どうやら、宿の食事は美味いらしい
イメージはタンドリーチキンです。
「あん? 何を怒ってんだ、こいつは?」
「どうしたんですか? ほら、お腹空いてるんでしょう?」
そう言いながらブサの目の前に皿を押しやるが見向きもしない。ひたすらにシャーシャーと威嚇音を上げるのみである。尻尾もパンパンに膨れ上がっている。
何となく理由の読めているリュシアンとサミュエルの二人は目を合わせて肩を竦めていた。そしてそのまま酒を一口、次いで鳥肉を一口……美味である。
美味い食事の優越感に浸りながらブサを眺める。特にリュシアンは、よだれ塗れにされた事をまだ許してはいなかった。しつこい男だ……と言いたいが、おっさんのよだれ塗れにされたと考えるとその気持ちは凄く良く分かる。
そんなリュシアンの視線に気付いたのか、ブサの視線がリュシアンの方に動く。すかさずドヤ顔。大人気無い事この上無い。
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!(てめぇ、この野郎ぅぅぅぅぅぅ!!)」
「ハッ……」
「大人気無ぇなぁ、おぃ……」
ここでバトルが勃発するか? と思いきや。
「……おめぇら、わぁの店で暴れようってぇんじゃ無ぇだろうよなぁ?」
ピタッ、とリュシアンとブサの動きが止まる。
そのままギギギ、と錆び付いたロボットのような動きで顔を横に向けると、そこには予想通りフランシスが腕を組みながら仁王立ちしていた。
背後に見える客達がフランシスの乱闘を期待しているのか、ワクワクした顔でこちらを見ている。人に寄っては『やれ!』と言うかの如く親指をぐっと突き出していた。余計なお世話だ。あと、こっち見んな。
リュシアンとブサが静かに顔を見合わせる。一つ頷くとブサを膝の上に乗せ、そのまま頭を撫で始めた。
「な、何言ってんだヨ。俺らこんなに仲良いんだゼ?」
「ぎ、ぎなぁ~ん(そ、そうそう……今だけはな)」
無言でじーっと見てくるフランシス。固まる一人と一匹。呆れたような目で見る三人……いや、内の一人はブサを撫でる手を羨ましそうにガン見していた。それが誰なのかは、今更言うまでも無い。
「ふん……まぁ、えぇだろう。それより、おまぁは腹は減っとらんのけ? 全然食うとらんようだが」
「ぶにゃぁ(俺はあっちが食いたい)」
声に不満を滲ませながらフランシスに訴える。
当然フランシスには猫が鳴いているようにしか聞こえないが。それでも声を聞けば不満そうなのは分かる。だが、何が不満なのかまでは流石に分からず、困ったように首を傾げていた。
「おい、ロランよ。こいつぁ何が不満なんけ? 腹ぁ減っとんじゃ無ぇんか?」
「あー……俺らの食ってるもんが食いたい、んだろうな」
ロラン、正解である。その証拠にブサの目がキラキラ輝いていた。
ブサなりに必死に猫撫で声を上げる。だが、だみ声なのは変わらない。そんなブサの鳴き声に背後の客達がドッ! と笑い声を上げていた。もはや、何でも面白いらしい。この酔っ払い共め。
「そうは言うてもなぁ……おまぁにゃぁ人間の食いもんは体にわりぃだろうがよ」
「ぎなぁ!(それでもあっちが食いたい!)」
「でもなぁ……」
「ぎなぅ! ぐにゃぁ~!!(食いたい! 食いたい~!!)」
駄々っ子か。
猫の体となって恥も外聞も捨てたか、床をごろごろと転がりながら駄々を捏ねる。ブサが転がった場所だけが綺麗になり、その分ブサの体が汚れていく。
せっかくさっき綺麗にしたばかりだというのに! とロランが顔を引き攣らせていた。
もっとも、ブサを洗った本人であるアンリは、再びブサとの入浴タイムを想像して顔を綻ばせていた。さっきは気を失っていたブサだが、今度は意識のある状態で洗われる事が確定したブサのトラウマ再びである。もっとも、今のブサは目の前の美味しそうな食事にのみ気を取られて、そんな事などかけらも考えていないのだった。
「はぁ~……おい、ロランよ。どうすんのけ? 何なら味付けしないで作ったろうか?」
「ぎなっ!(冗談じゃねぇl!)」
「……不満みてぇだな。つーかおまぁ、わぁの言う事理解しとんのけ?」
瞬間ギクリと体を強張らせるロラン達。素早く周囲を窺うが、どいつもこいつも酒に酔っ払ってて、今の会話を聞いていた者はいないようだ。
そんなロラン達の反応に、訳有りかと顔を歪めるフランシス。
ちょいちょい、と指先で呼ばれて大人しくロランに近付く。
その間もぎにゃぎにゃ、じたばたとやかましく喚き続けるブサ。正直、今のうるささはどこぞの転生者と変わりは無い。
流石の空気の読まなさに、これからする話は他人に聞かれたく無いロランはギューッ! とブサの腹を踏み付ける。もちろん、きちんと手加減はしているが。『ぐぇぇぇぇ……!』と呻き声を上げながらとりあえず大人しくはなったので、その隙にフランシスに事情を話す。
元は人間だったのだ、と聞いて納得した様子を見せる。流石に異世界人云々は話さないようだ。あくまでも、動物化の呪いを受けた人間なのだという話で通すらしい。
「うぅむ、そだらぁ人間の食いもんを欲しがるんも分からんでもねぇがよぉ……。それでも体は猫なんだな? んだら、味付けはしねぇ方がえぇと思うんだがなぁ」
「まぁ、それは俺らも大丈夫かどうかは知らねえんだがな、いっそ食わせてやっても良いんじゃねえか? それで腹を壊したところで自己責任だし、いざとなりゃ回復薬飲ませてやれば良いだろう。手持ちはあるしな」
「……腹下しで回復薬使う奴ぁ見た事ないがよぉ? もったいなくねぇのけ?」
「ま、うちはサミュエルがいるからな。それにこいつは一度痛い目見た方が良いだろう」
「んだら、おまぁらの好きにせぇ。わぁは責任取れんけぇね」
「流石に言わねえよ」
話も無事に付いたので、ブサ用に取り皿を借りてそこに鳥肉やら野菜やらを盛り付ける。一応、量は少量ずつで。大丈夫そうならもう少し足してやるつもりだ。
「ほれ、ブサ。こっち食って良いぜ」
料理を盛った取り皿を片手に、テーブルの下を覗き込む。……そこにブサは居たが、ずっとロランに足で踏み続けられていたせいか、白目を剥いて気を失っていた。
慌てて起こそうとするロランだが、リュシアンに止められ怪訝そうにリュシアンを見やる。そんなロランの様子を気にも留めず、料理の盛られた皿から鳥肉を一かけら指先につまむ。
ブサ用に盛った皿から取ったので抗議の声を上げようとするが、そのまま食べるでも無くつまんだ鳥肉をブサの鼻先で揺らす。
フランシスとロラン達の見守る中、鳥肉の匂いを嗅ぎ付けたブサの鼻がヒクヒクと動く。思わず、口の中に溜まった唾を飲み込む。
ゴクリ
その瞬間、ブサの目がカッ! と見開き、一瞬で目の前の鳥肉を見つけると一気に食らい付く!
危うく、指まで齧られそうになる勢いだったが、間一髪逃れ肉だけがブサの口の中に消えた。そのまま目を閉じてモッチャモッチャと咀嚼する。
そして、再びブサの目がカッ! と見開かれる。
「ぐにゃぁぁぁぁぁん!!(美味ぇぇぇぇぇぇぇ!!)」
「うるせぇっ!」
「ぎにゃっ!」
がすっ、と蹴られて転がった。が、それに文句を言うでも無くロランの手にある皿に視線を固定する。
頭を低くして、尻尾を高く、狙いを定めて……一気にジャンプ!!
「ぎなぁぁぁぁぁん!!(俺の飯ぃぃぃぃぃぃ!!)」
確かにそれは、ブサ用として取り分けたものだが、一体それをいつ把握したのか。気を失いながらも、ロラン達の会話を聞いていたのだろうか?
勢い良く飛び付かれたロランだが、上手くブサの体を受け止めると再び床に転がす。と同時に、手に持った皿を床に置いた。急いで立ち上がって皿に向かって突撃する。
ガシッ! と皿を両前足で抱え込むと、ごにゃごにゃ言いながら貪り始めた。
あまりの勢いに全員が苦笑を漏らす。
そんな事は一切気にせず、ブサはひたすらに自分に取り分けられた食事を貪っていた。
「ぎなぁぁぁぁぁぁぁぁん!!(飯、美味ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)」
万感篭った雄叫びである。ブサがギルドで食べた刺身も、調味料は別だったので。
書きながら、カレーと併せてタンドリーチキンが食べたくなりました。うぅぅ……家の近くに美味しいカレー屋さん無いんですよね……。




