どうやら、解呪薬の製作者に会ってみるらしい
テオドールに先導され、店の奥へと進む。どうやら、この先は普段は従業員が立ち入らない空間らしい。
とは言え、掃除はきちんとされているのだが。
それよりも、周囲に漂う臭いの方が気になる。
「……テオドールさん、この臭いは?」
「薬草とか、薬の材料の臭いだよ。薬にする時は、彼女も極力臭いを消せるように手を尽くしてくれているんだけどね」
「ン? なら、回復薬の臭いも何とか出来たリ……」
「そっちは残念な事にまだ研究中なんだ。……本当に、回復薬の味や臭いだけは、どうにかならないものかね……」
ゲッソリとしたその様子を見るに、流石のテオドールも回復薬の味や臭いには勝てないらしい。彼なら普通に『もう一本おかわり!!』とでも言いそうなものだが。
いや、そもそも怪我をする想像が出来なかった。怪我……するのだろうか?
ロラン達もこの臭いには辟易しているようだ。ただ一人、リュシアンを除いては。
「あの臭いに何度もさらされた俺は……臭いなんて……もう、何も怖くなイ……!」
やめろ。マミってしまう。
虚ろな目で呟くリュシアンから目を逸らし、臭いの根源たる部屋のドアを叩く。
「エルミーヌ、入っても良いかい?」
「店長? ちょっと今は手を離せないのですが、それでも良ければどうぞ」
「お邪魔するよ」
ノックの後に返って来た女性の声に、ニンマリと顔をだらしなく歪めているブサ。その顔に裏拳をぶちかましてから、室内に入るテオドールの後にロラン達が続く。先に室内に入って女性の盾となる魂胆である。
痛みに悶えて出遅れたブサがその事実に気付いた時には、既にロラン達は全員室内に入った後だった。慌てて部屋に突入するが、時既に遅し。アンリの巨体を筆頭に、四人の体で壁が築かれている為に女性の顔すら見えない状態である。
「ぎにゃぁ!!(どけ!!)」
「何言ってるか、さっぱり分かんねぇなぁ?」
(嘘だ!)
「エルミーヌ、君に解呪薬を頼んだ依頼人を連れて来たんだけどね……」
「あら! あの、動物化の呪いの!? 随分と珍しい呪いだったから、結果が気になっていたのよね。会わせて貰えるのかしら?」
「その積もりで連れて来たんだよ。ただ、やはり完全な人型とはいかなかった。それに、既に効果も薄れかけているようだから、君の意見を聞きたくてね」
「まぁ……! 私でお役に立てるなら、是非」
「ありがとう、助かるよ。そう言う事だからブサ君、こっちに来て貰って良いかな?」
男バリアの奥からテオドールと女性の会話が聞こえる。
思っていたよりも快活そうで、なおかつ優しげな雰囲気の話し方だ。バリアで女性の姿は全く見る事が出来ていないが、ブサの期待は否応無しに高まっていく。
ちなみにブサの脳内イメージは、白衣を着てメガネを掛けた優しげな雰囲気の知的美人である。もちろん、胸は巨乳一択で。そんな人が回転椅子に腰掛けて、足を組みながら振り返るのを想像し……何かイメージが別のものと混ざってないだろうか?
そしてテオドールに呼ばれた事で、ブサのテンションはマックスになった。
(ほら、道を開けろよ)
ドヤ顔でロラン達を押しのける程には。
ロラン達を押しのけて前に出た後は、一言も発さずに気取った態度で一礼する。無言なのは口から出る言葉は『ぎにゃー』にしかならないからだ。
美人に格好悪いところは見せたくない、と考えたが故のブサの対応だが、普段のブサを知っているテオドールや彼らには失笑ものであった。違和感しか無い。
そんなテオドール達の反応に、困った雰囲気を漂わせながらもブサに話しかける。
「あらあら、顔を上げて頂戴。出来れば、薬の効き方について教えて貰えると嬉しいわね」
(喜んで……!)
女性の言葉に鼻息を荒げながら顔を上げ……そのまま硬直した。
「あぁ、挨拶が遅れてごめんなさい。私は調薬師のエルミーヌと言うの。よろしくね」
ブサの硬直を勘違いしたのか、ニコニコと笑いながらブサに自己紹介をする。
笑うと牙が見えるのが特徴的だ。いや、笑わなくともチラリと牙は見えている。『歯』では無く、『牙』だ。つまり、この女性は……。
「あら? もしかして獣人を見るのは初めてだったのかしら?」
瞳孔をキュッと丸く縮小させながら見てくる女性は、どう見てもユキヒョウだった。ちなみに、服はきちんと着ている。
ブサが呆然としながら手元を見ると、毛は生えているが手の形は人間と変わらない。そのまま視線を上げていくと、胸元で一旦止まる。ブサの願望通りの巨乳である。だが、数がおかしい。どうやら複乳のようだ。一気にテンションが下がる。さらに視線を上げていくと、口の端から見える牙。そして女性の背後で揺れるユキヒョウならではの太い尻尾。
ほぼ二足歩行のユキヒョウが目の前で白衣を着て、足を組みながらこっちを見ている。
人では無いものの、ユキヒョウとしては美人と言えるだろう。普通に、猫科野獣萌えの人や重度のケモナーならば歓喜である。だが、当のブサとしては不満しか無い。
(俺が想像していたのとは違う……!)
一応は想像と一部掠っているのだが。白衣とか、巨乳とか、足を組んでいるのとか。
目の前で悲痛なオーラを撒き散らしながら項垂れるという、あまりにも失礼なブサの態度も寛容に受け入れている。その事に安堵しつつも、ブサの態度に青筋を浮かべてリュシアンが肘で一撃。呻き声を上げて大人しくなったところで、ロランがエルミーヌに話しかけた。
「重ね重ね、連れが失礼をした。こいつはブサ。テオドールさんから聞いたかも知れないが、訳あって動物化の呪いを掛けられている。それを俺達が見つけて拾い、そのまま保護していた流れでこの場に同席させて貰っている。それと、今のこいつは人の言葉は話せないので、もしこいつに質問をする場合は文字表を使っての会話になるが許して貰いたい」
ブサが痛みに呻いている間にサクサクと話が進められていく。ブサが話したくないと思うような内容も、問答無用で明らかにされていった。
拾った時の状況、その後の反応から人である事に気付いたという事、普段のブサの様子、それから薬を飲んで今に至るところまで。
それらの話を聞く中で、ブサが拾われた状況に眉を顰め、人と気付かれるに至った経緯に頷き、普段の様子に呆れ、薬を飲んだ時の様子に尻尾を壁に叩き付けながら身悶えていた。どうやら、解呪薬一気がお気に召したらしい。
「ふ……っ、くくっ……! て、店長、事前に薬の説明はしなかったんですか……っ?」
「いや、しようとしたんだけどね。その前に一気飲みされちゃったんだよね。止める間も無く」
その言葉に再びツボに嵌まるエルミーヌ。
「それはきつかったでしょう……っ。それと、ちょっと近くで見てもいいかしら?」
(え゛――――)
ブサ視点では普通に二足歩行の獣でしか無い。巨乳であっても複乳だし、組んだ足も腕も胸元も毛がフサフサである。
例え女性であっても、ほぼ獣な女性には興奮出来ない。むしろ、顔を寄せられると食われそうで軽く腰が引ける。猫の時の感覚が残っているのだろうか?
さり気無く体を後ろにずらして逃げようとするブサを、両サイドからロランとリュシアンが押さえ付ける。逃れようとするブサだが、逃げられる筈も無いのをそろそろ学習するべきだと思う。
「どうぞ」「ご自由ニ」
「あら、ありがとう!」
何故かブサの意思を無視して行われる取引。エルミーヌもその不自然さを全く気にしていない。ある意味、テオドールお抱えの調薬師と言えるだろうか。
ロラン達の許可を得て、遠慮無くブサを覗き込むエルミーヌ。ブサの顔が全力で引き攣るが、やはり全く気にしていない。
目を覗き込んだり、口を少し開かせて口の中を覗いたり、頭に付いた獣耳を触ったり、音に反応するか調べたり……。調べる都度、メモに何かを書き込んでいる。先に渡されたリュシアンのメモも参考にしているようだ。
「う~ん……、どうも薬の効果の切れるのが早いわね。この分だと、恐らくあと三日程でまた猫の姿に戻ってしまうでしょうね」
「ぎなっ!?(そんなっ!?)」
「……本来の薬の効果はどの位持つ筈だったんだ?」
「本来なら十日~二十日程かしら」
「……随分とまた、効果の切れるのが早いんですね」
エルミーヌの言葉に頭を抱えるブサ。予め解呪薬の効果は魔道具と比べて少ないと聞いていたのだが、いつも通りに楽観的に考えていたが為である。
そして、さり気無くエルミーヌの言葉に嬉しそうにしているアンリも、色々と欲望を丸出しにし過ぎである。
解呪薬の効き目の悪さの理由は次話にて。
明日は猫又更新日の為、こちらはお休みとなります。次話は19日となりますので、よろしくお願い致します。




