どうやら、やっと解散らしい
「そちらの猫の方も異世界人、異世界猫? ですか? あ、いえ、その方は呪いに掛かる前は人間だったのですよね。……すみません、私も少々混乱しているようです」
突然のアンリの言葉に、ヴィルジールも困惑しているようだ。
ご丁寧にアンリが言っていたように、『人』と『猫』と言い換えては目をぐるぐるさせている。
混乱を紛らわせようとしてか、軽く息を吐いて目頭を揉んでいた。ただでさえ面倒毎の後始末の最中で頭が痛いというのに、さらなる厄介事の追加である。本当にお疲れ様です。
「こちらこそ混乱させてしまい、大変申し訳ありません。ですが、彼の話を聞く限りでは「ぅん? 話の腰を折るようですみませんが、猫の方とは会話が可能なので……?」あぁ、正確には文字表を使った会話ですね。ブサは人の言葉は話せませんが、文字は理解しておりますので。多少時間は掛かりますが」
「なるほど、それで。納得しました。途中で口を挟んでしまい申し訳ありません。続きをお願い致します」
悩める美中年を前に、申し訳無さそうにしながらも話を続ける。
途中で質問等を挟みながらも、ブサとの出会いから今に至るまでの言動を併せて説明する。途中途中でロラン達やセヴランも、自分達が見てきた感想や、時折暴走しかけるアンリに突っ込みを入れつつ、主にテオドールとアンリによる喜劇的な内容の珍道中を話し終える。もちろん、ギルド訓練所でのお説教も。
「ふ、く……くっ……! げほっ……はぁ……。な、なるほど、なかなかに短い期間ながらも波乱万丈な日を過ごされていたようですね……っ」
笑いを耐える姿も美しい。若干隠しきれていないし、むせている。
軽く俯きながら口元を手で隠しつつ、目じりに涙を浮かべて必死に笑いを堪えようとするその姿は、某会員ならば、かぶりつきでガン見しそうな光景である。一部の者達にとってはお金を払ってでも見たい光景だろう。
正面から微笑みかけて貰ったとある会員は、惚けた笑みを浮かべたまま三日分の書類仕事を一睡もせずに仕上げたとか。もっとも、仕事を終えた直後に横倒しに倒れて不気味な笑いを零しながら、白目を剥いて寝ていたらしいが。実際に、こうした熱狂的な会員もいるのだから。ちなみにうら若き女性である。
そんなヴィルジールの姿に、うっかりロラン達も軽く見惚れていた。直後、ハッと我に返っていたが。
ロラン達はノーマルである。決して別の世界の扉を開いたりはしていない。多分。頭を振って正気に戻る。軽く自己嫌悪していたのは内緒である。
「え、えぇ、まぁ……。そういった経緯がありまして、今に至ります。私達が見てきた限りでは、特に危険な思想を持っているとも思えませんし、特殊な能力があるという訳でもないようです。今のところは、ですが。本猫……人の希望により、呪いの解呪を求めて現在行動中というところですね。もっとも、人に戻った際に危険が無いとは限りませんので、その点は私達全員が責任を持って対処する所存です」
「……ふむ、でしたら猫の方に関してはあなた方に委ねましょう。危険であるならば、こちらで対処する事も考えましたが……そこまで仰るのでしたら。解呪についてはどのように? 教会にと仰るのでしたら、先程も言ったように口利きはしますよ?」
せっかくのヴィルジールの好意だが、実際ロラン達はすでにテオドールに解呪薬を頼んでしまっている。裏道とも言える行為なだけに、教会の枢機卿に話すのは気が引けるが、話さずにいて後日それが伝わるのもまずいだろうと目線で会話する。以心伝心すぎる。
「……実は、知人の商人に解呪薬の手配をお願いしておりまして。恐らくは既に製作に入っているものと」
「優秀なツテをお持ちなのですね。……ひょっとすると、先程の話の中に居たテオドール殿ですか?」
「……はい。ですが、薬に関してはこちらが無理を言ったところもありますので、責任は私達にお願い致します」
「ぅん? あぁ、大丈夫ですよ。罰したりなどはしませんし。実際今日の会談での内容は表には出しませんからね、罰しようがありません。気になったのは、『魔道具』ではなく『薬』なのですね?」
「まぁ、その点に付きましては……手に入れられるかどうか、という点で妥協したところです。正直、金銭的な意味もありまして」
最後のヴィルジールの疑問に関しては、少しばかり気まずそうに答える。
それなりの腕を持っているとは自負しているものの、やはり不可能なものは不可能な訳で。とはいえ、それを他人に言うのはやはり悔しいものがあるのだ。どこぞの誰かのように、自らの腕前をひけらかしたりはしないが。
後は正直に金が足りぬと答える。これは隠しても仕方が無い、というか。そもそも解呪の魔道具自体が高額であるが故に、金が足りないと言ったところで恥ずかしがるようなものでは無い。見得を張らねばならないような立場でも無いので。
「うーん、動物化の呪いの解呪はかなり複雑ですからねぇ……。魔道具も相応の値段はしますか。……ふむ、まずは解呪薬を試してみて、それでもだめなら魔道具を試してみるのも良いでしょうね。その際には私の使える権限の範囲内でお安くしますよ」
「お心遣い感謝します。まずは解呪薬を試してみて、ですね」
「ですねぇ。無事に人間に戻れるよう祈ります」
そこまで話して一旦会話が途切れる。束の間の沈黙。何となく、気まずい。
「あ、あー、とりあえずは、今日はこの辺で良いのではないか? ワシもこの後、猊下と話をせにゃならんしな。猊下には申し訳ありませんが、今日はもうしばらくお付き合い願います。……お前達はそろそろ宿に向かうと良い。今回の件が片付くまでは何かと頼む事もあるかもしれんからな、今日はゆっくり休め。色々とすまなかったな」
「いえ、今回の件は私達も無関係では無いので。あなた方には期待していますよ。お疲れ様でした」
そろそろ宿に戻りたいところだが、こちらから会話を切り出すのは気が引ける。セヴラン達はこの後も話し合いがあるらしいからなおさらだ。
だが、この場ではセヴランから声を掛けてくれた事で助かった。ヴィルジールもロラン達にニッコリと微笑む。……今回は魅了されずに済んだ。美中年の笑顔、侮り難し。
何はともあれ、今日はこれでお役御免らしい。
やっと休める&飯が食えると思った途端に気が抜ける。思わずだらけそうになるのをグッと堪えて、最後にヴィルジールとセヴランに頭を下げる。
「それでは、私共は本日は下がらせて頂きます。明日は何時頃伺えばよろしいでしょうか?」
「うぅむ……午前中は何だかんだで潰れそうだからな……。午後の一時前には来てくれ。あぁ、昼食は早めに、多めに食っておくようにな。明日も何時まで掛かるか分からんのでなぁ……」
セヴランはそう言いながらも、最後のセリフの時にはがっくりと肩を落としている。ヴィルジールも苦笑いだ。
ヴィルジールはどうか分からないが、セヴランは恐らく今夜は徹夜となるのだろう。今から憔悴している。お偉いさんも、色々と大変なのである。まともなお偉いさんの場合は。
「承知致しました。それでは明日の午後一時前にはこちらに伺いますので、よろしくお願いいたします」
アンリの言葉に合わせてスッとその場で頭を下げると、リュシアンは未だ気絶したままのブサを片手で持ち上げる。
ぬと――――――っ……
「あン?」
「ん? どうした?」
「いや、なんか、ぬと――っテ……。って、おイ……ッ!!」
「「「「「あ」」」」」」
ようやく気付かれた悲劇。
リュシアンの膝はよだれに塗れてヌットヌトになっていた。持ち上げた状態から、さらに滴るよだれがツーッと糸を引き、ポツッと床に垂れる。どれだけよだれを生産し続けているのか。
セヴランはよだれの垂れた床を見て口元を引き攣らせていた。その床を掃除するのは誰だと思っているのか。とりあえず、自分以外の誰かに押し付ける気満々のセヴランである。
美中年ヴィルジールは、というと。やはりほんわか笑顔ではいるものの、若干顔が引き攣っているようにも見える。彼が自分の膝の上にいなくて良かった、とひっそり考えていたりする。
つ――――――っ、ぽたっ
「こ、こんの……ブサ猫ォォォォオ!!」
リュシアン、怒りの咆哮である。合掌。
やっと解散のお時間です。一日が長すぎる。
ちなみに、セヴランはこの後もギルドマスターとしてのお仕事&枢機卿とのお話し&その他諸々が待っています。今夜もきっと、眠れない。仕事的な意味で。
疲れた場合でも大丈夫! 回復薬をぐびっと飲めば回復しますよ。味は気ニシテハイケナイ。




