どうやら、体を拭いて貰えるらしい
びしょ濡れで放置されていたモサ主。ようやく濡れた体から解放されます。
カラン……
「……あん? なんなんだ、こレ。一体どういう状況ダ?」
「おい、リュシアン。入り口で止まってんじゃねぇよ邪魔クセェ。俺が入れねぇだろぉ?」
「あ、わリ」
そんな事を言い合いながら入って来たのは、盗賊の見張りの為に残っていた二人だった。どうやら詰め所での説明と、ギルドに来てからの出来事で思ったよりも時間が経っていたらしい。
気付けば四人全員がギルドに集合していた。
そして後から合流して来た二人が見たものは、どんよりと影を背負ったアンリと、不機嫌そうなロラン、ワタワタと焦った様子のギルドの受け付け員、びしょ濡れのままグッタリと動かない猫、何となく視線を合わせようとしないその他の男達だった。
何、このカオス。
「んデ? どういう状況なんだヨ、ロラン」
この場でアンリではなく、ロランに話しかけたリュシアンは正解だったのだろう。もし、今のアンリに話しかけたところで、まともな会話になったかは不明だったのだから。
「あぁ、簡単に言うとだな。アンリが暴走した」
あぁ……、と納得する様子の二人。実は以前にも同じような事でもあったのだろうか。
「んで……その結果がその猫かぁ?」
びしょ濡れグッタリな猫を指してサミュエルが言う。
猫を指刺されてロランに頼まれた事を思い出したのか、エステルは一度時計を確認してからパタパタとタオルを探しに受け付けの奥へ走って行った。
「おう」
「随分と不機嫌だなぁ? ロランよぉ?」
「不機嫌にもなるだろうさ。最初っから全部この場で見ていれば、な」
ロランのその言葉を聞いて思わず深く頷く周りの男達。
その様子を不思議そうに見る二人。
「具体的には何があったんダ?」
当然気になるところだろう。その言葉を聞いてロランが二人にギルドで起こった事を説明し始めた。
* * * * * * * * * *
「……と、言う訳だ」
ロランの話を聞いてそれぞれが、頭痛が痛いとばかりに頭を押さえたり、苦笑いで肩を竦める。この二人にもどうやらアンリに対する同情心は無いらしい。
「そりゃぁ、災難だったナ。ブサ猫」
「おーい、ちゃんと生きてるかぁ?」
猫をタオルで拭くエステルのそばにしゃがみ込む二人。……強面のせいで、エステルに絡んでいるようにも見える。
「ぎ、ぎなぅ(死ぬかボケ)」
「お、生きてたかぁ。そりゃ良かったなぁ」
力無くも、何とか答えを返す猫。それを聞いて何となく楽しそうなサミュエル。更にそれを見て目から血の涙を流しそうなアンリ。そんなアンリを見張るロラン。
そして一人手持ち無沙汰なリュシアンがエステルに声を掛けた。
「なぁ、エステル。悪いが俺にも一枚タオルをくれないカ?」
まさか、リュシアンも猫の体を拭くのに参加しようというのか。
猫としては断固として拒否したいところだ。美人に拭かれるならともかく、強面筋肉は全力でお断りしたい。これ以上筋肉はいらない。
エステルは数回目を瞬かせてから、ハッ! としたようにリュシアンにタオルを渡す。
「すみません、どうぞ使って下さい」
「悪いナ」
タオルを受け取ると猫を拭くのに加わる、と思いきや。床に溜まったままの水溜まりを拭き始めた。
「りゅ、リュシアンさん! そんな事は後で私がしますから!!」
「あー、気にすんナ。俺はこういうのが気になっちまうタチなんでナ。つか、床汚したのは俺らのツレだからナ。本人がやろうとしねぇんダ。俺らがやるしかねーだロ」
床を拭くのを止めようとするエステルに対し軽く返事を返すロラン。
狼狽えるアンリ。だが、今更である。
しかし、やはりこの男顔の割りに行動が意外と真面目だ。
ちなみに、このギルドに他の職員がいないかと思うとそうでは無く、王都にあるギルドだけあって職員の数は多い。単にロラン達強面組に関わりたく無いだけなのだろう。その証拠に、現在受け付けにはエステルの他に五人もの女性が座っているが、誰もロラン達に声を掛けようとはしない。
床に溜まった水溜まりも放置である。
五人共顔立ちは綺麗なのだが、かなり人を選ぶらしい。ロラン達以外には普通に対応している。特にイケメンに対しては反応が顕著だ。
(顔は美人だけど、やっぱり俺はエステルちゃんの方が断然良いな)
何様だろうか、この猫は。しかも、さり気なく『ちゃん』付けで呼んでいるのが馴れ馴れしい。そんな猫の雰囲気を感じ取ったのか、サミュエルが見下ろす。
そんな風に猫が考えているとも知らず猫を甲斐甲斐しく拭くエステル。ふと、気付いたようにロラン達に声を掛けた。
「そういえば、この子って皆さん、何て呼んでるんですか? 名前とかあるんです?」
思い返してみれば、ここまで猫を名前で呼んだ者は誰一人としていない。
テオドールが『猫君』と呼んでいた位か。他に『ブサ猫』とも呼んでいたが、両方共名前ではないだろう。絶対に。
「ん、あー。そういや適当に呼んでたな」
「適当は良くないと思いますよ。ね。猫さん」
「ぎなぁ〜(エステルちゃんが言うならその通りだとも)」
全くもって、美人にだらしの無い猫である。
ついでに、エステルの放った言葉にロラン以外の三人もそういえば、と思い巡らせていた。
「それなら私が……」「却下」「ふしゃ————っ!!(誰がてめぇなんかに!!)」
ダブルでの即拒絶であった。反省したのか、と思いきやなかなかに往生際が悪い。
しかし、猫による全力の拒絶はかなり堪えたようである。
そして、今のやり取りを見ていたサミュエルはニヤニヤと嬉しそうだ。
「おいおい、思ってた以上にガチで嫌われてんじゃねぇかぁ? なぁ、アンリぃ」
「……うるさいですよ、サミュエル」
「まぁ、自業自得としか言いようがないな」
揶揄うサミュエルと、猫を見ながら冷たい口調で言い放つロラン。ロランの言葉にアンリはあっさり撃沈した。
「しっかし、名前か。名前ねぇ……」
あごの髭を弄りながら考えるロラン。名前の候補でも考えているのか。
(お前らに名前付けられるより、エステルちゃんに付けて貰った方が良いぜ)
期待と下心を込めて猫はエステルを見つめる。それに気付いたロランは試しに声を掛ける。
「なぁ、エステル。お前だったらどんな名前を付ける?」
「う、え……っ? わ、私ですか?」
頷くロラン。それを見てエステルの焦りが強くなる。
エステルに名前を付けて貰えるかもしれない、と悟った猫は嬉しそうだ。そんな猫を見つめるアンリ以外の三人。
「いえ、あの……私は、その、名前を付けるセンスが無いらしく……」
ひっそり頷く他の受付五人。完全に空気になってはいるが、全く聞いていない訳では無いらしい。そして、他の受付嬢にもエステルの名付けセンスの無さは知られているようだ。
「ん、まぁ本気で考えなくても良いさ。ほんの参考程度にさせて貰えりゃ十分だ」
「それでしたら……」
「あんま気負うなよぉ。適当で構わねぇ」
参考程度、と言われてその気になるエステル。それを察して顔を若干青ざめさせながら、小さく首を振り続ける受付嬢達。チラチラッと向けられる視線が気になるところだ。
青ざめる程の何かがあるのだろうか?
「ん〜、そうですね。この猫さんに合いそうな名前だと……」
お説教されても懲りてないアンリでした。その分、他の面々からの目は厳しくなるので以降は暴走も減るんじゃないかな、と思ったり。




