どうやら、今日も平和らしい
生贄。
ブサとロラン達が王城へ行った翌日。ロラン達の姿はテオドールの店にあった。
「やぁ、お疲れ様。ブサ君の事について、何か分かったのかな?」
「あー、はい。色々と……」
テオドールの言葉に疲れたように答えるのはロランで、もう何も答えたく無いと真っ白に燃え尽きているのはリュシアンだ。
留守番をしていたサミュエルとアンリの二人。サミュエルはともかく、アンリの機嫌は悪かった。
「……ところで、アンリ君はどうしたんだい?」
「えーと、昨日連れて行かなかった事と、手紙の差出人からブサが自分の元に留まらないかと誘われた事を拗ねています」
室内の全員の視線を集めたアンリは、ムスッと口元を尖らせたまま、骨よ砕けろとばかりにブサを力強く抱き締めている。
口を尖らせているのはどこかのエルフと同じだが、顔立ちの違いでこうも印象が変わるものか。あちらを『あどけない美青年』と称するならば、こちらは『恐ろしい』という言葉だけでは言い表せない。怨霊、鬼神、悪魔……およそ人に害成す類の生き物の表情だろう。夜道で出会えば、全力逃亡は免れない。目を逸らしたいが、目を逸らせばその瞬間に己に襲い掛かって来そうな気さえする。
そしてもう一人、否、もう一匹視線を集める者がいた。アンリに抱き締められているブサだ。
ギッチリと捕獲されているブサに逃げる術は無く、口を半開きにさせて魂を半分抜け出させたままプラプラと下半身を揺らすのみであった。何も見えていない表情が怖い。誰か、助けれ。
「失礼致します。お茶をお持ち致しました」
ノックの後の応えに、静かに入って来たのはいつぞやのデジレという使用人だ。
彼の姿を認めたブサの目が、微かに光を取り戻す。一縷の望みを懸けてデジレへと向けた瞳は、彼の登場を幸いとばかりに再開された話に一瞬で掻き消されてしまった。
(……そろそろ、しにそう……です……みが、でる……っ!)
いよいよ色んなものを諦めかけたブサだったが、やはり救いの手を差し伸べる者は居た。デジレだ。
テオドールさえも見ない振りをしていたというのに、一瞬でブサの体を奪い取り、手には熱いお茶を握らせたデジレは一体何者なのだろうか。
何気無くアンリに持たせたお茶は、カップの縁ギリギリまでお茶が注がれている為にアンリも身動きが取れない。零さないようにするので手一杯だ。
その隙にブサを介抱し、ソファにクッションを敷き詰め、居心地の良い空間を同時進行で作り上げる。優しくその上に置かれた時には、テーブルの上にはブサ用のミルクとお気に入りのジャーキーも用意されていた。
「ぎな?(あなたが神か?)」
「いいえ、私はただの使用人です」
何故通じている。
* * * * * * * * * *
使用人の退室後、グダグダになりかけた空気を入れ替えて、――退室する前にテオドールが、デジレに懇々とお説教されていた事は見なかったものとする――昨日聞いた内容をこの場の全員で共有する。
ある程度はサミュエルとアンリにも話してあったが、色々と疲れる出来事があった為に昨日はざっくりとした内容しか話していなかった。よって、詳しく聞くのはアンリ達もこの時が始めてだ。
まずは手紙の差出人の正体。そしてブサの前世。今のブサの姿に至った経緯。
途中、イアサントがブサに自分の元へ留まるようにと誘ったと言った時には、アンリから物凄い殺気が漏れた。ブサの尻尾が全力で膨らんだ。昨日に引き続き、ブサの体は『モッサヮモサヮ』である。尻尾の膨らんだ状態はどちらが胴体か分からない。頭が付いている方が胴体と判別するのみである。
「アンリ」
「……っ、すみません、つい……。では、そのエルフはブサの前世の知人という事で間違いありませんね?」
「後輩な」
「それで、その知人は以前に会った真偽官の方。あの場でブサを発見したが故に、今回接触を図ってきたという事でよろしいでしょうか」
「だから後輩……もう良い……」
「はいその知人が言うには、ブサの前世は知人と共に……その、詐欺師であったと。ですが、二度と関わりたくないあの男に殺され、この世界に転生したという事ですね?」
「そうらしい」「そうなるナ」
ふむ、と考え込むテオドール。今になって思えばブサの適当さや真面目に働くという気概の無さは、ある種の盗賊連中にも通ずるところがある。もっとも、それらは既に殲滅済みだが。
見敵必殺、百害あって一理なし。商人となる前にも度々殲滅した盗賊達の多くは『欲しいなら奪えば良い』という考え方で、奪われる側の気持ちになった事は無い。しかし、いざ奪われようとする段になると、途端に命乞いをし、テオドールに憐れみを請うのだ。『反省』している、と言いながら。
商人になってから出会った詐欺師も同様である。
それらとブサの思考回路は似ている所があると以前から感じていた。すなわち『奪われるのが悪い』『騙されるのが悪い』と。自身が『殺された』事には怒りを顕にしていたが、ロランが自分達に説明している間も過去の行いを反省するでも無く、不貞腐れた態度で尻尾を振り回していた。
ふむ、ともう一度唸る。
「それで、ロラン君達はブサ君をどうするつもりだい?」
「そんなの決まって「アンリ、ちょっと黙れ」ロラン!?」
「リーダーは俺だ。もう一度言う。『黙れ』」
「……はい」
全員の視線がブサに向く。
ゾワリと逆立つ毛。自身を見つめるテオドールとロラン達の目は冷たい。唯一、アンリだけは若干の戸惑いを見せていたが。
「なぁ、ブサ」
「ぎ、ぎなぅ……?(な、なんだよ……?)」
「俺らにとっては、犯罪者は敵だ。少なくとも、俺は犯罪者を憎んでいる。だからこそ、お前の正直な意見を聞かせろ。お前は、俺達の、敵か?」
いつの間にか、ソファの後ろに立っていたサミュエルの手に握られたナイフがブサの首筋を狙っている。同時に、隣に座るリュシアンの手にも無骨なナイフが握られていたが見えた。恐らく、ロランの手にもあるのだろう。
上から見下ろされて感じる圧迫感。以前のギルドの尋問で感じた殺気とは桁違いの殺意。
息をするのが辛い。勝手に体が震え出す。その癖に、自分で動かそうと思ってもどこも動かす事が出来ない。
「答えないのか?」
ロランの言葉に必死に答えようとするが、口元が震えるばかりで声が出ない。舌が口内に張り付いているのが分かる。何を言いたいのか、どう言えば正解なのか、必死に頭を動かす。
焦れば焦る程に状況は悪くなっていく。ロランがブサを追い詰める程にじりじりと近付くナイフの刃先が、チクリとブサの肉に触れた時やっと声が出た。
「ぴにゃぁっ!!(ちぎゃうっ!!)」
沈黙。
「……ぶほっ!」
(……は?)
突如噴き出したサミュエルによって場の雰囲気は一新された。次々に腹を折って笑い出す面々。突き付けられていた筈のナイフはもう無い。
先程までの緊迫した空気は何処に行ったのか。
俯いて動かなくなる者、笑い過ぎて酸欠になっている者、机を叩き過ぎて手が真っ赤になっている者……様々である。
唖然としたブサが全員を見比べ、どうやら謀られたようだと判断する。
「ぎにゃぁっ!!(てめぇら、騙しやがったな!!)」
「ふ……く……っ! い~やいやぁ……? てめぇは所詮小悪党だろうがよぉ? それに、前世は知らんが今のお前に何が出来るってんだぁ? んん??」
「『ぴにゃぁ』っつったゾ……!『ぴにゃぁ』っテ……!!」
「ふしゃぁぁ!!(文句あんのが、ごるぁぁ!!)」
「ふくく……っ! ま、まぁ、ブサ君の性格では人は殺せないだろうからね……それ、は……っぐふ……!」
「しぎゃぁぁぁ!!(ヘタレで悪かったなぁぁぁ!!)」
「……ゲホッ、す、すみません……ロランがどうしてもって……っ!」
「かっはぁぁぁぁ!!(てめぇも笑ってんじゃねぇぇぇぇ!!)」
「……っぷ……! ま、お前程度じゃ、俺らの敵にはならないだろうしな」
「きしゃぁぁぁぁぁ!!(舐めてんじゃ無ぇぞぉぉぉぉぉ!!)」
ロラン達から掛けられる言葉に律儀に言い返すブサ。
もちろん、さっきから言い返している内容は全く伝わっていないが、ブサが喚き散らしている内容が八つ当たりであろう事は、ロラン達は百も承知である。
「とはいえ……」
(ぁあん!?)
「てめぇが本気で敵になるってんなら、覚悟しろよ……?」
全員がギラリと目を光らせ、ついでに獲物も光らせ、ニヤリと笑む姿は何ともボスクラスである。テオドールも指をバキリ、バキリと鳴らしながら非常に良い笑顔だ。友好的気配は皆無である。
玄関開けたら魔王が四天王連れて仁王立ちしていました、などと突飛な感想が思い浮かんだ。
「……ひょにゃぅ……(……ひゃい……)」
全面降伏するしか道は無い。
勝てません。
明日は猫又公開日の為お休みです。次話は13日となります。




