どうやら、報酬の話に入るらしい
まだブサは気絶中。
そう簡単には目覚めません。綺麗に落ちましたので。
「はい、構いませんよ。ですが、あなた方もお疲れでしょうから、今日はこの話で最後にしましょうか」
「……っ! ……仰るとおりですね。猊下もお疲れでしょうに、配慮が足らず申し訳ありません。お言葉に甘えて、報酬の話を最後に本日は終わらせて頂きたいと思います」
「いえいえ、私は壁の向こうでお茶をしながらうちの『元』治癒師見習いが騒いでいるのを見ていただけですから。それにしても、随分と違うものですね。教会内で私が見かけた時は、真面目そうに見えたんですが。もっとも、私や上の者がいない時は態度が全く違うとも報告を受けていたので、それが演技である事は知っていたんですけどね」
「……私達が門前で会った時は、騒動を治めようとする衛兵に食って掛かってるのを見たのが最初ですね。その次はギルドで。やはり、同じように職員の方に食って掛かっていましたが、先程のような振る舞いはありませんでした」
「自分を繕うのがお得意なんでしょうね。どうせなら万人の前で繕えば良いものを、人を選ぶせいで周囲の人間からボロが出る事になります……っと、すみません。話を終わらせる筈がつい……」
にっこり笑顔が黒く見える。額には青筋すら浮かんでいるような気がした。慌てて見直してみるが、もちろん青筋などは浮かんでいない。表情もニコニコと柔らかな笑顔のままだ。その笑顔には黒いものはカケラも窺えない。
今自分が見たものは何だったのか? ひょっとして、見間違いか?
そう思い他の三人の様子をこっそり伺うロランだが、やはり全員が自分が見たものは気のせいだったのかと目を瞬いたり、目を擦ったりしているところであった。
チラッとセヴランの方も窺って見るが、笑顔を引き攣らせたまま固まっている。顔が怖い。セヴランもロランには言われたく無いだろうが。
……どうやら、自分達が見たものは間違いでは無いらしい。
それの意味するところは?
この枢機卿、実は物凄い腹黒……おっと、誰か来たようだ。背後に気配を感じたロランが扉の方を振り返るが、当然ながら誰も入っては来ない。……気のせいか。
正面を向き直るとヴィルジールの笑顔が視界に入った。なんとなく目を逸らす。
ロランに他意は無い。多分。
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「ん、んん゛っ。……それで? お前達の要求とは何なんだ?」
室内に漂う雰囲気を察したか、セヴランがワザとらしい咳払いをしながらロラン達を促す。
早くこの部屋から逃げたい、平たく言うとヴィルジールから逃げたい訳では無いだろう。多分、きっと。目がチラチラと扉に向かっているのは気のせいだ。
せめて最後までギルドマスターとしての威厳を保って欲しい。
どうやらこの男、言葉遣いが丁寧で、かつ笑顔で脅してくる相手には弱いらしい。きっと家では奥さんの尻に敷かれまくっている事だろう。
「え? あ、えぇ、はい。そうですね……」
まだ調子が戻らないのか微妙に目が泳いでいるが、気を取り直して視線をヴィルジールに固定させる。ほんの少しだけ視線がずれているのは気付かなかった事にして欲しい。本能的な反応なのだから。
「私達が今回の報酬として教会に望むのは、情報の隠蔽です」
正確には、ロラン達が教会に望む事は『ブサ』に関する情報の隠蔽だった。ただの呪いを掛けられた男、というだけでは無く、異世界人でもあるのだから。
アンリは少し口を閉ざすとヴィルジールとの会話を一時中断し、その場で手信号と目線でロラン達と何やらやり取りをしている。その様子をヴィルジールは興味津々に見ていた。
彼らの使う手信号は彼ら以外には通用しないように、独自の暗号のような動きの組み合わせとなっている。例に出すと『進め』『下がれ』『敵接近中』といったようなものだ。
これはギルド員の多くが護衛中や討伐中など、声を出せない状況で素早く行動に移れるように考え出されたものである。その場限りで他者と組む事が多い者は汎用の手信号を、ロラン達のように固定のパーティーで動く者達は自分達のみに通じる手信号を主に使っている。
それ故に、他者と一時的に組んだ場合でも普段通りの手信号を使ってしまい、全く意味が通じずキョトンとされた事もあるのだが。その時は魔獣の調査中だったので、うっかり魔獣に気付かれかけてヒヤヒヤする思いをする事となったのは苦い思い出である。
ロラン達の過去の失敗はともかく、今は交渉の真っ最中である。相手も相手なので、長く待たせる訳にはいかないため、相談は手早く行われた。正直、見ている者には何が何だかさっぱりだろう。
だが、それもすぐに終わり全員の意見が纏まったようである。
表情を真面目なものに切り替えると、交渉役のアンリを含むロラン達全員がヴィルジールを真正面から見つめた。真正面から見つめられたヴィルジールがコトリと首を緩く傾げる。
それにしても、ロラン達の顔を真正面から見ても動じないとは流石の胆力だ。
おちゃらけている時は若干顔の凶悪感も薄れるが、真面目な顔をしている時は本気で怖い。笑顔も怖いが。おちゃらけている時も怖い事は怖い。結局いつも怖い。いつぞやなどは余りにも顔の凶悪さにびびられるので全員で鉄仮面を被った事すらある。当然衛兵に囲まれる結果となった。
「隠蔽……ですか。それは少々穏やかではありませんね……?」
「何も、私達が犯罪を犯した訳でも、これから犯す訳でもありません」「あ、違うのですね」
小声でポソッと呟かれた。……若干疑っていたらしい。酷い。
思わず半目になりかけるのを、必死に抑えて話を続ける。ヴィルジールもうっかり呟いてしまったが故に、取り繕おうと必死だ。何もありませんでしたよ、みたいな顔で話の続きを促しているが、残念な事にロラン達は先程の呟きをしっかり聞いている。
こっそりと今の失言の分も報酬に上乗せしてやろうと画策するアンリだった。
「……えぇ、先程の猊下のお話の中にもありましたが、ブサに掛けられた呪いと、件の青年の魔力質とが似ているという件です」
「その事でしたらどうやら無関係のようですし、この場以外で口に出す積もりはありませんが?」
「その点に関しては心から感謝を。ですが、これ以降をお話しするには、猊下を疑う訳ではありませんが、話を聞いた以上は絶対に他者へ漏らさぬと確約頂けますでしょうか?」
「アンリ殿……失礼、あちらの青年と同じ名前なのですね。それは、今回の件ではさぞや不快だった事でしょうね……。アンリ殿の懸念に関しても問題無く、私の名において、決して他者には漏らさぬと誓いましょう。……本当なら誓約をした方が良いのでしょうが、制約の魔道具を身に付けているとそれだけで却って人目を惹きかねませんので……」
「お心遣いありがとうございます。ですが、流石に猊下にそこまでさせる訳には参りませんので……。それでは、先程の話の続きとなりますがブサの件です」
ようやく報酬の内容に入れるらしい。
報酬の話が出てから、やけに時間が掛かったのは気のせいか。
「その前に少しお聞きしたいのですが、あちらの青年を異世界人と仮定した理由は何でしょうか? 彼の幼馴染と言う少女と少し話しましたが、間違いなくあの青年は彼女と同じ村の生まれだそうですが……」
「はい、ですが幼少時に高熱を出した後に人格が豹変したとか。正確には異世界人というよりも、異世界人の魂が憑依したと考えています。詳しくはまた明日、お話しさせて頂く事にして続きを聞かせて頂けますか?」
「……はい、では詳細は明日お願い致します。本題なのですが……ブサも恐らくは異世界人、です。本人……本猫? がそう申しておりましたので」
微妙なところで気を遣わなくてよろしい。本人でも、本猫でも、大した違いは無い。
当人の知らぬところで情報が暴露されていきます。が、教会にある程度勘付かれている以上は敵に回すより、味方にした方が断然良いので。
特に、今回は協会側からの譲歩もあるので好都合でした。
気絶したままのブサはリュシアンにもしゃもしゃモフられてます。尻尾も肉球も触り放題。前足とかピクピクしてんのってそのせいじゃないですかね。




