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どうやら、恋する乙女は暴走しがちらしい

 人間に戻りたいのだと、ロランの襟元を掴んで揺さぶりながら必死に訴えるブサだが、ロランがブサの頼みに頷く事は出来ない。それは他のメンバーも同じである。


『お金は大事』


 どの世界でも、誰にでも共通する事だ。危険な仕事に従事する事の多いギルド員達の多くは、何気に蓄財もきちんとしていたりする。

 もちろん、中には『宵越しの金は持たない!』とばかりに、毎回散財してしまうようなのもいるのだが。そういう連中は、怪我をして一時的に収入が得られなくなると一気に困窮するものだ。そして、そういった連中が安易な気持ちで犯罪者になったりもするのだが……今はおいておこう。


 そんな事よりも、今は金銭に関する話だ。

 ある程度以上の実力の持ち主であれば高収入を得やすいが、同時に支出もそれなりに多くなる。それは怪我の治療費であったり、装備品の整備費であったり、依頼達成後の疲れを癒す為の慰安であったり、諸々の生活費であったり。

 場合によっては、ギルド員成り立ての新人の世話を頼まれ、その間の新人ギルド員の生活費を一部負担する事もある。もちろん、ギルドからも支援金は出るのだが、それは最低限でしか無い為に依頼を受けたギルド員自身が負担する事が多い。

 ギルド員からしたら出来る限り受けたくない依頼ではあるのだが、自分達もギルドに入りたての頃には同様に世話をされていたという過去がある為に無下にも出来ない。


 ちなみに、ロラン達の場合はそうして世話になった相手がセヴランであった事もあり、色々と弱みを握られている。その縁で面倒事を押し付けられる事があったりもする。

 逆に、その縁を頼る事も出来るという利点もあるが。


「まぁ、そんな感じで俺達も色々と出費はあるんでな。お前にどれだけ頼まれようと、お前の為に大金を使う事は出来ない。テオドールさんから、解呪の魔道具の金額は聞いてるんだろうが?」

「……そりゃ、聞いてるけどさぁ……このままじゃ、俺の貞操の危機なんだよ! 同じ男なら分かるだろう!?」

「……一部は同情出来なくも無いが、それとこれとは話が別だ。そもそも、お前が人に戻ったとして……俺達へのメリットはあるのか?」


 ブサの言い分も分からなくは無い。同じ男として、女性から問答無用で襲われるというのは少しばかり気恥ずかしいものがある。もちろん、美女からの誘いならば断る理由は無いが、せめて人型が良い。獣相手は全力でお断りである。

 それはロラン達とて同意見だが、ロランが言うようにそれとこれとは話が別だ。

 たとえ本気でブサがジョゼに怯えていようとも、そんなブサを見ながらウットリしているジョゼが視界に入ろうとも、さらにジョゼを膝の上に乗せてその背中を撫でながら鼻血を垂らしているアンリが居ようとも。おい、最後。


 全力でそちらに視線を向けないように精神力を総動員しつつ、人に戻ったとしても体質が変わらない可能性を告げる。

 ブサはその可能性に思い至っていなかったようだが、それでも人に戻りたいんだ! と涙と鼻水を出しながらの大号泣だ。この反応にはたじろぐロランと、目線を泳がせるアンリ。そんな二人を前にブサがギャン泣きしながら嗚咽(おえつ)を漏らす。警戒担当の二人も気配が動揺している。


 途中からは話の内容が依頼人達には聞こえないように気を付けていたが、雰囲気だけでも何か察したのか、依頼人の妻が顔を出して来た。

 びゃんびゃんと恥も外聞も無く大泣きしているブサを見られ、慌ててリュシアンが押し留めようとしたが押し切られた。母は強し。


「どうしたのかしら?」

「お……おヴぇっ……! にん……に……っく、どり゛……っ!」

「にんにく鳥? お腹すいてるの?」


 欠片も合っていない。ついでに『にんにく鳥』なんて鳥はいない。

 ちなみに、ブサが言いたかったのは「俺、人間に戻りたい!」だったのだが、嗚咽で声が詰まった結果こうなった。微妙に意味の通じる単語になったのはある意味で奇跡。


 自分の言いたい事が全く伝わっていない事に、さらに涙が溢れ出すブサ。

 依頼人の妻も頑張って聞き取ろうとするのだが、泣きじゃくる自分の子供達とは違って上手く聞き取る事が出来ない。本当は微妙に聞き取れているのだが、ブサが実は人間だなどと思ってもいないので、無意識に聞き取った内容を否定してしまっているのだ。聞き取れたからとて、彼女に何とか出来る筈も無いのだが。

 手の付けようが無いブサの様子に困り切った彼女がロラン達に咎めるような目を向け、その視線に含まれる感情を察したロランが一部を隠して説明する。


『ジョゼに無理矢理言い寄られて怯えている』


 ざっくりした内容だが、(おおむ)ね間違ってはいない。

 そんな事とは流石に彼女も思ってもいなかったようで、ロラン達を疑った事を謝罪しつつもジョゼを前に懇々と諭し始めた。何故か、自分の実体験も交えて。

 馬車の方から、自分の赤裸々な過去を明らかにされて行く依頼人の悲鳴が聞こえる。

 既に眠っているとは言え、お子様の情操教育に良く無さそうだからやめてあげろ下さい。


「……だからね、男ってのは押すだけじゃダメなのよ?」

「ヴニャァン……(言ってる事は理解出来なくも無いんだけど……)」

「ジョゼちゃん、聞き分けの無い事言わないの。ジョゼちゃんだって、その気の無い人から言い寄られ続けるのは苦痛でしょう?」

「ヴニィ……(そりゃ、まぁ……)」

「このままじゃ、ブサちゃんに嫌われちゃうわよ?」

「ヴナァッ!!(それは嫌ぁっ!!)」


 何故、普通に会話が成り立っているのか。嫌われるも何も、既に手遅れ……と言うよりも、最初から成立する筈も無いのだが。重度のケモナーでも無い限り。

 嫉妬心にハンカチぎりぃっ、となっているアンリを視界から外して溜め息一つ。

 ブサの方へと視線を送ってみれば、泣き疲れたのもあるのだろう。ついに現実から逃げだしてしまったようで、白目を剥いて寝息を立てていた。そんなブサから視線を逸らし、ジョゼの方を見てみればまだ依頼人の妻と話している途中だったので、その隙にブサを匿っておく。今までのジョゼを相手にするなら、無駄な努力なのだろうが。依頼人の妻の手腕に期待したい。


「つまりね……」

「ヴニュン(ふむふむ)」


 ある意味、女子会とも言えるのだろうか。恋バナに盛り上がる女性陣は非常に楽しそうだ。もっとも、片方は猫で、もう一人は人妻なのだが。色々とアウトな気がする。


「おらぁっ!!」


 ギシャァァァ……!!


 そして、その奥では何かが襲って来たらしく、蛇のようなモノを切り伏せるサミュエルの姿。

 蛇の魔獣は当たり外れが大きいが、最低でも毒袋は売れるのでまだマシな方である。噛まれれば大惨事だが、サミュエルに限ってそんな事は無いだろう。実際に傷一つ負う事無く、サックリと討伐して終了である。

 血抜きをしているようなので、明日の朝食は蛇肉だろう。

 もちろん、食料は王都を出る前に準備してある。だが、何か予期せぬ出来事があるかも知れないので、可能な限り現地調達出来るモノは現地調達するのが基本である。


 それはそれとして、何と言うカオス空間。

 目の前では人妻と猫乙女の恋バナが繰り広げられ、奥では戦闘が繰り広げられ、馬車の中では羞恥に依頼人が涙を零し、アンリは嫉妬に震え、ブサは現実逃避に走り、自身は胃が痛い。


 誰か、何とかしてくれ。


 そんなロランの願望が神に届いたのか、予期せぬ闖入者の登場である。


「てめぇら!! 大人しくしてりゃぁ、命だけは奪わねぇでやる!」

「良く来たな!!」


 盗賊? 大歓迎です。

 お久しぶりの盗賊さん。大歓迎されました。

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