どうやら、色々と中途半端らしい
「……ブサ?」
「に゛ゃ――――」
「……体調は如何ですか?」
「に゛ゃ――――」
「てめぇ、何か言いやがれぇ……」
「に゛ゃ――――」
「『に゛ゃ――』しか言えないのカ?」
「に゛ゃ――――」
カオス。何を言ってもブサの返事は「に゛ゃ――――」である。
最初こそ体が人間に戻った事にご満悦で鼻息を荒げていたが、自分の口から出たセリフを耳にして愕然とした表情へと変わった。
そして今はこの有様だ。ハイライトの消えた虚ろな目で、ひたすら「に゛ゃ――――」と言うマシンへと成り果てている。良く見れば耳もペタリと伏せられていた。
「……テオドールさん、どうしますか。これ」
「……う~ん、解呪薬はしっかりと効いているみたいだけど……言葉が通じないのは困るね」
そういう問題では無いと思うのだが。
「薬を作った方に、何か話しを聞く事は出来ないでしょうか?」
「ん、ん~……彼女も今は疲れていると思うんだけど……。ちょっと想定外な事態だし……ね」
さり気無くテオドールの言葉に反応するブサ。反応したのは『彼女』という部分だ。半分以上虚脱状態のブサだが、以前のテオドールとの会話を思い出す
***
「ぎなっ!?(女の子の手作りっ!?)」
「ん?」
『くすり のむ』
「「「「おい、ゴルァッ!」」」」
「ハッハッハ! まぁ、飲む気になったんなら何よりだよ」
『びじん?』
「ん? もちろんだとも!」
***
そう。あの時のテオドールは間違い無くそう言っていた。薬を作った人間は美人であると! ブサは都合の悪い事はすぐに忘れる頭の持ち主だが、女性の話題は忘れない。特に、それが美人であるならば。
幸いにして、今の自分は人間に戻れている。残念なパーツが付いていて、人間の言葉が話せないとは言えども人型である事に間違いは無い。
薬を作ってくれたお礼を言うついでに、食事に誘うのは人として何らおかしい事では無いだろう。その後、ウッカリ飲み過ぎてしまった女性を部屋まで送って行く事も、そのままウッカリ一夜を共にしてしまう事も……。
妄想が本気で気持ち悪い。
もっとも、今のブサの妄想はロラン達にお見通しである。内容までは分からずとも、今までの反応から女性に対する妄想だというのは分かる。
何しろ、今のブサは人間なのだ。表情からも何を考えているのか良く分かる。伸びた鼻の下、紅潮した頬、荒い鼻息。猫の時と大体反応が同じであるが故に、それらは既に見慣れたものだった。
瞳のハイライトもきっちり戻っている事でもあるし。
過去の体験等を鑑みて、全員の意見が一致する。
「「「「「話しをするとしても明日」」」」」
「ぎなっ!?(何故っ!?)」
こんな人間を、疲れ切った女性になど会わせられるか。
ぎにゃぎにゃと喚くブサ(人型)を宿に連れて行く訳にもいかず、その日はテオドールの客室に泊めて貰う事になった。ブサだけでは無く、全員がだ。
いざという時のストッパーである。何故なら、此処には女性従業員も多くいるのだから。
テオドール以外の全員が疲れ切った朝を迎えた。
ブサはここぞとばかりに女性の部屋に夜這いに行こうと部屋を抜け出そうとするし、ロラン達はそんなブサを力尽くで引き止める役である。部屋を抜け出そうとするのが四度を超えた辺りで、ぶち切れたロランによっていつも通りに意識の強制ログアウトである。
朝まで目覚めないように念入りに意識を落とした筈なのに、朝になって部屋に様子を見に行けば簀巻きにされた猫耳のおっさんがドアの前で力尽きていた。ドン引きである。
そもそも、従業員の誰がどこに寝ているか知らない筈なのに、どうやって夜這いをかける積もりだったのか。
「やぁ、お疲れのようだね」
「えぇ、まぁ……」
ドンヨリと目の下にクマを作りながら、テオドールの言葉に乾いた笑いを零す。対するブサは案の定不機嫌だ。せっかく人間になれたというのに、夜這いすら出来なかったのだから。
そんなブサにテオドールが凄む。
「言っておくけど、女性に強引に手を出した場合は立派に罪になるからね? 夜這いなんて以ての外。場合によっては私刑もあり得るから注意するようにね……?」
「ぎなっ!?(死刑!?)」
否、『私刑』である。ようは、法とは別にフルボッコにされるという事だ。この場合においては、テオドールからフルボッコにされる事が確定している。何しろ、自分の店の従業員に手を出すというのであれば、従業員を守る為には当然の行為である。
ちなみに、その場合の生死は保障しない。
「とりあえず、調薬師の彼女には話を通しておいたよ。今日の午後で良ければ会っても良い、との事だ。それまではブサ君の様子を纏めておいて貰えるかな? 気が付いた事とかで良いから」
「あ~、はい。分かりました。とりあえず、交代でブサを見張りながら纏めておきますよ……」
「お疲れのところ悪いけど、頼むよ」
「はい……」
そのまま朝食をご馳走になり、部屋へと戻る。そして気付いた違和感。
「何かサ……」
「ん?」
「毛が増えてネ?」
「「「は(ぁ)!?」」」
部屋に戻って一息吐いて、マジマジとブサを見つめていたリュシアンの一言に、その場に疑問符が満ちた。増毛?
「いや、違くテ。ブサの顔見てみろヨ」
「おっさんだな」
「違ウ」
突っ込みと同時に足を踏まれた。痛い。
踏まれた足をさすりながら、改めてブサの顔をじっくりと見る。おっさんの顔なんてマジマジと見たくないのだが。
さっきリュシアンが言っていたのは『毛が増えた』だ。頭を見るが、特に違和感は感じない。
真顔でリュシアンを振り返るが、違う違うと手を振っていた。どうやら顔を見ろ、と言いたいらしい。
それに倣って顔を見る。確かに昨日より無精髭が濃くなっている気はする。だが、リュシアンが言いたいのはこれでは無いようだ。他の場所へも視線を向ける。
「ん?」
見慣れない人間としてのブサの顔だが、それでも感じる違和感。『毛が増えた』という言葉を手掛かりにブサの顔を見て、やっと気付いた。
「……確かに、顔全体に毛が増えているように見えるな。ひょっとして、猫に戻り掛けているのか?」
「ぎにゃぁっ!?(そ、そんなっ!?)」
「薬の効果が切れ掛けているのかもしれないナ」
ブサの顔が驚愕に染まる。その驚愕をさらに煽っていくスタイルで。
だが、驚かれてもロランにもリュシアンにもどうにも出来ない。出来る事と言えば、午後に薬を作った女性に会った際に聞くだけだ。
とりあえず、今はリュシアンが気付いた事をメモに取っておく。メモを取っている最中にもう一つ気付いたのはブサの瞳孔だ。これは昨日からだったのか不明だが、猫のように瞳孔が縦になっていた。試しに部屋を暗くしてみれば、ロラン達からは猫のように目が光っているように見える。ついでに、ブサからも暗くとも普通に視界を確保出来ているのが分かった。
この変化が薬を飲んだ時点からなのか、それとも薬の効果が切れ始めているのか……。それは恐らく、この後分かるのだろう。
「ロラン、準備はよろしいですか?」
約束していた時間になる少し前にドアがノックされ、アンリとサミュエルが部屋を訪れた。背後にはテオドールの姿も見える。
この後はいよいよ、ブサお待ちかねの人物との面会が叶うのだ。
ブサの鼻の下は分かりやすく伸び切っていた。少しは取り繕っておけと言いたい。
上げて落とすは基本ですよねー。
楽しんで頂いた後なので、がっつり叩き落してみたり。元々、解呪薬には魔道具程の効果は無かったから、仕方無いね。




