どうやら、うっかり尊厳が揺るぎかけたらしい
「……んで、これからどうするかな」
「迷宮はもう行きたくねぇ」
「右に同じク」
「もっと深く潜れば、何か別の物が見つかる可能性もありますが」
「「「却下(ぁ)」」」
二度目の迷宮探索は行きたくない。ホラー展開はもうこりごりだ。
教会からの依頼完了証明書を貰うまでは何もやる事が無くなってしまった。
「適当に、周辺の討伐依頼でも受けておくか?」
「それが無難だろうなぁ」
「あまり此処には長く滞在したく無いナ」
「雰囲気が悪いですからね……」
町の雰囲気がという訳では無く、美に執着する女性達の。
それを知らなかった最初だけは女性ギルド員が多い事に目の保養を感じていたロラン達も、今ではそんな事など考えられなくなっていた。アレを見たらとてもじゃないけど、目の保養などとは言っていられない。
「んな事どうでも良いからいい加減に助けやがれ!!」
「頑張レ」
「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」
ロラン達が和気藹々と今後の予定を話し合っている間、ブサはジョゼから渾身の抱擁を受けていた。
猫の手なのに、何故かがっちりと握られていて離れない。ぎぃぎぃ叫びながら暴れるも、そんな抵抗なんて何のその。後ろ足も使って抱擁された体は頭と尻尾しか動けなくなっていた。
投げやりなリュシアンの言葉にキレる。が、直後にベロリとジョゼに顔を舐められて意識が落ちた。
「ア゛」
「ヴヌン(純情ねぇ)」
絶対違う。
「ま、静かになった事だし良いんじゃね?」
「では私がブサの介抱を……」
「トドメを刺してやるナ」
「どういう意味でしょうか」
「……そのままだろぉ?」
そのままです。
目覚めたらジョゼのドアップorアンリのドアップ。果たしてどちらが地獄なのか? 答え:どっちも。
「夕飯時に起こせばいいだろ。それまで寝かせとけ……ってか、俺も少し寝る」
「……あ~、俺も寝ヨ」
肉体の疲労はそうでも無いが、精神的疲労は半端無い。
パタリ、ボフリと各自ベッドに倒れ込んでのお休みタイム。さり気無くブサを自身のベッドに拉致しようしたアンリの先手を打って、ヒョイッと自分のベッドに放り投げるリュシアン。ぐぬぬ……! と恨めしそうな目で見られるが、寝起きにジョゼとアンリのダブルコンボは流石に気の毒と言うものだろう。何しろ、放り投げた後でもジョゼはガッシリとブサにしがみ付いて離れないのだから。何気にベッドに落ちる際には自身の体を下にして、ブサに衝撃が少しでも行かないようにする紳士振り。
猫なのに紳士? そもそもジョゼは雌なのだが……。うっかり妙な事を考えてしまったリュシアンだが、疲れのせいと誤魔化してベッドに倒れ込む。
そのまま静かな時間が流れる、と思いきや。グギギギギ……と聞こえる歯軋りの音に軽く舌打ち。
「お前かヨ」
ボスッ! と枕をブサに叩き付けて音をガード。少しマシになったところで大人しく眠りについt……。
枕の下辺りからヴニャンヴニャン喜んでるどこかの猫の鳴き声なんて聞こえない。誰かの呻き声も聞こえない。俺は疲れてるんだ、これから寝るんだ。だから、
「尻尾、邪魔」
言えばヒュルリと枕の下に消えて行く尻尾。寝ようとしている人間の鼻先で尻尾ウネウネさせんなし。興奮すんな、うざいから。
これで何事も無く眠れる。
だから、枕元に感じる巨体な誰かのプレッシャーも、きっと気のせいなのである。
「…………」
恨めしそうにガン見してないでお前も早く寝ろ。
* * * * * * * * * *
一眠りして気分爽快、空腹を訴える腹も心地良く食堂へと向かう。迷宮の情報を教えてくれた店員のいる店だ。
「やぁ、いらっしゃい! 今日は何にする?」
「俺らは適当にお勧めと、酒とつまみになるものを」
「了解! すぐに用意するから待っててくれよ!」
「それと、こいつらにもナ。こっちはダイエット用デ」
「了解!!」
(また、草食動物の時間か……)
太った自分が悪いのです。自堕落に過ごして来た自分が悪いのです。肉が食べたきゃ運動しろ。そして痩せれば良い。
「ヴニュ?(少し分けてあげましょうか?)」
突然のジョゼからの申し出に一瞬喜ぶが、ふと我に返る。
(いや、それってどうなんだ?)
先日の自身に出されたダイエット食を思い出し、次いでジョゼに出されたメニューを思い出す。自分の野菜に塗れた食事、そしてジョゼの美味そうなフルコース。
だが、あくまでも『猫用』として用意されたメニューだ。あくまでも人間である自分が猫用メニューを恵んで貰うのは、『人』としてどうなのか。
(いや、だが肉は食いたい……。だが……!)
ブサが悩む内にロラン達の前には食事が並び、ブサ達の前にも食事が置かれる。
相変わらず自分の前に並んだメニューには野菜ばかりが使われており、ジョゼの前に置かれた食事には魚も肉もふんだんに使われている。ついでに、デザートにはケーキのようなものまで。
悩む。悩む。悩んで、悩む。
悩んで、悩み切って、決意して顔を上げ、ジョゼの方を見る。
「モ゛ヴニャ?(何゛?)」
「…………」
ジョゼの目の前には既に食事は残っていない。食事の名残はジョゼの口がモグモグと動いている事位だ。肉の一片すら残っていない。
愕然としながら無言でジョゼを見るが、不思議そうに再び首を傾げられるのみである。
ゴキュリとジョゼの喉が動き、ブサに話し掛ける。
「ヴニ?(もしかして欲しかったの?)」
人前では言葉を発さないようにきつく言われているので無言で頷く。
それを見て、少し気まずそうに尻尾を緩く振りながらジョゼは目を逸らす。
「……ヴニャゥ(……ずっと黙ってるから、いらないのかと思ったのよ)」
ジョゼを責めるなかれ。悩んでいて返事をしなかったのはブサ自身なのだから。
というか、欲しかったのか?
愕然とした自分自身にも愕然としながら、目の前のダイエット食を黙々と平らげていく。相変わらず、野菜である。ほんの少しだけ添えられている肉は牛の赤身だった。
(……肉、うめぇなぁ……)
しんみりしながら、僅かな肉に涙を浮かべて餌を食べる猫。店内の客からロラン達に向けられる視線は何処か冷たい。
「いや、ダイエットさせないとだから。太りすぎだから。その内、腹肉が地面を擦れるから!」
「「「「「…………」」」」」
チラリ、と客達の視線がブサに向くが、すぐに再びロラン達に向かう。モッサモサ過ぎて太っているかどうかが不明だったので。
この店に来る客は全員動物好き故に、動物を虐げていると思しき人間には厳しい。
「はいはい! こっちのお客さんの連れの猫はマジで腹がやばいですからね! なので、当店のシェフが腕を揮った特製のダイエット食を提供してますんで、妙な疑いを掛けないようにして下さいねー!」
店員からのフォロー。……フォロー、か?
同時に空気を読んだ鳥がブサの頭に舞い降りる。ピョンピョンと頭から背中へと移動し、床に降り立つ。ツンツン、と腹肉を嘴で突っつくとスゥと息を吸い込み鳴き始めた。
「ほろっほー、ほろっほっほー……やーい、でぶねこー」
ぴしり、と空気が凍った。
ちょっと待て。あの鳥は人の言葉は話せない種類の筈だが? 店員びっくり、客もびっくり、ロラン達もびっくりである。ブサは見事にフリーズ。
「で――ぶ!」
甲高い声で再び言ってはいけない言葉を発すると、ほろっほー、と最後に一鳴きしてから天井近くに舞い上がって行った。
誰もが聞かなかった振りをして目を逸らす。
「……ダイエット、頑張れよ」
ポツリと聞こえた誰かのエール。全く持って嬉しくない。
物凄い野菜嫌いで肉好きな人間が、ほぼ野菜オンリーな生活を強いられたら、ペットフードだろうと手を出すようになるかもしれません。
そんな感じでちょっと揺らぎかけたブサでした。
鳥さん、ほろっほー。外見イメージはオウギバト。ほろっほー。
明日は猫又公開日なのでこちらはお休みです。次話は19日となります。




