオドールが出資している店の店員だ、というべきなのだろうか?
「どうぞ、こちらの部屋でお寛ぎ下さい。お料理をすぐにお持ちしてよろしいでしょうか?」
「うん、お願いするよ。お酒は……やめておいた方が良いね。お酒以外で適当に飲み物もお願いしようかな」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
「ありがとう。よろしくね」
テオドールと店員のやり取りの後、店員が下がって行く。その手慣れた様子に、ロランが口を開いた。
「流石に慣れてますね」
「まぁね、こういう店は商談で使ったりもするし、それなりには慣れているかな?」
「接待される事もあるんすかねぇ?」
「それもあるね。どれだけ良い店を知っているかというのも、商人には必要なんだよ。そのために、成功しそうなところには出資したりもする訳だね」
「はぁ……私達には向いていなさそうですね」
「どう考えても無理だロ」
「どういう意味でしょうね?」「自覚してんじゃネ?」
「やーめーろ、お前ら……」
席に着くとそのまま雑談タイムとなる。その中でアンリの零した言葉にリュシアンが同意し、その裏に込められたものを察したアンリがリュシアンに凄むという場面もあった。当然、見咎めたロランに注意されていた。若干投げやり気味になっていたが。
「ぎなっ! ぐにゃ——!!(てめぇら! いい加減俺を出しやがれ——!!)」
しばらくすると、テオドールが持っていた鞄が激しく暴れ出し、鳴き叫ぶ。中身は言わずと知れたブサだ。道中に何かあっては困るという事で鞄の中に入れられていたのだ。何かとは何なのか。
「あぁ、すまないね。今出すから、ちょっと暴れないでくれるかな?」
ブサが中で暴れているせいで、地味に開け辛かったらしい。テオドールが釘を刺す。鞄が即座に大人しくなった。その隙にテオドールが鞄の口を開く。
「……俺らの時もあんだけ素直なら良いのにな」
思わず零れた言葉にポン、とロランの肩が叩かれる。左右から同時に。
その事実に余計に肩を落とすロランだった。
アンリ? テオドールが鞄を開ける様子を見ながら手をワキワキさせている。自分が開けたいらしい。
プハッ!
やっとの事で鞄から出され、椅子の上に上げられたブサがザッシ、ザッシと毛繕いをする。猫は狭い所を好むものだが、ブサにとってはかなりのストレスとなったらしい。それでも、懐に入れられて移動するよりは格段にマシだと思うのだが。
必死に毛を舐めるブサの様子を、ニコニコしながらテオドールが見守る。それに気付いたブサが毛繕いの手を……否、舌を止め、テオドールを軽く睨む。この時、中途半端に舌を仕舞い忘れているのはお約束だ。
「な゛(何だよ)」
精一杯威嚇しているつもりのブサだが、中途半端に出っ放しな舌のせいで台無しである。声を出したと言うのに、その後も舌が出ているのは何なのか。
そんな様子にテオドールはますます笑みを深め、アンリは鼻息を荒くし、ロラン達はひっそりと和んでいた。自分達に害が無ければ、外見だけは猫なので愛でる対象となる。ぶちゃ猫だが。
「そういえば、ブサ鞄から外に出して大丈夫なんすかねぇ?」
はた、と思い至ったサミュエルがテオドールに質問する。確かにテオドールはブサも大丈夫だとは言っていたが、個室とはいえブサを外に出して、なおかつ椅子に上げてしまって大丈夫なのだろうか、と。
ちなみにその質問はブサに対する嫌がらせなどの意味は全く無く、純粋な心配から来るものだった。その心配と言うのも、一番はテオドールに向けられたものだが――何しろ、店に予約を入れたのはテオドールなので――その中には一応、『一応』ブサに向けられたものも篭められていた。ここまで楽しみにしているものを、万が一にも取り上げられたらと考えたからだ。……もちろん、そんな事になった場合、荒れ狂ったブサによる被害を被るのは自分達である、という打算もあるのだろうが。
(ま、まさか此処まで来て、俺の飯はお預けなんて言わねぇよな……?)
「ぎ、ぎなぅーん……(俺の飯ぃー……)」
ブサ、懇親の猫撫で声。言ってる内容は可愛くないが。
グハッ! と声を上げてアンリが椅子から崩れ落ちた。そのまま床の上でプルプルと震え始める。顔の下半分を覆った指の間から赤いものがチラリと見えた。即座に拭い去られる。
ロラン達も口元を押さえてプルプルと震えている。ちなみにこちらは笑いを耐えているだけであって、鼻血を堪えている訳ではない。中毒者と一緒にしないで貰いたい。
そんなカオスに目もくれず、ブサとテオドールが見つめ合う。バックに歌が流れて来そうな気配だがそんな事は無い。そのまま見つめ合う事しばし、テオドールがスッ、と目を逸らした。
もしかして、と思い始めていたロラン達がブサから目を逸らす。
そんな彼らの反応に、ブサの尻尾が力無く椅子に垂れる。そのまま目に涙が溜まり、零れんとしたところでテオドールが口を開いた。
「うん。全く問題無いよ」
「「「「は?」」」」「ま゛?(は?)」
「店側にはきちんと言ってあるからね。必要以上に散らかしたりしなければ、この部屋の中なら自由にしていてくれて構わないとも」
「……なら、何で目を逸らしタ?」
リュシアンによるもっともな質問。
少し考え込むようにしてから徐に口を開く。
「ちょっとした冗談、かな?」
テヘペロ☆
「ブサ」
「ぎなっ!(おう!)」
「やっていいぞ。責任は俺が取る」
「ぎしゃぁっ!!(よっしゃ任せろ!!)」
「え、ちょ、君達!? ちょっとしたお茶目だって……!」
「甘んじて受けて下さいね」「流石にフォロー出来ねぇっすわぁ」「ま、自業自得って事デ」
「え? え!? ちょ、ちょっと、ここの支払いは私が……!」
「それにゃあ感謝してますが、それとこれとは話が別でしょう。今回の件ではブサの味方ですね、俺らは」
「ぐるるるるるる……(覚悟出来てんだろうなぁ、てめぇ……)」
全く可愛くも何とも無いおっさんのテヘペロに、ロラン達のこめかみに青筋が浮かぶ。
今の出来事に一番怒りを覚えているのは、当然ながらブサだ。すでに爪を出して臨戦態勢でヤル気満々である。
次の瞬間、ブサの体が宙を舞った。
「ぎにゃぉぉぉぉぉん!!(食い物の恨みを思い知れぇぇぇぇぇ!!)」
ブサ猫によるウルウルお目目、プルプル震える体、力無く垂れ下がった尻尾とヒゲ。全身を使った渾身の捨て身技です。後で吐き気を催す事に。
そしておっさんのテヘペロ。誰も得しないです。むしろ損をした人が一人。
ちなみに、パイは焼いている最中です。
焼き立てのアップルパイが食べたい……。
それにしても、奢りで食べるご飯は何故あんなに美味しいのか。普段より多く食べられる気がします。気のせいですが。普段と殆ど変わらないです。
とはいえ、会計時に突然奢りと言われると凄くびびります。ヘタレです。
最初から知っていれば心構えが出来るんですけど……基本的にはびびりなんですよーぅorz
そして次回は奢り返す。




