どうやら、名前が付いたらしい
やっとモサ主に名前が付きます。
「ゴンちゃん、はどうでしょうか」
少し考えてから出てきた名前は意外にも極めて普通な、マトモなものだった。受付嬢達が青ざめていたのは何だったのだろうか?
当の本人達は、というとこれまた不可解そうに首を捻っている。普通の名前だったのが、そんなにおかしいのだろうか。
「へぇ、ゴンねぇ。まぁ、良い名前なんじゃねぇのかぁ?」
参考程度と思っていたのに、普通に猫に合いそうなものが出て来たのでサミュエルも感心していた。ロランとリュシアンもまた、満足気である。
唯一不満そうなのはやはりこの男だけであった。今でも「私の方がもっと良い名前を……」などとブツブツと呟いている。しっかり耳に入っているであろうロランはきっちりスルーしていた。
「わ、本当ですか? ただ、ゴンちゃんっていうのはあだ名みたいなもので、本名はもっとちゃんとしているんですけど」
ロラン達の態度に安心したのか、エステルがそんな事を述べる。『ゴンちゃん』はあだ名らしい。
「ン? なら本名ハ?」
当然こうなる訳だ。
それに対してエステルが嬉しそうにこう返す。
「モンドリアント・ゲルシュバイン・ダゴンです。この猫さん、どっしりした雰囲気なので王様みたいな感じの名前が良いと思ったんですよ!」
ちょっと待とうか、特に最後の部分。どちらの『ダゴン』から来ているのかが気になるところだ。もっとも、彼女にはそんな意思は一切なかったのだろうが。
本格的では無くともチラッと位は耳にした事のある名前に、猫は顔を青ざめさせ、白目を剥きかけていた。
五人の受付嬢達もまた、言うまでもなく半分白目になっている。受付嬢達が先程青ざめていたのにはやはり理由があったらしい。
それにしても、せっかくの美人が台無しである。
「「「「「「「…………」」」」」」」
男達だけでなく、ギルドにいた全員が揃って沈黙する。エステルを慕っていた男達の一部も遠い目をしていた。どうやら名付けセンスについては、知りたくない事実だったのだろう。
(最初は『ゴン』でも良いか、と思ったけど……流石にコレはちょっと、なぁ……)
スッとエステルから目を逸らす猫。
ロランはそんな猫の様子を見て、納得したような雰囲気になっている。
アンリと他二人は互いに顔を見合わせては顔を背けたり、俯いたりしていた。
ギルドに漂う微妙な雰囲気にエステルは不安そうに尋ねる。
「えっと、変だったでしょうか?」
色々オカシイと思います、とは流石に言う訳にはいかない。彼女に悪意は一切無く、普通に頑張って考えた結果なのだから。
結果的にネーミングセンス()が発動してしまっただけで。
「ん、まぁ、参考程度って言ったのは俺だからな。まずはありがとうな、エステル」
意外と気遣いを忘れないロラン。そのロランの発言にエステルが嬉しそうに笑顔を零す。
それを見て再び嫉妬の炎を上げ始める男達。……無謀だから止めておけ、と言いたい。
一筋縄では行かなそうな男達を纏めているのはこの男なのだ。それが普通の人間である筈も無いだろうに。
「けどなぁ、流石に王様みたいな名前ってのは、ちっとどうかと思うんだよな。本物に仕える奴とかにうっかり知られたら面倒な事になりかねんしな。それに、一応コイツは一時的に預かってるだけのようなもんだしな」
前半部分でションボリした雰囲気を漂わせ始めたエステルだが、後半を聞いてハッとする。アンリもまた同様に。
「あ、そうでしたね。……そう言えば、この子の飼い主さんからの依頼が出てないか、まだ見ていませんでしたっ!?」
ワチャワチャと手を動かすエステル。そのせいで猫の首があっちこっちと捻られている事には気付かない。もっとも猫はそれでも幸せそうだが。
グニグニと捻られ続ける猫を見てリュシアンが言う。時折、ゴキッと音が聞こえるのが気になったようだ。
「そろそろソイツも乾いてんじゃねえノ?」
「あ、そうでした。もう乾いた頃ですね。ほら! 汚れが落ちたらこんなに可愛く……」
ない。
ボサボサした前髪は相変わらず目元を隠しているままだし、タオルで拭かれた体はあちこちに毛を跳ねさせていた。しかも、首を捻られ続けていたせいか、左右にユラユラと揺れている。
お世辞にも可愛いとは言い難い猫の姿だった。
思わずエステルも言葉に詰まった。
「……うん。こいつの名前は『ブサ』だな」
猫の名前が決まった瞬間である。
「え、と。流石にそれもちょっとどうかと思うのですけど……」
「でも覚えやすくて良いんじゃねぇかぁ? コイツにもピッタリだしよぉ」
「私は認めませ「一時的に預かってるだけだしナ。ちゃんとした名前つけんのも変だロ」……」
苦言を呈するエステルとさり気なく反対しようとするアンリ、を言葉を被らせる事で黙らせるリュシアン。カオスな状況が続く。
「ん? エステル。後15分位で休憩終わっちまうぞ? 頼み事したのは俺だからそんな事言うのはどうかと思うんだけどよ……」
「あ、はい。大丈夫です。お昼はサンドイッチですから二分もあれば十分です」
いくらサンドイッチでも二分では無理ではないだろうか。早食いもギルドの受付嬢には必須の特技なのだ。
「見られるのはちょっと恥ずかしいので失礼しますね」
そういうと、ブサをその場に残し足早に受付に戻って行く。そのまま足元をガサゴソと探ると、後ろ向きにしゃがみ込んだ。
何となく気になったロランが様子を覗き込もうとするも、他の受付嬢達の視線に撃墜されたようだ。大人しく元の位置に戻る。
咀嚼音が聞こえる事から、お昼のサンドイッチを食べているらしい。
ぐきゅるるる……
つられてブサの腹が鳴る。猫の耳にはサンドイッチを食べる音がはっきりと聞こえているし、匂いもしっかり届いているのだ。
「おい、アンリ。何かコイツが食えそうなもん買って来い」
部活の後輩に「焼きそばパン買って来い」と言う先輩の如く命令する。この場合、例に挙げると何故殆どの場合において焼きそばパンが出るのか。アンパンだって良いじゃない。甘いものは正義だ。
ちなみに私はクリームパンが好きです。
……話がズレたので戻そう。
「な、何で私が「さっき言った事忘れたか?」……買いに行って来ます」
反論しようとしたアンリを遮るロラン。やはりこの男全く反省していないのではないだろうか。もう一度しめておくべきだろうか?
ロランに諭され大人しくギルドの入り口へ向かうも、視線はチラチラとブサを伺う。そして肝心のブサはと言うと、しっかり視線には気付いているが当然無視している。わざわざアンリの事を気にしてやる義理もない。
かつてはあったかもしれないが、これまでのアンリの行動でチャラ……どころか完全にマイナスだ。
「さっさと行って来い」
再度促されて仕方なく、アンリはブサに与える食事を買う為に外へと出て行った。
フゥゥゥ……ッ
アンリが出て行った途端に大きな溜め息を吐くブサ。本気でストレスが溜まっていそうだ。つまりはアンリがそれだけだった、という証明でもあるのだが。
そんなブサの様子に肩を竦めつつ、話し掛けるリュシアン。
「大丈夫カ? ブサ」
「ぶなっ(一応な)」
「んぉ? すげぇなぁ、やっぱりマジで返事返してるみたいに聞こえるぜぇ」
声を掛けたサミュエルに対し、返事を返すブサ。アンリに対してよりも余程好意的だ。
しかし、「返事を返してるみたい」も何もブサは本当に返事を返している。見た目は猫でも中身は人間なのだから当然だ。
もっとも、そんな事とは知るはずもない居合わせた男達や受付嬢達はブサの意外な賢さに興味津々の様子だ。普段はロラン達を相手にもしない受付嬢達が気にするのだから、珍しい光景だろう。
命名『ブサ』
飼われてる猫の可能性もある、と言うことで通称的な感じですね。
ちなみにエステルのネーミングセンスの無さは受付嬢の中では有名。可愛らしいウサギのぬいぐるみに『ロドリゲス』とか、『ゴンザレス』とか付けるのは可愛いレベル。
モサ主が付けられそうになった名前は適当です。




