どうやら楽しい時間はお開きらしい
「しっかし、凄い食いっぷりだナ」
「まさかおまぁら、何も食わせとらんかったのけ?」
「いやぁ、そりゃむしろ俺らの方だなぁ。そいつは昼間ギルドに居た時に魚食わせてんぜぇ?」
「『私が』買って来たものを、ですね!」
「門をくぐる前にもテオドールさんが食わせてたしな」
あまりの食い付きに突如生じた疑惑。すわ虐待か、と疑いの目で見られたロランたちだが、濡れ衣も良い所である。
さり気なくアンリが『自分が買って来た』とアピールしていたが、当然ロラン達からはスルーされている。肝心のブサからも。というよりも、食事に夢中でロラン達の会話すら耳に入っていない。
それより思い出して貰いたい。アンリの買って来たもののラインナップを。猫が食すには全く適していないものばかりであった事を。
今の食いつきっぷりを見る限り、恐らくアンリの買って来たものでも食べられたかもしれないが。
アンリのアピールにより、サミュエルとリュシアンが自身のバッグに仕舞われた料理の数々を思い出し、少しずつ試しに与えてみるか、と思考の隅に置いておく。
激辛料理にはどんな反応をするのか、是非とも見てみたい。鬼畜な思考が柱の影から顔を覗かせている。そのまま手招きするのか、遠くへ追いやるかは彼らの良心次第だ。
「んだら、この食い付きっぷりは何だろなぁ? ……ところでおまぁら、良いのけ?」
「あん?」「はい?」
「おまぁの酒、飲まれてんぞ?」「「「「はぁっ!?」」」」
(久しぶりの酒美味ぇ~!!)
「ちょ、バカ! やめろ!?」
「猫が酒なんて飲んでんじゃねぇヨ!」
「何でロランのお酒を飲んでるんですか! 飲むなら私のを……!!」
「てめぇもとち狂った事言ってんじゃねぇよぉ!?」
カオス再び。
その隙にテチテチと、ロランの酒のコップを前足で抱え込んだまま酒を飲み続ける。飲むというより舐め続ける。そう言うとそれほど飲んでいないように聞こえるが、実際はかなりのペースで舌を動かし続けているので、見て分かる程にコップの酒は減っていた。
すでに挙動も怪しい。
ご機嫌な猫はゆったりと大きく尻尾を動かしたりするが、今のブサの尻尾はグルグルと回転していた。それも、料理の載ったテーブルの上で。
当然ながら、そんな状況で何事も起こらない筈も無く、皿に乗せられた料理や料理に掛けられたソースが、振り回される尻尾によってあちこちに弾き飛ばされ始めていた。
慌てて止めようとするがそれより早く、びちっ! と音を立てて飛ばされたソースがフランシスの顔に当たる。
「「「「「あ」」」」」
ロラン達だけでなく、何気無くブサの動向を見守っていた客達のセリフがハモる。先程の雄叫び辺りから見ていたらしい。
その声に気付いた他の客達もロラン達の方を振り向き、テーブルの上の惨状に気付く。
全員がそ――っと、フランシスの方を窺うと顔を俯けた状態で静かに佇んでいた。
「あ、あー……おっさン?」
「その、わりぃ。コイツの事は煮るなり焼くなりしてくれて良いからよぉ……?」
一瞬呆然としたものの、これ以上被害を広げてはなるまい! と慌ててブサの首筋を掴んでぶら下げる。
突然酒から引き離されたのが不満なのか、グネグネと体をくねらせて必死の抵抗をしている。
「ぎにゃー! ぎにゃぁー!!(酒ー! 俺の酒ー!!)」
お前の酒じゃない。
ゆっくりとフランシスの顔が上がるが、その顔は恐ろしいまでに無表情だった。
「……よし、ちょっくらソイツで何か作ってやらぁ。ほれ、寄越せや」
ソイツ『に』では無く、ソイツ『で』。ブサ、ピンチである。
「いやいやいやいや! ちょっと待とうぜ! 落ち着けおやっさん!?」
「そうですよ! 流石にそれは見過ごせませんっ!!」
「いやぁ、サミュエルも煮るも焼くも好きにしろっつーたでなぁ? 遠慮せんと、何か美味いもんでも作ってやらぁな」
ギラリと目を光らせながら、一歩前へ出る。
「ぎなぁ~!(おれのさけぇ~!)」
「お前はちったぁ黙れ!」
くい、くいっ、と催促するように手を動かすフランシスと、それを必死で止めようとするアンリ。あくまでも酒を要求する完全なる酔っ払いと、猫に本気で説教をかますロラン。ブサを引っ掴んでぶら下げながら頭を押さえるリュシアンと、それを見ながら無事だった料理を摘むサミュエル。
サミュエルだけがマイペースである。そして確実なカオス。
「すみません! ブサには私からちゃんと言っておきますので、今回は……!」
「てめぇ! 酒癖悪すぎんだろうが!! あといい年してんだから空気ぐらい読め! しらばっくれてんじゃねぇぞ! 大体、てめぇは毎回毎回……!」
カオスである。
流石の客達もドン引きであった。
主に、本気で猫に説教しているロランに。客達はブサの中身が人間だなんて思ってもいないので、『あの人、猫に本気で説教してる……』と考えていた。ロラン、無残。
「ぐにゃぁ……(うぇへへへへへ……)」
酔っ払いに本気で怒っても大体の場合は無駄である。下手をすると逆切れされる事もあるので、気を付けた方が良いだろう。
もっとも今回の場合は完全にご機嫌になっているので、暴れたり暴言を吐いたりといった事は無さそうである。まぁ、暴言を吐いたところで『ぎにゃー』としか聞こえないのだが。
ぶら下げられたまま、虚ろな目で呟いたと思ったら、そのまま眠り始めたようである。
顔を覗きこんでみれば、白目を剥いているのが分かる。半目を開けながら軽く舌を出したその姿は、ホラーとしか言いようが無い。
ロランはブサの顔を覗きこんだ事を心の底から後悔していた。思わず顔を引き攣らせて、ギョッと後ろに下がる程に。
そんなロランの反応に気付いたサミュエルがブサの顔を覗きこむ、と次の瞬間ブフッ! と酒を噴き出しそうになっていた。そのまま咳き込み始める。うっかり気管に入ったようだ。その様子に気付いてリュシアンも、次いでアンリも、と次々とブサの顔を覗きこんでは顔を背けたり、笑い出しそうになるのを必死に堪えていた。
ロラン達の様子を見ていたフランシスも、不機嫌そうな様子は変わらなかったが、ロラン達につられるようにブサの顔を覗きこむ。すると、そのまま蹲ってプルプルと震え出していた。どうやらこのおっさん、実は笑い上戸らしい。
周囲で見ていた客達も何だ、何だ? と首を伸ばす。が、良く見えない。勇気ある一人がそそそっと近付いて来て、ブサの顔を覗き込む。見事に撃沈した。そうなると全員が気になるようで、我も我もと集まりだす。むさくるしい男達による密集空間の出来上がりである。
そして次々と撃沈していった。
さらなるカオス空間が出来上がる。もはや収拾が付かない。
何より、元凶であるブサはすでに夢の中であった。
しかし、リュシアン。気を付けた方が良い。ソイツはすでによだれを垂らし始めているぞ。油断をすれば、恐らくさっきの二の舞になる事だろう。
とりあえず、その辺に投げ捨てるのをおすすめする。
「ぐっ、く……はぁ。怒ってんのがアホらしくなって来たわなぁ……。これ以上はソイツも暴れなぁだろうし、部屋に放って来ぃ。ダメになった料理は作り直したらぁな。流石に鳥は無理だがなぁ」
「げほっ……いや、そこまでしてもらう訳にはいかない。迷惑を掛けたのは俺らのツレだしな。作り直しをすると言うなら、その分の代金は支払うからな?」
「ロランの坊主が生意気言うでねぇわ。わぁの好意だ。大人しく受け取らねぇってんなら、宿泊料十倍にしたるわい」
「……あー……、すまん。恩に着る」
「着るな、んなもん。そのまま座って待っとりゃぁ。ソイツだけは部屋に捨てとけやな」
とうとう『放って来い』から『捨てて来い』にパワーアップしていた。フランシスは自分の店と、料理を無駄にされるのが大嫌いなのである。それは相手が猫であっても変わらなかった。
猫又主と酔っ払い内容が被ってますね。
猫にお酒を飲ませてはいけませんし、人間の食事を与えるのもだめです。味付けや脂肪分など、猫には体に悪いです。
ブサの場合は、猫だけど消化器官等は人間スペックのままなので、実は人間用の味付けは全く問題なしだったりします。




