どうやら、俺は人間に戻れたらしい
祝:人化
その変化は突然だった。
水薬が通り抜けた食道から胃にかけて、得体の知れない圧力が掛かる。内側へと収縮するような、逆に内側から膨張するかのような。
ゲホリとえずく。唾液だけが口から溢れた。
「「「「ブサ!?」」」」
驚き立ち上がるロラン達をテオドールが制する。何か説明しているような気配はあるが、何を言っているのかは聞き取る事が出来ない。
頭はガンガンと痛み、耳鳴りが酷い。グラリ、と世界が回っているような気がする。足元がふら付き、そのままテーブルの上に倒れ込んだ。吐き気が止まらない。
(何だ……これ……!?)
解呪薬と聞いていたが、まるで毒薬だ。毒なんて飲んだ事は無いが。
ガクガクと震える体の中で何かが蠢く。自分の意思に反して手足が別の生き物のように跳ねる。まるで言う事を聞かない体に怒りを覚え、次いでこんな不良品を寄越したテオドールに激怒する。
(何が解呪薬だ! ただの毒じゃねぇか!! 何で俺がこんな目に……!)
完全なる八つ当たり。
ブサは以前に飲んだ回復薬を忘れたのだろうか? 最悪な味を齎したアレを。もしも、その事を欠片でも覚えていたのなら……今回の苦しみもある程度覚悟出来ていた筈なのに。
テオドールから解呪薬について説明されたロラン達は大人しく見守る事にしたようだ。一人だけやたら落ち着かないのはいるが。
一匹だけ取り残されて苦しんでいる真っ最中のブサだが、テオドールは薬について説明する予定だったのだ。途中まで何か言い掛けていたのがその証拠だ。
それを待たずにブサが妙な男気を発揮してしまったというだけである。妙なところで決断力があるのだが、大体は碌な結果にならない。今回のように。
今回の場合は、一気に薬を飲んでしまった分だけ変化は急激で激烈だった。本来ならば薬を少しずつ体を慣らして行くのが正解だ。特に、動物化の呪いは体を作り変える必要があるので、苦痛を伴うのは当然である。
その為の無味無臭だったというのに。
ゲホゲホと咳き込むブサの体からミチミチと音がする。獣が肉を食らう際に、肉を食い千切るような音。
音に気付いてブサの体を良く見れば、先程までより体が大きくなっているように見える。太った、というのは別にして。全体的に一回り以上巨大化しているのだ。
「……テオドールさん。本当にこれ、大丈夫なんですか?」
「本来は大丈夫……なんだけどね。まさか、一気に飲み干されるとは思わなかったよ」
「あの、アホ……っ!」
テオドールの言葉に不安が募る。
だが、すでに薬は効力を発揮し始めている為、ロラン達にはどうする事も出来ない。ただ、ブサの変化を見守るだけだ。
普段はブサをからかってばかりいるサミュエルも、今この瞬間だけは不安そうな表情を垣間見せている。アンリは言うに及ばず、普段からブサの世話役を押し付けられ気味のリュシアンもまた然り。パーティーリーダーであるロランだけはまだ落ち着いた様子を見せているが、その内心は定かでは無い。
相変わらずミチミチと異音を響かせながら呻くブサの体から、少しずつ毛が抜け始める。「ブサの毛が!?」と慌てふためくアンリが、テーブルに散った毛を集めてはハンカチに包んでいるが、一体何の為なのか。
少しずつ地肌の見え始めたブサに若干引き気味になりつつも、大人しく――とある人物だけは除外するが――見守る姿勢を崩さない。
「ン?」
「……どうしたぁ?」
「……何か、顔が変わって来てないカ?」
「「「「顔(ぉ)?」」」」
ジッと見つめる。
「いつも通りのぶさいく「違ウ」……おぅ」
そして気付く。少しずつ猫の顔が人間っぽくなっている事に。
ついでに音も変化して来ている。ミチミチから、骨が擦れ合うようなゴリゴリという鈍い音も追加されていた。体もビクビクと反射で動いているのかと思えば、骨自体が動いているように見える。
正直なところ、非常に気持ち悪い光景だ。
全身を作り変えられる痛みに白目を剥いてビクビクと痙攣するブサ。だが、苦痛を取り除きたくても不可能である。
回復薬を与えれば痛みは無くなるが、同時に解呪薬の効果が無くなってしまう。痛みの原因が解呪薬であるからだ。結果、回復薬が解呪薬に作用し、解呪薬が中和されて痛みが無くなる=効果も無くなる、となる。
ちなみに、本来のやり方で少しずつ服用するようにしていれば、時間は掛かるが痛み自体は筋肉痛程度で済んでいた筈だ。苦しみ損としか言いようが無い。
「……そういえば」
「アンリ? どうした?」
「少々気になったのですが、ブサはこのまま人に戻るのでしょうか?」
「……テオドールさん、どうなんですか?」
「ふむ? 何を心配しているのか不明だが、少なくとも現状を見た限りでは解呪薬はしっかりと効果が出ているようだ。恐らく、このまま無事に人間の姿にはなると思うよ」
「あ、いえ。そういう事では無く……」
何かを考え込む様子のアンリ。その姿に首を傾げる面々。可愛さは皆無である。
何か躊躇っている様子のアンリだったが、心を決めたのか自身の内にあった疑問を口に出す。
「……このまま人の姿に戻った場合、ブサは服を着ているのでしょうか?」
「「「「あ゛」」」」
全員の視線がブサに向く。既に毛はまばらにしか残っていない。散った毛は全てアンリに確保されている。……本当に、何に使うつもりなのか。
まばらに生えた毛の間に見える地肌。体はかなり大きくなっている。いつの間にか前脚も形を変え、指のようなものがはっきりと確認出来るようになっていた。
このペースならば、あと十分程度で人の姿を取り戻せそうな気がする。
そして、ブサのいる場所はテーブルの上。このままでは全裸のおっさん・オン・ステージになってしまいかねない。
慌てて部屋を出て行くテオドールを見送る。とりあえず、シーツのようなものがあれば十分である。
目の前で刻一刻と姿を変えていくブサを恐々と見つめる。
頼むから、まだ人の姿には戻ってくれるな。
* * * * * * * * * *
「ブサ君は!?」
「まだだ!」
間一髪、テオドールが間に合った。リネン室から持って来たのであろうシーツのような布はサイズは十分である。
既に、頭部に髪の毛が生え始めているブサの全身を隠すようにシーツを覆い掛ける。
安堵に深く溜め息を吐く。
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、雑巾を引き裂くようなだみ声の猫の悲鳴が聞こえた。
視線がシーツに集まる。正確には、シーツの中にいるであろう人物に。
「……ブサ?」
恐る恐る、ロランが声を掛ける。
人になったブサは如何様な人物なのか。つい先日聞いた通りの人格なのか?
念の為に武器に手を掛けながら、シーツの中の人物の反応を待つ。
ゴソリ
シーツの中で動く気配。どうやら、倒れていた体勢から座った体勢へと動かしたらしい。しばらく沈黙が流れる。
「おい? ブサ?」
再度の呼び掛け。
シーツの中からは『グフフフフ……』という気持ちの悪い笑い声が漏れている。
どうやら、薬は無事に効果があったらしい。恐らく、人の姿に戻ってご満悦なのだろう。
そのままシーツを捲って出て来るような気配がしたので、慌ててシーツで一部を隠すように厳命する。見せたら切り落とすとも。
ゴソゴソと、シーツでしっかりと隠して見えた人の姿。
「……おっさんだな」
「あぁ、思っていた以上におっさんだったなぁ……」
「わ、私のブサが……!」
「お前のじゃ無ぇヨ」
「ふむ、思った以上に効果はあったようだね!」
シーツから現れたブサの容姿は、一言で表すと『おっさん』だった。
手を閉じたり開いたり、自身の体の調子を確かめるような仕草を見せるおっさん。だが、物凄い違和感を感じる場所に視線が引き寄せられる。
ピコピコ
猫耳である。
無精髭、ボサボサ頭、目付きは悪く、人相も悪い。ロラン達のような凶相では無いものの、詐欺師という職業を顔全体で表しているかのような面立ち。
そんな男の頭に猫耳が付いているのだ。胡散臭さは倍増である。それだけで無く……。
ベシッ
尻尾も。
獣人の中には当然おっさんもいるが、獣人の場合は基本的には獣的なものが外見に現れる為、ブサのようないかにも『おっさん』という見た目にはなり辛い。怖そう、と評される事は多々あるものの。
あまりにも残念過ぎるおっさんの外見に全員が溜め息を吐いたところで、最後の衝撃が走る。
「に゛ゃ――――」
部屋が凍った。
祝:人化(笑)
リアルに考えると、一瞬で効果が出る薬とか怖すぎます。性転換薬とか、幼児化とか成長薬とか。
骨格からして変わりますよね、絶対痛いと思うのですよ。ついでに、体が変化している間はゴキゴキバキバキとめっちゃ怖い音してると思うのですよ……。
動物に変化する魔法とか、あれも怖い。




