どうやら、食事を貰えるらしい
カオスが進みます。
(ん……)
白目を剥いて、意識を失っていた猫は薄っすらと意識を取り戻す。布団に包まれているのか、肌に触れるのは布の感触だ。もっとも、猫である為、肌と言っても毛先となる。布の感触を感じ取れるかは甚だ疑問ではあるところだが……
(んぁー……あったけぇ……)
布団に発熱機能でも付いているのか、非常に暖かい。人であった時に男の使っていた布団にそんな機能はなく、どうしても寒い日にはペットボトルにお湯を詰めてそれを抱いて寝ていたものだ。当然ながら、朝にはすっかり冷え切っている。
少々、床は固いものの、暖かさとゴトゴトと揺れる馬車の振動がまた眠気を誘い、なかなかに快適な状況と言えた。
(ん〜……)
スリスリ
「おや、気が付いたかね」
(っ!?)
突然頭の上から聞こえてきた男の声に、微睡んでいた意識が一気に覚醒した。
(此処は何処だっ!?)
目を開けても真っ暗だ、と思ったがすぐに目は慣れた。周囲を見てみると、自分が布の中にいるらしい事が分かる。まさか、袋にでも詰められているのか!? と警戒するも、暴れ出す前に布の一部が開いていく。
其処からは、寝起きには決して見たくないような厳つい顔が覗き込む。正直ホラーである。
「やぁ、そんなに警戒しないでもらえるかな。私は怖い人間じゃないよ」
「ふしゃっ!!(嘘だっ!!)」
某蝉の鳴き声ばりの否定である。
猫に拒絶の声を上げられて、厳つい顔をした男はしょんぼりと眉をひそめながらも、布の隙間は広げて行き、其処から男の手が差し込まれる。
「よい、しょっと」
ヒョイ
重さなどまるで感じないかのように布の中から取り出された。一瞬にして変わった明るさに目を慣らそうと、数回瞬きを繰り返す。そして猫は新たな事実を知る。
自分が今まで眠っていた場所は、筋骨隆々とした修羅の如き男の胸元であった事を。
先程擦り付けていた布団と思っていたものは、テオドールと名乗るこの男の胸板だったのだ。
「ぎにゃぁぁぁぁぁ!!!(気持ち悪ぃぃぃぃぃ!!!)」
「ハッハッハッ! 元気そうで何よりだ!」
激しく違う気がするのは気のせいであろうか。
「ぉん? もしかして、あの猫目ぇ覚ましたんですかぁ?」
「ん? あぁ、ちょうどたった今目を覚ましたところだよ。何か食べ物を上げても良いかな?」
「ん、んー……まぁ、良いんじゃねぇかなぁ? そもそも、猫って何食うんでしたっけねぇ。肉かぁ?」
「人間が普段食べるものは余り良くないって、聞いた事があったかな」
「あぁ、そういや塩気が良くねぇって聞いた事ある気がすんなぁ。となりゃ、適当に獣でも狩って来るかぁ」
意外とマトモな二人であった。いきなり塩辛い干し肉を与えられる、などという事は無さそうだ。一般常識としてある程度猫の飼い方を知ってる猫としては一安心だ。
「いやいや、それには及ばないよ。ちょうど此処まで来る途中に狩った肉があるからね」
「……途中って、まさか……ワイバーンの肉をやるつもりですかぁ!?」
「……ダメかね」
「いや、ダメってこたぁねぇでしょうが……ありゃぁ売りもんでしょうやぁ」
『ワイバーン』それは猫がこの地に現れた際に上空を飛び回っていた、デカいトカゲの化け物の事だった。それを、食わせようと考えているらしい。
(ワイバーンって食えるのか……)
混乱していた当初は——傍目には全く混乱しているように見えなくても——気付かなかった猫だが、どうやら此処はファンタジーちっくな世界らしい。
さり気に、そういったものに憧れを持っていた猫は期待に胸と尻尾を膨らませていた。
ヒョコッ
「サミュエル、テオドールさん。さっき猫の断末魔っぽいのが聞こえたんだが……」
「あぁ、ロラン。単にこの子が目を覚ましただけだよ」
「なぁ、ロランよぉ。猫ってワイバーン食わしても平気だと思うかぁ?」
そして、巻き舌男の名前がやっと判明した瞬間である。サミュエルと言うらしい。……やはり顔に見合わない名前である。
さり気なく期待する猫。チラチラと視線を男達に向ける。可愛らしい仕草だが、顔は可愛くない。
「ワイバーン、ね……。多分大丈夫だとは思うが、一応アンリにも聞いておくぜ。ところで、テオドールさん。いつまでそんな体勢してるんですか?」
そう尋ねるロランの言う事は尤もだ。
今のテオドールの体勢は仰向けに寝転がった状態の体の上に、脇から手を差し込まれ持ち上げられた猫の体がぶらん、とぶら下がっているのだから。
現状を改めて認識したのか、期待に輝いていた猫の目は、また白目を剥きかけていた。それにしても良く白目になる猫である。
「あぁ、いけない。忘れていたよ」
ヒョイッ
今度もまた、重力など感じていないかのようにあっさりと身を起こす。両手は猫で塞がっている為、腹筋しか使っていないのだ。
「相変わらず凄い筋肉っすねぇ。まだまだ現役でいけたんじゃねぇですかぁ?」
「ハッハッハッ、私みたいな老いぼれが若いのの仕事を奪っちゃいけないだろう。むしろ私達は与えないとね」
とても良い事を言っているように聞こえるが、「現役でいけた」というセリフを否定する言葉は一切言っていない。
凄い自信だが、この男ならば納得出来るだろう。
「テオドールさん、アンリに聞いたけど問題無いそうですよ」
「おぉ! そうかね、では早速……」
その言葉を聞き、白目を黒目に戻しながらソワソワとその場を歩き回る猫。それを見て、凶悪面の3人がほっこりと和んでいた。
その猫、中身はおっさんですよ。
そう教えたくなる光景だ。
テオドールは手元の袋をゴソゴソと探ると、目当ての物を見つけ出したのかズルリ、と袋から腕を引き抜いた。
ドズン!
モノを取り出し、床に置いた瞬間馬車がグラリと揺れた。馬車を引く馬からも戸惑ったような嘶きが聞こえてくる。
そうして取り出された物体は猫の体積の10倍以上は軽くありそうな巨大な肉の塊だった。
「これだけあれば、きっとお腹いっぱいになるだろう。さぁ、好きなだけ食べなさい」
(いや、デケェよ)
明らかにデカい。色々規格外な御仁である。
「テオドールさん、流石にデカ過ぎじゃねぇですかねぇ」
「お、おぅ。サミュエルの言う通り、猫にゃ、ちょーっとキツイと思いますよ?」
「ん? そうかな?」
この場合は二人の言う通りだ。この場にいるのがライオンであっても、これだけの肉の塊を一度に食べ切るのは不可能だろう。
若干残念そうに答えるテオドールはどれだけ食べると思っているのか。
「じゃあ、この位なら食べられるかな?」
「それでも多い位だが……最初の塊よりはマシですかねぇ」
ヒュパッと音を立てて肉が小さく切り取られる。それでも多少大きいとは思うものの、その前の大きさと比べたら格段にマトモな大きさだった。
マトモではなかったのはただ一つ。
「……なぁ、テオドールさん。今、どうやって肉を切ったんですか?」
「ん? 普通に切っただけだよ?」
「……わり。聞き直しますわ。肉を『何で』切ったんですか?」
コトン、と首を傾げる強面のおっさん。ゴツ可愛いとはこの事か。絶対に違う。
「素手で、だが。君達も出来るだろう?」
(出来ねぇよ)
その場に居たテオドール以外が全員白目を剥き、心を一つにした瞬間であった。
白目伝染しました。
爺様は規格外です。
今後モサ主は、猫又転生の合間に公開して行きますので、2.8日を除く日の12時に公開となります。
その代わり、1話当たりの文字数は少ないです。
これ、サラッとした読み物と言えるんですかね?




