どうやら、一人と一匹は気が合うらしい
「もう一つ聞いておく。何でコイツ?」
「この子、野良なんですよね。なので、飼い主がいないから連れ出しても問題はありません」
「いや、聞きたいのはそうじゃない」
鞄から顔を出したブサ二号とも呼ぶべき猫の姿に、ロランはついに頭を抱えてしまっていた。
その猫にはロランも見覚えがある。町中でブサをストーキングしていた猫の中に必ず居た個体だ。ちなみに、屋根からブサを掻っ攫おうとした個体でもある。
ロラン的には、面倒臭そうなのがまた増えた……! という気持ちで一杯だ。そう思ってしまうのも当然、顔を出した猫の雰囲気が本当にブサそっくりなのだから。ぱっと見で違うのは毛の長さ位か。
嫌な予感に打ち震えながらそっと手を出してみれば、意外にも引っ掻こうとする事も無く、フンフンと手の匂いを嗅いでからスリ、と頭を擦り付けられた。
ブサは絶対にしないであろう態度に、ロランが密かに感動していたのは内緒だ。『こいつ、ブサとは全然違う……!!』と感動に打ち震えるロランの見えないところでニヤリ、と猫があくどく笑っているのも、誰にも内緒である。
ロランの様子を横目で確認していたリュシアンも目を剥いていた。直後にサミュエルは、今後もっと面白くなりそうな予感にニヤリとあくどい顔で笑っている。
ジョゼとは気が合いそうだ。
「彼女の名前は『ジョゼ』と言います」
「もう名前付けてんのかよ……」
「いいえ? この子の名前だそうです」
アンリから紹介されながらモソリ、と鞄から出て来た猫が徐にアンリの肩に陣取る。そのままアンリの頭に手を置きながら、スッと二本足で立ち上がった。ブオンッ、と大きく尻尾が振られる。
ジョゼの体勢が安定したのを確認したアンリもまた、スッとその場で立ち上がる。
それを呆然と見ていたロランの顔が、次の瞬間驚愕で染まる事となった。
「実は彼女、ブサに一目惚れしたのだそうで」
「は!?」
「ヴニャア(その為に彼には協力して貰う事にしたの)」
「私は猫と触れ合いたい」
「ヴナォ(私はあの猫の番になりたい)」
「お互いの利害が一致した結果です!!」
「ヴニャァオゥ!(これぞwin-winの関係よ!)」
ビシビシッ! と互いにポーズを決めながら声高らかに告げるアンリとジョゼ。仲良いな、お前ら。
見事に言ってる内容が噛み合っているのは神の奇跡か、それとも本気で理解出来るようになったのか。あの自称神なら神の奇跡もあり得る気がするが、真実は闇の中である。
先程の密かな感動を返せ、と再び襲い来る頭痛に悩まされながらも、ドヤ顔の一人と一匹を見つめる。
ドヤァ……(×2)
イラッとしたわぁ……とはその時のロランの間違いない本音の言葉である。しかも、両者共に得体の知れないポーズを決めているのだから余計にだ。鏡のように左右対称に決めポーズを取るなと言いたい。しかも、地味にさっきとポーズが違っている。動くな、お前ら。
しばし無言の時間が流れ、呻き声と共にブサの顔が上がろうとしていた。
それと同時に、毛も少し力を取り戻したようだ。フンワァッ……から、フワァッに変わっている。ほんの微かな風で飛ばされそうだった毛が、風に柔らかく靡く柔らかさに。猫の毛にそんな機能は無い筈だけど……。
「ぅげほ……っ、体が……バキバキ言う……」
徹夜明けのサラリーマンのような感想を口にしながら起き上がったブサの目に入ったのは、仁王立ちするアンリと、その肩に乗って目をギラギラと輝かせたジョゼの姿。
立ち上がったアンリの肩にいるので、高低差もあって恐怖感が半端無い。その輪郭は夜の闇に溶けかかってハッキリとは分からないのだが、暗がりの中で瞳だけがギラリと光っている。ホラーだ。
(ひぃあぁぁぁぁぁぁぁ……っ!?)
もはや声も出ない。夜道にナイフを振りかざした露出狂に出会った時以上の恐怖。ブサは前世でそんなの会った事無いけど。むしろつい最近、意図的にではないが露出した事ならある。お巡りさん、コイツです。
目と目が合った瞬間、どことは言わないがヒュンとした。
本能レベルで訴えかける恐怖に、全身の毛が脱毛しそうな程のプレッシャーを感じる。目を逸らせない。万が一にも目を逸らしたら、その瞬間に襲われそうな気がする。
肉球からダリダリと汗が滲み出るのを自覚しながら、全身の毛穴が開きそうになる。今、強い風が吹けば、一瞬で全身脱毛出来そうだ。それ程の恐怖。
何故、自分がこんな目に合わなければならない!
ほんの少しばかり、人より働きたく無いと願って、贅沢がしたいと願って、美女・美少女にモテモテになりたいと願っただけだろうが!! ついでに最強になって、誰からも持て囃されて、この世の春を謳歌したいと願っただけなのに!!
その欲望こそが諸々の原因だ。
ブサをこちらに転生させたモノが聞けば、間違い無く断言するであろうブサの思考。誰が、そんな奴を幸せにしたいと思うものか。
ついでに言っておくと、ブサの言う『少し』は少しじゃ無い。全力だ。
「ヴニャ(ねぇ)」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
いつもの通り、ブサが妄想に取り憑かれている間は周囲への警戒心は皆無である。それ故に、いつの間にやらジョゼが自身の横に立っていた事にも気付いていなかった。
突然声を掛けられて野太い悲鳴を上げたブサに驚いた商人が顔を出すが、周囲の警戒担当のリュシアンによって宥められて子供達の元へと戻って行く。
商人が戻って行った後、テントからは何とも可愛らしい悲鳴が聞こえて来た。ブサの悲鳴とは大違いだ。一緒にしたら、商人から文句が出るだろうが。
バクバクと心臓を高鳴らせながらジョゼを見る。心臓が高鳴っている原因は間違い無く恋では無い。
そんな事と知ってか知らずか、ゆるりと尻尾をくねらせながらブサの前に座ったジョゼが呟く。
「ヴニャゥ(来ちゃった)」
語尾にハートマークでも飛んでいそうなコメントだ。
可愛らしい女性に言われたのならば大歓迎なのだが、自分とそっくりな猫に言われたところで嬉しくない。そもそも、猫である時点で嬉しくも何とも無い。さらに言うなら、ガッチリと目でロックオンしながら言われると恐怖心の方が強い。
スッ、と目を逸らせばスッ、と回り込まれ、スッ、スッ、と繰り返している内に、気付けばその場で一回転している。
「何してんだお前ら」
「頼むから助けろ……!」
「ヴニャァン(あらあら、照れちゃって)」
ブサがどういう反応を示すか、敢えて傍観していたロランだが、本気で怯えているブサの様子にとうとう助け舟を出す事に決めたようだ。
全力で体を捻ってジョゼの視線から逃れようとするブサの無駄な努力に耐えかねて、声を掛ければ震える声で助けを求められる。言葉だけはふてぶてしいが、その表情は何とも情けない。本気でジョゼが苦手のようだ。
ロランを逃がすまいとヒシッとしがみ付いたブサが必死過ぎる。
グフグフと怪しく笑うジョゼと、必死に逃げようとするブサ。
普段のブサの反応に見慣れているロランは、ブサの必死過ぎる反応に軽く笑いながら、その体を掬い上げる。
ふと目に入ったジョゼの顔に軽く気圧された。ブサの体が持ち上がっていくのを顔ごと追うジョゼの目がマジだ。
男の情けとやらで、ジョゼの目からブサを隠してやりたくなる。
「……なぁ、マジで俺、人間戻りたい。猫はもう嫌だ……!」
「だろうな」
ブサの切実な叫び。心の底から同情する。
だが、ロラン達が出来るのは同情までだ。これ以上は私財を投じてまで、ブサの呪いを解いてやる気は無い。それをロラン達に望むのなら、ブサからも相応の対価を貰わねばならない。
世の中とはそう言うモノだ。ロランの言葉がブサに刺さる。
安全な場所に逃げられた……! と思っていたのに、実はずっと○○○が近くに居たら……ホラーですよね。今のブサの心境はそんな感じです。
○○○の中は、ゾンビでも殺人犯でも、ストーカーでもお好きなものをどうぞ。
私の場合はゴ○ブリ。逃げた先でも見つけてしまったら、全力で涙目になります。




