どうやら、本気でヤバイらしい
モサ主ピンチ。
「どう、とは?」
「こちらも回りくどい言い方はやめましょう。殺しますか? コレを」
アンリの言葉にブサの全身が総毛立つ。
ついさっきまでしつこい位に構いまくっていたのが嘘のように冷たい言葉。そんなアンリにロラン達は一切口を挟もうとしない。
先程から自身を『コレ』と称されているブサは限界だった。
(ふざけんじゃねぇぞ……勝手に勘違いしやがったのはてめぇの方だろうがよ! それをいきなり『殺す』だぁ? ふざけてんじゃねぇぞ!)
実際に、勝手に入れあげてアレコレしていたのはアンリの方だ。ブサ自身としては特に何もしていない。
だが、相手の好意に対して好き勝手やっていた事も事実だった。特に女性に対して。
「ふぅむ、ワシとしては珍しい例だからなぁ、猫の体に人の心を持つとは。出来るならば、然るべき研究機関に渡して色々と調べさせたいところだな。だが、お前達の意見も聞いておくべきだろう」
組織の長としては、短絡的に殺すよりも何かに使えるか調べたいようだ。
「ん〜、まぁ、俺としちゃぁどっちでも構わねぇんだがなぁ? 特に役に立ちそうにもねぇしなぁ」
「俺も同意見だナ。どっちでも良イ」
「俺としても保留ってところか。コイツが何か特別な力があるってんなら別だが、どうやらただの猫だしな」
「…………」
サミュエル、リュシアン、ロランの三名は中立というより『どちらでも良い』を選ぶ。これが本物の猫であれば全く違った結果となっていたが。だが、その場合はここまで大事にはならなかっただろう。
そして、最後の一人であるアンリは、というと再び無言だった。
「アンリ、お前はどうだ?」
セヴランに促され、アンリも口を開く。
「……本人の意見も聞いてみましょう」
小さく、だがはっきりと呟いた。それを聞いたロラン達は渋い顔だ。
『本人に聞く』
本来ならば、それはもっとも重要な参考意見となるだろう。だが、時としては本人の意思は完全に無視される事もあるが。
ただし今回の件に関しては生死に直接係わる問題だ。当事者がそれに対して冷静に対応できるかは別として。
「本人に聞く、というが。一体どうやってだね? 彼は『人』の言葉は話せないのだろう?」
「いやぁ、一度だけ『きめぇ』って言ってたけどなぁ?」
セヴランのもっともな疑問に対し、サミュエルが混ぜっ返す。それに対し、ロランが横から肘を打ち込み黙らせた。
ふざけている場合ではない。脇腹を押さえてもだえるサミュエルへ向けるリュシアンの目は冷たかった。やはりこの男、見た目よりもかなり真面目な男なのだ。
「コレ……いいえ、ブサは明らかに私達の言葉を理解しています。私は正直なところ少し浮かれてしまっていて、今まで気付きませんでしたが」
(((((少しじゃねぇよ)))))
アンリの『少し』という発言に対して全員の感想がシンクロする。セヴランもその一人だったが、恐らく訓練所でのロランとアンリの話し合いの様子を見て知っていたのだろう。
ついでに、さり気なくその中にブサも混じっていた。此処で己の進退が決まるかもしれないというのに悠長なものだ。あるいは既に何かが吹っ切れているのかもしれない。
「言葉では無理でも、筆談のようなものなら会話は可能なのではないでしょうか」
「ふぅむ……果たして猫は字が読めるのかね?」
「それは分かりませんが、試してみても良いかと思います」
アンリの言葉にふむ、と唸りながら考え始めるセヴラン。
この男ただの猫狂いかと思いきや、本来は優秀な男なのだ。……ここ最近の様子ではそれも疑わしかったが。
本来の立ち位置に戻ったというところだろう。
やっとまともな様子を見せ始めたアンリに、ロラン達は肩を撫でおろしていた。
「まずは試してみようか。ここに書いた文章は読めるかね?」
とりあえずはアンリの意見を取り入れてみるようだ。手元の紙にサラサラっと何かを書き連ねる。
そして書き上がったそれを、リュシアンの方へ押しやる。それを横から受け取ったサミュエルが、ブサにちゃんと見えるように持ち直した。
「どうなんだぁ? 本当に読めてんなら一回だけ鳴いてみろぉ。ただし、読めてねぇのに適当に返事すんじゃねぇぞぉ? これがてめぇにくれてやる最後のチャンスだからなぁ」
そう言いながら脅しをかけてくるサミュエルを横目で睨む。
果たして異世界であろう、この世界の文字が読めるのか? もしも読む事が出来なければ……と不安になりつつもセヴランの書いた紙を読む。
(……は? どういうことだ、これは?)
書いてある文字は当然、全く見覚えの無い文字だったが、嬉しい事に文字を読む事は出来る。
しかし、その後どうしたら良いのかがブサには分からない。
「……どうなんだぁ? まさか、読めないってんじゃぁねぇだろうなぁ?」
「もし読めないならここまでだナ」
紙の内容とサミュエルの指示の意図を必死に読み取ろうとする。必死なブサにさらに追い討ちを掛けるかの如く、二人が言葉を重ねる。
セヴラン、ロラン、アンリの三人はうろたえるブサの挙動をじっと見つめていた。
(おい、待てよ……。サミュエルの奴は『読めるなら一回だけ鳴け』と言っていたのに、コレはどういうことだよ! くそっ、下手すりゃこのまま……)
幾ら考えても頭の中はまとまらない。紙の内容とサミュエルの指示は噛み合わない。半ばやけくそのように叫ぶ。
「ぎにゃぅっ、ぎなぁっ!(くそっ、どうとでもなれ!)」
ブサが鳴いた途端に部屋に沈黙が満ちる。全員の視線がブサに集まっていた。
(……賭けだったが、外したのか? だが、多分コレで合っているはずだ……)
半ばやけでの選択だったが、周りの沈黙にどんどん鼓動が早くなってくる。頭の中で脈動音が響いてるかのようにうるさい。
結局ブサが選んだのは二回鳴く事だった。この判断が、果たしてどう結び付くのか。
沈黙を断ち切り、セヴランが口を開く。
「ふむ、サミュエルは『紙の内容が読めるなら一回だけ鳴くように』とは言わなかったかね? 何故二回も鳴いた?」
「ぎなぅ(あんたの指示だろう)」
「ぬぅ……やはり言葉が分からないと言うのは不便だな。アンリ、お前の魔法で何とかならないか?」
「無理を言わないで下さい。魔法はそこまで万能ではありませんよ」
セヴランがブサに話し掛けるも、当然返す言葉は通じていない。
困惑するブサを放置して勝手に盛り上がる男達。
「ゔなぁっ(無視してんじゃねぇよっ)」
ブサの抗議するかのような鳴き声に此方に視線を戻す。抗議するかのようも何も、実際抗議していたのだが。
「む、すまんな。まぁ、コレだけでは確実、とは言えないが文字を読める可能性はありそうだな。偶然と言う事も考えられるが」
セヴランの発したその言葉を聞いて、ブサは全身の力が抜けそうになった。何とか、首の皮一枚繋げる事が出来たようだ。
それにしても、何故サミュエルの指示に従わなかったにも関わらず、セヴランは文字を読めると仮定したのか。
何の事は無い。セヴランが書いた紙には『文字が読めるなら二回鳴け』と書いてあったからだ。どちらの指示を選択すべきか、今回はセヴランの支持を選択するのが正しかったようだ。
そろそろシリアス終了です。




