どうやら、昼食は奢りらしい
「さて、無駄に時間を取らせるのも申し訳ないから率直に言うけど、薬はまだ出来ていないよ?」
「…………」
「ま、そうでしょうね。出来てる方が驚きですよ」
テオドールの言葉とそれに同意するロランに、ブスッとしたまま無言で尻尾をテーブルに叩きつけるブサ。不機嫌なのは見ればすぐに分かるが、流石にテオドールにまで暴言を吐く程の度胸は無いらしい。
暴言を吐いたところで猫語は人間には理解出来ない筈なのだが。しかし、テオドールならば理解出来てしまっても不思議は無い気がしてくる。そう感じるが故に、ブサもテオドールに暴言を吐くことは無い。何故そう思うのかは分からないが、本能がそれを察知しているのだろうか?
「なんなら証拠として薬を作っている様子を見せても良いが、彼女の邪魔になってしまうかもしれないからね。それで困るのはブサ君自身だからあまり勧められないよ」
調薬師=美人というテオドールの言葉を思い出し色めき立つブサだが、邪魔をした結果困るのは自分だと言われて渋々ながらに思い直す。ブサの中に邪魔をしない、という選択肢は無いらしい。
ぐぬぬぬ、と唸りながらバッシン、バッシン! とテーブルに尻尾を打ち付ける勢いが強くなる。どれだけ悩むのか。
そして、テーブルに打ち付けられる尻尾の下に、さり気無く手を滑り込ませてウットリするのはやめろと言いたい。誰とは言わないが。
そしてそれを見てぐぬぬ、と歯軋りをしている男がいるという事も。これも誰とは言わないが。
「あー、そういやぁ俺らが奥に案内されて、店の使用人から茶を出されたのはこれが初めてだよなぁ?」
サミュエルによる随分と強引な話題転換だ。段々と歯軋りの音が大きくなっている事に危機感を覚えたようだ。
強引な話題転換だが、テオドールには大変耳が痛い内容だ。普段からロラン達には自ら茶を供して、使用人の仕事を奪っていたが故に。
「ま、まぁ私もたまにはね」「普段からそうしろよ」
ロランによるノータイム突っ込みここに。その突っ込みもっともである。そしてロランもうっかりタメ語である。
互いに目を合わせてから、気まずさに即座に目を逸らす。
「あ、あー……そうだ! 君達の用事は午後からだろう? 昼食は早めに、私と一緒にどうかな? もちろん、ブサ君も一緒に」
「ん? んー、どう、ですかね? 俺らは朝食をとった直後にここに来たので、まだそれ程「ぶにゃっ!(食うとも!)」てめえ……っ!」
「ぎ、ぎにゃにゃ……!(てめえらだけ美味いもんくわせてたまるか……!)」
「何言ってるか分からねえよ!」
猫と本気で言い合いをする強面の男。
道端であれば色々な人からヒソヒソされる事間違い無しである。ここがテオドールの店の中で幸いであった。
そして、そんなロランとブサの様子を微笑ましげに見つめるテオドール。……その反応は何か違うのでは無いだろうか? さらにそこに混じりたそうにしているアンリはやはりどうしようも無い。
ちなみにサミュエルとリュシアンの二人は全くそちらに目を向けようともせず、出された茶を大人しく飲んでいる。ついでに言うならテオドールの淹れた茶の方が美味であった。使用人……色々と報われない。
* * * * * * * * * *
「さて、落ち着いたかな?」
「お、落ち着いたというか……」「ぎ、ぎなぅ……(俺は悪く無ぇ……)」
大人気無い二人による攻防戦の終わりは、ロランがブサのヒゲを毟ろうとした瞬間に終わりを告げた。
テオドールによる『威圧』である。この男も大概大人気無い。
威圧を受けた瞬間のロランは瞬時に警戒体勢を取り、人として生きていた間には一度も『殺気』など感じた事も無いブサは、瞬時に硬直する羽目となった。もちろん毛は全身暴発している。モッファモファ。
なお、テオドールが威圧をしてまでロランを止めた理由は簡単だった。
猫のヒゲを毟るなど言語道断。
それに尽きる。
ただ、その威圧に巻き込まれたブサは不幸としか言いようが無い。
「さて、少しお腹も空いたんじゃないかな?」
「……ハァ、仕方ないですね。お前らも構わないか?」
「どうせ時間は余ってるしナ」
「美味いもん食わせてくれるってんなら、俺に異論は無ぇなぁ」
「ギルドからは早めに昼食を、とも言われていますし。丁度良いのでは?」
「うむ、満場一致のようだね! 早速、出掛けようか!」
ロラン達に反対意見が出ないとみると、イソイソと出掛ける準備を始めるテオドール。準備とは言っても使用人に外出する旨と、自身の昼食は必要ないと告げるだけなのだが。
直前の昼食キャンセルは迷惑極まりないが、今はまだ昼食を作り始める時間では無かったのでセーフである。むしろ余る食材は使用人達の賄いに回されるので大歓迎となった。テオドールは見た目通りにかなりの量を食べるため、一回の食事に使う食材も相当量になるが故に。
(めーし! めーし!)
当然ブサも大歓迎である。元々ブサはテオドールとの食事に賛成派だったので、自身の意見が通ってご満悦だ。尻尾がご機嫌に揺れている。ロランに毟られずに済んだヒゲもピーン! と張りながらもピッコピコと動いていた。
「もちろん、私から誘ったのだから食事代は私が持つよ。安心して食べると良い」
それを聞いて目を輝かせたのはサミュエルだ。朝食でもかなりの量をペロリと平らげていた筈だが、早めの昼食でも全く問題は無いらしい。しかも、それが自分達の懐を痛めないならなおさらだ。
恐らく、朝食をとってからそれほど時間が経っていないのも関係無く、極普通に、普通以上の量を食べるつもりなのだろう。
「今から行く店は、肉詰めのパイが有名でね。パイ食べたさに王都に来る客もいる位なんだよ」
「それだけ有名なら、予約が必要なのではありませんか?」
それを聞いて不安そうな顔をするサミュエルとブサ。
朝食がオートミールのようなものだけであったブサはまぁ、ともかくとして。サミュエルが期待し過ぎである。もちろん、ロラン達も期待はしているのだが。何しろ、商人であるテオドールが勧める店なのだから、当然外れはあり得ない。
「問題無いよ。私は優先枠があるし、昨日の内に予約しておいたからね」
何という先回り。昨日の時点でロラン達と昼食をとるつもりだったのは明らかだ。
「「「「優先枠??」」」」
疑問に感じたロラン達の声が揃う。
(優先枠?)
声には出さないものの、やはり疑問に感じたブサも首を傾げる。
そんなロラン達の様子にドヤ顔を晒しながら、気持ち自慢を込めてテオドールが説明する。
「私もその店の出資者の一人だからね。店からもある程度の融通は利かせて貰えるんだよ。他にも色々とあるんだけどね」
「へぇ、店に出資とかするとそんな事もあるのか」
「もちろん、見極めは大事だけど。売れない店に出資をしても意味は無いからねぇ」
そんな事を話しながら目当ての店への道を進む。
それにしても、これだけ強面の男達が集まると威圧感が半端無い。とはいえ、テオドールは王都でもそれなりに知られた人物なので、そのテオドールが連れているのだからとロラン達への視線もいつもよりは柔らかい。
もっとも中には、テオドールが店に押し込もうとした盗賊を詰め所に連れて行こうとしているのではないか、と勘違いした者もいた。それもテオドール達が和やかに話をしているのを見て、すぐに考えを改めている。
テオドールのおかげでロラン達も堂々と道を歩けている。もっとも、普段も悪い事などは一切していないのだが。
同じ強面だというのに、対応の違いに若干の理不尽さを噛み締めるロラン達。
やはり、商人としての信用度もあるのだろうか? かと言って、自分達が商人になったところで成功するとも思えないので、やはりその辺りはテオドールの努力の結果なのだろう。だが、何となく悔しい。
「さぁ、ここの店だよ! ブサ君も入れるように、個室を予約してあるからね」
(あなたが神か……!)
人間です。普通の、とは口が裂けても言えないが。
それにしても、着実に食で手懐けられつつあるブサであった。
猫のヒゲは切ったり、無理に抜いたりしないで下さい。自然にヒゲが抜けるのは大丈夫、だそうですけど。
ミートパイ。
個人的には『パイ』=『甘いもの』のイメージが強いので、甘くないパイには違和感が……。
パイ包み焼き、とか名前が変わっていれば大丈夫なんですけど。『~パイ』と言われると甘いものと。
アップルパイ=甘い
カボチャパイ=甘い
チョコパイ=甘い
カスタードパイ=甘い
マロンパイ=甘い
ミートパイ=甘くない
とっても、不満。同じ意見の人いませんかね?




