どうやら、ファンが増えたらしい
私はブサ猫も大好物です。
「ふぅ……っ、ご馳走様でした」
そうこうしている内に、エステルが昼食を食べ終えたらしい。
ブサが何気なく時計見上げると、宣言通り食べ始めてからまだ二分と経っていなかった。
二分で食べると宣言したのは本人だが、胃に負担が掛かるので本当はやらない方が良いだろう。
どうしても急がなければいけない時はその限りではないが。
「あの、ロランさん。まだ休憩に時間はあるので、猫さ……ブサさんの毛を梳かしても良いですか? 今よりはマシ……っじゃなくて、可愛くなるんじゃないかと……」
ポロッと本音が零れた。
うっかり聞こえてしまったエステルの本音にブサは涙目だ。前髪のおかげで誰にも気付かれる事はなかったが。
「ん? んー、そうだな。お前が良ければ頼むわ。つか、梳いたくらいで変わるかね?」
「多分、ある程度は変わるんじゃないかと」
少し考えてから、許可を出すロラン。
エステル自身で言い出しておきながら、何とも不安になる反応だ。だが悪くなる事もそうそうは無いだろう。
毛を梳かすのが、アンリあるいはテオドールならば話は全く変わってくるのだが。この場にその二人はいない以上、ブサの安全は保証されたようなものだ。
……毛を梳かすだけで身の危険を感じさせる何かが起こる可能性を考えないといかない、というのも嫌なものだけれども。
「じゃあ迷惑じゃないなら頼む」
「ふふ、頼まれました」
ロランに頼まれ、嬉しそうに返すと先程のサンドイッチを出した鞄——彼女のような女性が持つには随分とゴツい——から櫛を取り出す。
そして手招きでブサを呼び寄せると自らの膝に座らせ、洗う時と乾かす時に絡まったらしい毛をゆっくりと、少しずつ梳かし始めた。
その様子を興味深そうに見つめるロラン達三人。
ロランが先程、わざわざ乾かすのを頼んだだけあって手先は器用らしい。一度として絡まった毛を引っ張る事なく、綺麗に梳いて行く。
ブサも自らの体の下から感じる彼女の体温と、毛を梳きながら自分の体を優しく撫でる手の温もりと柔らかさに、久しぶりの幸せの絶頂にいた。猫らしく、自然と喉も鳴る。
ブサがこの世界に来てからこれまで周囲にいたのは、極悪面の筋肉とか、修羅的筋肉とか、とにかく筋肉しかいなかったのだから束の間の幸運に浸っていても誰からも文句は無いだろう。
変わって欲しい、という視線は感じるが、
(絶対に譲らん)
場を明け渡す気は皆無である。
***
「ほら、スッキリしたでしょう?」
「スッキリって言うのかコレ?」
流石は受付のプロと言うべきか。休憩時間内できっちり梳かし終えたようだ。しかも、まだ少し余裕がある。
梳かし終わってみればあちこち絡まっていた毛もほぐれ、全体的に体積が増していた。
効果音で表すなら『モハッ』であろう。
しかし、全体的に体積が増したおかげで目元を隠す前髪も、かなり凄い事になっている。
(前が見えん)
どうやら前髪が視界を完全に塞いでしまっているようだ。
前が見えないのが気になるのか、ブサは頻りに前髪を手で撫で付けたり、頭を振って振り払おうと必死の様子。
「……前、見えてなくネ?」
その通りだ。
梳かし終わった後から謎の行動を取るブサの様子に不思議そうにしていた面々も納得したのか、揃って頷いていた。
「あー……、どうすんだぁ? コレ。前見えねぇのに動けんのかぁ?」
「……前髪を切るしかないかもな」
現状出来る解決法はその位だろう。あるいは結んでしまうか。
今回は毛を切る方向で行くらしい。エステルが自分の席からハサミを持って来た。封筒を切ったりする用の普通のハサミだが、ほんの少し前髪を切るだけだ。十分だろう。
「それじゃぁ、ちょっと切りますからね。動かないで下さいね〜……」
と、ブサに声を掛けながら慎重に切る範囲の前髪を整えるエステル。
一つ頷くとハサミを構え、余計なところを切らないよう、慎重にハサミを入れる。うっかりヒゲなど切ってしまったら大惨事である。
シャキッ パラ……ッ
何の問題も無く、無事にブサの前髪は切られた。が。
「……っく」
「あぁん? ……ッハ」
「…………」
「…………ッ!」
ロラン達三人とエステルは、髪を切った後のブサの顔を見て笑いが零れそうになるのを必死に耐えていた。
それを見て、遠巻きにしていた他の面々も何だ何だ? と覗き込み、同じように笑いを堪える仕草を取る。
残念な事に受付嬢達からは見えない角度だ。それでも気にはなるのか、微妙に腰が浮いてきている。
そして一番肝心なのは、前髪を切った後のブサの変化である。
前髪を切った後でやっと分かったブサの顔だが、眉間にはきっちりとした深いシワが入り、鼻は低く潰れている。口元も不機嫌なのかそれとも元々なのか、『へ』の字を描いており、何ともふてぶてしい顔をしていた。
ついでに言うなら、目は半開きで口からはほんの少しだけ舌が覗いている。いわゆる舌チョロ。
それらが前髪をパッツンと真横に切られた下から覗いているのだ。
やはり、お世辞にも素直に可愛いとは言えない顔である。正統派可愛いではなく、ぶちゃカワ系の顔だ。
万人ウケはしないだろうが、一部の熱狂的ファン垂涎の顔だろう。
ロランが名付けた名前は意外にも……と言うまでも無く、猫にはピッタリとハマっていたのだった。
現に、ギルドに屯っていた男達の何人かは早くもブサに堕ちたようだ。受付嬢の一人も同様に。
「あ、あの……」
「「「あん?」」」「ひぃ……っ!?」
声を掛けられたので、返事を返したら酷く怯えられた。うっかり三人全員で返事を返してしまったのも悪かったのかもしれない。
物凄く釈然としないものがあるが、なるべく優し気に聞こえる(と思っている)声で再度返事を返す事にする。
目線で三人相談し合い、結果的にリーダーのロランが話を返す事になった。
「どうした? 受付の嬢ちゃん」
ロランはエステル以外の受付嬢達の名前は知らなかった。そもそも話し掛ける事も、話し掛けられる事も無いので。
その事に思い至ったのか、話し掛けてきた受付嬢の一人が自己紹介と共に話し始めた。
「突然申し訳ありません。私はこの王都ギルドにて受付を担当しております、レアと申します。あの、その……非常に不躾ながら、お願いがあるのですが……っ」
「お、おぅ?」
ロランたじたじである。何せ普段は話し掛けて来ないどころか、目を合わせられる事も無いので。
それが突然話し掛けてきて尚且つ、身を乗り出しながらじっと目を見つめられては、狼狽えるのも当然だろう。
ちなみにリュシアンとサミュエルの二人は、そんなロランを見てニヤニヤと笑っていた。恐らくは、後で酒の席でネタにされるのだろう。その後、二人がどんな目に遭うのかは知らないが。
「それじゃ、私はそろそろ仕事に戻りますね。レアさんはこれから休憩ですので、ちゃんと相手をしてあげて下さいね? さっきみたいに怖がらせちゃダメですよ!」
「ズバッと言うナ。エステル」
「お父さんで慣れてますから」
エステルが男達を全く恐れないのは、そんな理由があったらしい。この男達に匹敵するような強面なのだろうか?
それが判明するのはもう少し後の事。
最後にモギュッとブサを抱き締めてから、エステルは自分の席へと戻って行った。ぶっちゃけ目の前だが。
ちなみに、抱き締められた瞬間のブサの顔は、正直正視に耐えないものであったと明記しておこう。
「あー、んで。何の用だ? レアさん……だったよな?」
「はい、レアで合ってます。あの、お願いというのは他でもなく……その、良ければブサちゃんを触らせて貰っても良いでしょうか?」
ぶちゃ猫は可愛いです。




