どうやら、ギルドの中での出来事らしい
美人さん登場。でも脇役です。
「猫さん、大丈夫ですか?」
そう言って猫に話し掛けて来たのは一人の女性だった。
中腰では無く、わざわざしゃがみ込んで話し掛けて来ている。それを見て取った猫は意識を朦朧とさせながらも首を伸ばす。
だが残念。パンツスタイルだ。猫の期待していたものは見られなかった。
「おぉ。よ! エステル、久しぶりだな」
「こんにちは、ロランさん。お久しぶりです。……それより、猫さんは大丈夫でしょうか?」
「んー、あー……どうなんだろうなぁ、コレ」
(美人だ、超絶美人だ……! くぉぉおおお! 今すぐ意識を取り戻すんだ、俺!)
クワッッ!!
「ぎなー(ご心配には及びませんよ、お嬢さん)」
誰だ貴様。
頭を打って、人格すら変わったのだろうか? いや、ただの色ボケなだけだ。
それよりも背後に気を付けた方が良いと思うのだが。
「良かった……っ! 無事だったんですね!!」
ぎゅぅぅぅぅぅ……っ!
(ギャァァァァァァァ!?)
残念ながら、今のセリフは女性のものではない。
筋肉祭で意識を失い、意識を取り戻したと思ったら、再び筋肉ムキムキの極悪面に力の限り抱き締められる。何の罰ゲームだろうか。
ご愁傷様。
しかし、猫の体からミシミシと音が聞こえているのは気のせい……ではなかった。ついでに体が少しずつ海老反りになってきているのだが、背骨は無事だろうか?
流石にロランが声を掛けて止めようとするも、アンリに止まる気配は無い。どうやら感極まっていて聞こえていないようだ。
そのまま海老反りの角度が深くなっていく……。
「アンリさん! そのままだとまた死んじゃいますよ!」
天の助け。しかし『また』とは何なのか。実はさっきは死んでいたとでも言うのか?
女性の言葉に気付き、腕の力を抜く。猫の口からフイゴのような音がした。
「あ、あぁ……すみませんエステルさん。つい、安心して腕に力が入ってしまいまして……」
「もう、気を付けて下さいね。アンリさんって結構力強いんですから」
「いや、結構ってレベルじゃねえだろ」
(ゴリラ超えてるだろ)
ロランと猫の思考は似通っていた。意外とこの男も苦労性だったりするのだろうか。顔は極悪面だが。
* * * * * * * * * *
「それで、本日は当ギルドにどう言ったご用件でしょうか?」
「依頼の完了報告に参りました。こちらが依頼人より預かった完遂証明書です。それと、道中で盗賊にも遭遇したのでそちらに関しても報告を」
「盗賊!? まさか、リュシアンさん達がいないのは……、見張りですか?」
改めて受け付けで双方向かい合い、エステル用件を尋ねる。
エステルは盗賊と聞いて一瞬焦った様子を見せたが、少し考えてすぐに正解に辿り着いた。この受付出来る。と、いうよりも慣れているのだろう。
「くっくっく……流石だなエステル。その通り、二人とも見張りだ。ついでに怪我一つしてねえから安心しろ」
「怪我するどころか、出番すら無かったんですけどね」
「ぶにゃぁー(おっさん無双してたしな)」
さり気なく会話に混ざってくる猫に一瞬視線が集まる、もすぐにその会話は再開された。
「出番が無かった? ですか? でも、襲撃されたんですよね??」
「はい、ですが……」「俺らの依頼人誰だったか知ってるか?」
「依頼人……」
説明しようとしたアンリを遮り、ロランが逆に問いを投げかける。その視線はエステルの手元を見ていた。
問われたエステルは先程渡された証明書の署名部分を改めて見直す。そして嘆息。
「……えー、と。また、でしょうか」
「はい。また、ですね」
「護衛の立場無えよな」
どうやらあのおっさんはこれまでにもやらかした事があるらしい。とても納得できる。
しかも『また』と言われる程に。おっさん自重しろ。
実は、これまでにギルドから数回テオドールに苦情が行ってはいるのだが、今まで改善された様子はない。本来であれば大問題なのだろうが、過去の実績もあり「テオドールだから」という理由で今はスルーされることとなった。知らずに護衛を引き受けた者にとっては悲劇である。
もっとも、例え怪我や荷物に被害があったとしても、「自分の責任だから」として自ら暴れた場合には一切の賠償をギルドや、護衛を受けたギルド員に求めないからこそ暗黙の了解として認められているのだろう。
手を出さずに被害が出そうになった場合は、やはり自ら手を出して被害を0にしてしまったりもするのだが。
そこで会話が止まる。
「ぐにゃ?(どうした?)」
空気を読まない猫。
しかし、そのおかげで再び会話が始まった。
「そういえば、その猫さんは一体どうなさったんですか?」
やっと、猫の事が話題になった。美人からの視線を受けて猫はご機嫌である。目はらんらんと輝き、今にも女性に跳び付きそうな程に。その様子をロランが胡散臭そうに眺めている。
何しろ未だに猫の体は、締め付けられてこそいないものの、アンリの腕から逃れられてはいないのだから。
「あぁ、この子は依頼の道中で拾ったんです。藪から、私達に駆け寄って来ましてね。少々怯え気味ではあったものの人馴れしているようですし。ひょっとしたら迷い猫か何かで捜索が出ているかと思いまして、報告ついでではありますがギルドに連れて来てみたんですよ」
「ぶっさいくな面してるから捨てられたのかもしれないけどな!」
「ふしゃ―――――!!(てめぇらには言われたくねぇよっ!!)」
最初に怯えていたのは何だったのか。不細工と言われて普通に威嚇する猫。適応能力が高くて羨ましい限りである。
「不細工なんて言ったら可哀想ですよ。猫さんも怒ってるじゃないですか。でも、そういう事だったんですね。ちょっと調べてみます……と、その前に」
軽く猫の擁護をしてから依頼がないかどうか調べるようだと思いきや、エステルが依頼書を探す手を止め、少し考える素振りを見せる。
「ちょっと、先に洗いませんか?その猫。汚れちゃったり、毛もくちゃくちゃだったりで依頼に出てる子か分からないかもしれませんし……」
「む、それもそうですね」
「私もうすぐ休憩なので、もし良かったら私がこの子を洗「私が洗いましょう。洗い場をお借りしても構いませんか?」い、ま……えっと、どうぞ?」
親切心で言ってくれたエステルの言葉を遮り、自分が洗うと言い出す極悪面。大人気ない事この上ない。
アンリの発言に、ロランも処置無しとばかりに手で顔を覆ったまま、天井を見上げて動かない。
そしてエステルの言葉を聞いて一瞬天国に昇りかけた猫は、一瞬で地獄へと叩き落される。チラッと見えた地獄の風景にテオドールが見えたような気がしたのは気のせいか? 猫のイメージだろうが、恐ろしい程に違和感を感じなかった。
「それでは、洗い場をお借りしますね」
一言エステルに断ってから猫を抱えたまま部屋を出て行こうとするアンリ。
必死に抵抗する猫。全く気付かないアンリ。ついに噛み付き始めた猫。くすぐったそうに笑いを零すアンリ……そして扉の向こうへを姿を消した。
「「「「「「…………」」」」」」
沈黙がその場を包む。
偶然居合わせてしまった男達は、顔を見合わせて戸惑い気味だ。扉に目を向けたまま気の毒そうな表情の者もチラホラ。
「あ、あの。猫さん、大丈夫、です、よ……ね?」
「多分、だ、大丈夫、なんじゃ? ねえ? かなぁ?」
「なんで疑問系なんですか。こっちを見て言って下さい、ロランさん」
ぴゅっぴ~♪
「ロランさん!」
『ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!』
絹を引き裂く……否、雑巾を引き千切るような悲鳴が扉の向こうから聞こえた後一切の音が止んだ。
ギルドの室内を緊張が包み込む。誰も一言も発しようとはしない。
重苦しい雰囲気だけが漂っていた。
ぴゅっぴ~♪
そろそろこの男を何とかしないといけませんね。




