どうやら、宿に着いたらしい
新キャラ登場。
「ぎなぅ……(何でおれがこんな目に……)」
「自業自得だ、クソ猫!!」
ぼやくブサと、怒り心頭のリュシアンである。中毒者的なアンリも、ブサのよだれを羨ましがる程の高度な訓練を受けている訳ではないので、リュシアンを気の毒そうな目で見ている。
ちなみに、今のブサは簀巻きにされてリュシアンのバッグから吊るされていた。なお、布の提供元はギルドである。流石によだれ塗れのブサを自分の服で簀巻きにしようと考える猛者はいなかったので。もちろん布は購入したものなので、どう扱おうとロラン達の自由である。
「皆さん、お疲れ様でした! ……あの、ブサさんのこの状況は一体……?」「ブサちゃんに何か問題でも……?」
ギルドの奥からホールに戻って来たところで、エステルとレアの二人から声を掛けられた。もっとも、二人とも関心はブサに向かっているようだが。
ついでに言っておくと、二人に声を掛けられた瞬間ホール内に屯する男達から嫉妬の視線が投げ掛けられたが、その多くはロラン達の人相を確認した所で一瞬にして散っていった。あの人達、顔、凄く、怖い。
視線を逸らさなかった者達は根性がある者として、職員達からひっそりチェックが入る。さり気なく彼らの査定はアップしていた。
「ぎな~ん! ぎなぁ~ん!(エステルちゃぁん! レアちゃぁん! 助けてくれよぉ~!)
「えっと、ロランさん?」「あ、あの……その……」
憐れみを乞うかのような声で鳴き続けるブサに同情したのか、エステルとレアが若干非難がましい目でロラン達を見つめる。気のせいか、他の受付嬢達の視線も冷たかった。それに釣られて、彼女達に懸想する男達の視線も尖る。相変わらず、一部の男の視線には嫉妬の意味も混じっていたが。
そんな視線を撥ね退けるかの如く、サラッと真実を告げる。
「人の膝の上で寝こけた挙句、膝から床からよだれでベトベトにしやがった罰ダ。ちなみに本体もよだれ塗れなんだが、素手で触りたいカ?」
「「それはちょっと……」」
事情を知らずロラン達に非難の目を向けていたエステル達だが、事情を知って納得した様子を見せていた。なおかつ、両手を前に押し出して『いいえ、結構です』と仕草でも表している。
それと同時に男達の視線も同情に変わった。相変わらず、一部の男の視線n。
「とりあえず今日のところは宿に戻らせてもらうが、また明日呼び出されているんでな。午後辺りにはまた来る」
「あ、はい、畏まりました。後でギルドマスターにも確認しておきますね」
「おう、悪いな。頼むわ」
「「本日はギルドをご利用頂きありがとうございました。お気を付けてお帰り下さい」」
二人の誤解も解けたところで、サラッと明日の予定を告げる。周囲の男達の誤解が解けたかどうかは、わりとどうでも良い。
ロラン達がエステル達だけを気に掛けるのは、別に下種な下心からでは無い。まぁ、下心と言えば下心なのだが、それはギルドの職員とは関係を悪くしておきたくないというもので、ギルド員ならば当然の考えでもあった。現に男の職員との関係も良好である。びびられる事もあるが。
中には特に深い仲になって優遇して貰おうと考える者もいるようだが、大概はバレバレで逆に嫌われるのがオチであった。例えば、ヒャッハーした挙句に捕まったどこぞの憑依型転生者のように。
「みぎゃおぉぉぉぉぉぉん!!(美人ちゃんカムバァァァァァァァック!!)」
簀巻き状態から開放される事無く、容赦無くギルドの外へと連れ出されるブサの悲痛な悲鳴がホール内に響き渡る。
そんなブサの様子を、昼間のブサを見ていた者達が指を指しながら笑っていた。全く、いつまでギルドで屯っているつもりなのか。そんな彼らに向けられている受付嬢達の冷たい視線には、全く気付いていない男達だった。他者を笑う者は、己の行動を今一度省みるべきである。
ブサのそんな悲鳴など一切意に介さず、ロラン達は鼻で笑ってギルドを後にする。アンリだけはチラチラとブサを気にしていたが、人前での接触&接近禁止令のせいで何も出来ない。せめてもの、とばかりにブサの真後ろを歩いて頭を振りながら鳴き喚くブサの姿をガン見していた。異様な光景である。
「みぎゃぁぁぁぁぁぁ「うるせえっ!」げふっ!」
とうとう限界を超えたらしいロランによって物理的に黙らされる事になった。ついに頭部にでっかいコブを作る羽目となり、グッタリと静かに揺られるままとなる。
そんな一人と一匹のやり取りを見ていた子供達が、心底面白そうに爆笑しながら走り去って行った。普段子供からは怯えられるばかりのロラン達には珍しい光景である。
* * * * * * * * * *
「くあ~ぁ! やぁっと休めるぜぇ!!」
万感の篭ったサミュエルの叫びである。大きく伸びをしながら宿を前にして叫ぶ男に、リュシアンが背後から蹴りを入れて黙らせた。宿の前で大声を出すな、みっともない。
たたらを踏んだサミュエルがジロリとリュシアンを睨むも、逆に睨み返され渋々と大人しくなった。自分でも宿の迷惑というのは自覚していたらしい。
それにしても、かなりの勢いで蹴られたというのに転ばない辺りは流石の身体能力である。
「とりあえず、荷物を置いて飯にするか。俺はいい加減腹が減った」
「全くですね。今日は濃すぎる一日でした。流石に、私も夕食を取ったら早く休みたいです……」
「飯にする前にコイツどうすル? 放っておくカ?」
「……流石にそりゃぁ、どうかと思うぜぇ? つか、そろそろ許してやれよぉ……」
「なら、てめぇがよだれ塗れになってみるカ?」「そりゃ勘弁だなぁ」
「まぁ、何はともあれ、部屋に入ってからにしようぜ。何時までも此処でぐだぐだやるのは迷惑すぎる」
そりゃそうだ、という事でゾロゾロと宿の中へ入っていく強面四人+グッタリした猫一匹。
宿の外見はごく普通のありふれたものだけに、押し込みに入っていくように見えなくも無い。
そこが宿だという事を知っている近所の住人は平然としていたが――住人の中にはロラン達を以前にも見た事がある者もいたので――それとは知らない、たまたま通りかかっただけの者は衛兵に知らせるべきかとソワソワしていた。それに気付いた住人が教える事によって事無きを得ていたが、万が一そのまま通報でもされていたら流石のロラン達もぶち切れて、衛兵を相手に乱闘かましていた可能性もあった。
こうして日常に潜む危険は、ギリギリのところで回避されていた。普通の人間であれば、そんな危険はそうそう起こらないというのは別の話。
「ちーっす、おっさん。今回も世話になるぜぇ?」
「こら、サミュエル。せめて最初くらいはキチンとして下さい」
「ぶはっ! アンリ、母ちゃんみたいになってんゾ」「リュシアン!」
「あー、いつも通りやかましくてすまん。さっき言った通り、猫が一匹いるんだが構わないか? こいつなんだが」
宿の受付でキャイキャイとはしゃぐ強面な面々。
それにしても、アンリのセリフが母ちゃんそのものである。リュシアンの突っ込みに対して、即叱る辺りも特に。
そんなはしゃいでいる三人を横目に、ロランが『月猫亭』の宿主である男に声を掛ける。
「……こいつ、たぁ言うが生きてんのけぇ? ピクリとも動かねぇようだが」
「ん、あー……ちっと、あまりにも騒いでたんでな。つい、こう、ガッ! と」
「おめぇら、揃って力強ぇんだからよぉ、ちったぁ手加減したれや。ま、屋号にも『猫』って入れてる位だかんなぁ、別にかまわねぇよ。それより、先に飯にするんならそいつぁ部屋においとくけんどよぉ?」
「いや、先にコイツを洗っておきたい。寝こけてよだれ塗れなんだ」
訛り交じりでロランと会話を交わすこの男こそ、『月猫亭』の主、フランシスである。名前と口調のギャップが凄いが、外見はごく普通の中年親父だ。会話の内容も普通に常識的である。
よだれ塗れと聞いて苦笑を返すが、「なら、先に風呂に入れたれやぁ」と言いながら湯を用意しに行く辺り、気の利く男だ。もっとも、そうでなければ宿屋の主など務まらないだろうが。
ロラン達が今まで会って来た者達の中では、もっともごく普通の安心出来そうな雰囲気を持った男である。
ささっと用意された湯の入った桶と布を渡され、アンリが受け取る。その分の金を支払おうとしたが拒否された。どうやらサービスらしい。気の良い男だ。
「おーい、おやっさん! 食堂で酔っ払いが暴れ出してんぞ!」
「んだどぉ!? おめぇ、はよ言えやぁ! そんボケぶちのめしたらぁ!! ついでに迷惑料がっぽりせしめたるわい!」
ごく普通の……普通の……普通とは一体何だったのか。此処にも普通なんて存在しなかった。とても残念な事に。
宿主。普通なんて存在しなかった。
~フランシス~
宿屋『月猫亭』の主。中肉中背のおっさん。朴訥とした雰囲気で、訛りのある話し方をする。
宿屋の主だけあって色々と気が利くし、常連や気に入った客には気前も良いが、宿や併設してある食堂で暴れるバカが出現すると修羅と化す。そんなバカはフランシスによってボコボコにされた挙句、迷惑料を徴収され月猫亭を出入り禁止となる。衛兵に訴え出ても、自分が先に暴れたのは事実なので、当然自業自得と返される。暴れなければ良いのです。
ついでに、宿屋ネットワークでその話はあっという間に広がり、他の宿に泊まろうとしても拒否される羽目になるとか。何気に凄いおっさん。もちろん腕っ節もかなりのもの。
ちなみに、某アンリとフランシスが戦うと圧倒的勝利を収める。もちろんフランシスが。
明日は猫又公開日のため、こちらの話はお休みとなります。
猫又もよろしくお願い致します。




