どうやら、俺は普通()の猫だったらしい
低反発猫。
所謂神の領域で、犬山が神から聞かされた内容はこんなところだ。もちろんこれが全てでは無いが……。
その後、補足的な説明として、ブサには戦闘に役立つ能力的なものは皆無である事。
知識に関しても元の知識に準ずるので、猿渡が知らない事はブサも知らない。この世界に関する知識はそもそも、ゼロからのスタートだ。
「つまり……」
「「つまり(リ)?」」
「今の先輩はただの猫でしかありません」
「「だろうな(ナ)」」
むしろ、猫以外の何だと言うのか。……毛玉か?
「ぎなっ! ぎにゃぁっ!!(ふざけんなっ! 何時までも猫でいられるかっ!!)」
「そういえば、知人に解呪薬の作成を頼んでいるんだが、それは効果はあるのか?」
「んー……多分、効果はある筈、です。ただし、通常よりも効果は下がると思いますが。何しろ、先輩の現状はある意味『神の呪い』ですので。解呪用の魔道具を使ったとしても、通常よりも効果は低いと思いますよ」
イアサントの言葉はブサにとって最悪としか思えないものであった。
ブサにチートは無い事が明言され、解呪も本来の効果よりも低くなると言う。それに、人に戻ればチート能力に目覚めるという願望も、今、潰えたのだ。
四つん這いで意気消沈する。ブサは元々四つ足だが。
「先輩が望むなら、僕が先輩を保護しますよ? やはり行動の制限はありますが、少なくとも生活に困窮する事はありません。衣食住……先輩の場合は衣は必要無いでしょうけど、それらは保障されます」
(それも、良いかもな……)
この時点でブサのチートで異世界エンジョイ勢になる物語は完全に断たれた。
半分自暴自棄になりながらイアサントの提案に同意しかける。先程もイアサントが言っていたが、融通が利くというのなら美人のメイドさんといちゃいちゃする事も可能かもしれない。猫の体である事は非常に残念だが……。
それに、犬山某の事は未だに思い出せないが、少なくとも自分の事を慕っているようでもあるし、多分自分の事を悪いようにはしないだろう。何よりブサ念願のエルフ、美人と同棲……
「言っとくが、そいつ男だぞ」
「ぎな(帰る)」
「……それ、何か関係あるんでしょうか?」
「ブサは無類の女好きだ。あんたは見た目だけなら女にしか見えないし、そうなると不埒な行動に出かねない。そいつの無駄な行動力を舐めんなよ?」
「夜中に寝込みを襲われる可能性もあるゾ? その後、間違い無く理不尽な八つ当たりをされル。女で無かった事についてナ」
「……先輩ってば、本当に変わりませんね……。それにしても、まさか僕の事を女性と勘違いしているとは思いませんでしたが。名前だってきちんと男性名ですよ?」
「ぶなぅ(知るか)」
「こいつは昔から女によわk……だらしなかったのカ?」
「はい」
どキッパリ。
イアサントが男と分かった瞬間に、あっさりとここに残る選択肢を投げ捨てるブサの女好きは救いようの無いレベルだ。男と同棲なんてお断りである。
そしてリュシアン、何故言い直したし。
「あんたにゃ悪いが、今の所こいつはあんたの世話になるつもりは無いみたいだな。だがもし、俺らに何かあった際にはあんたにブサの事を頼みたい。虫の良い話だが……頼めるか?」
「……はい、万が一の際は僕が先輩を預かりますので、ご安心下さい! 女好きで、性格破綻してて中二病で、ニートまっしぐらな先輩ですけど、前世でお世話になったのは間違い無いので!!」
「だから、それ褒めてねぇってノ」
「知ってます!!」
「「知ってんのかよ(ヨ)!?」」
「わざとです!!」
「「だろうな(ナ)!!」」
吐く言葉は邪気に塗れているが、笑顔に邪気は欠片も見られない。まったく、イケメンとは得である。ロラン達の場合は、誠実な言葉でさえも曲解されたり疑われたりするというのに……。
世の不条理さに唾を吐きたくなりつつ、ブサを見ると……イアサントの膝の上でピクピクと痙攣していた。
「「…………」」
「先輩、寝ちゃったみたいですね?」
「いや、明らかに外的要因があるだろ、コレ」
ブサに近付き、ぐったりとした体を持ち上げる。両脇に手を差し込んで、プラーンとぶら下げるが白目を剥いたまま何の反応も示さない。その口元にはクッキーのカス。
テーブルの上を見る。ブサの手が届く位置にはクッキーの載った皿。自分達の前に置かれた物とは明らかに異なる。何というか……形が歪というか、素人の手作り感に溢れている。
「そのクッキーは、誰が?」
「僕です。今日先輩が来られる約束だったので、頑張りました!」
ニッコリ、ニパニパ。
イケメンの笑顔には騙されない。ちなみにこれは嫉妬からでは無い。
既に、ロラン達にはクッキーが得体の知れないモノにしか見えなくなっていた。これこそがブサを昏倒させた原因のブツである筈だ。
試しに各自一枚ずつ手に取る。まずは匂いを嗅ぐが、普通のクッキーだ。バターの甘い香り。それをほんの少しだけ、それこそ小指の爪よりも小さく齧り取る。
「「おぅえっふ……!?」」
口に入れると途端に漂うおっさん臭。口に入れる前はクッキーの甘い香りしかしなかったのに、唾液と反応しておっさん臭と化すコレは一体何なのか? 甘みは皆無。甘い香りも、その余韻も綺麗に失せていた。口の中がひたすらに辛い。
口から吐き出したくても、口に入れた瞬間に粉状になってしまった為に吐き出す事が出来ない。その上で口内に張り付いて離れない謎使用。慌てて茶を口に流し込むが、茶の風味をいとも容易く消し去るおっさん臭。手強すぎる。先日の魔獣討伐よりも余程こちらの方が強敵だ。
これは、明らかに、クッキーでは、無い。
「ぎ、なぁ……(もうお前……料理すん、な……)」
「あははっ、僕って何故か料理だけは苦手なんですよねぇ」
なら何故作ったし。苦手と言うレベルを遥かに通り越している。
「だって、命令が無い限りずっと建物から出られないんだよ? 料理位しか、暇を潰せそうな物が無いんだよ……」
「だからって、ダークマターを作るなよ!」
「失礼な事を言わないで下さい! 僕が料理を作る度に大人気なんですよ!?」
「「誰にだ(ダ)!?」」「ぐ、にゃぁ……(誰か、水を……)」
「厨房の方とかメイドさんとかですね」「ぎ、にゃ……(早く、たの、む……)」
「「何でだ(ダ)!」」
「ねずみや害虫駆除に最適だそうです!!」
「「んなもん食わせてんじゃねぇよ(ヨ)!!」」「ぎじゃぁぁぁぁぁ!!(てめぇが食えやぁぁぁぁぁ!!)」
欲しがる人間の気が知れない、と思ったらちゃんとオチが待っていた。まさかの駆除用である。ゴキ○リすらも一撃必殺との事。是非とも欲しい……では無く、そんなものを他猫に食べさせないで欲しい。
イアサントの言葉にカッ! を目を見開くブサ。
復讐するは我にあり!! と叫ぶと、――もちろん、猫語である――目を血走らせながらクッキーを渾身の力でイアサントの口にシュゥゥゥゥッ!!
見事クッキーは口の中へ飛び込んで行った。
てめぇも苦しめ! と鼻息荒く見つめるが、当の本人はケロッとした顔で普通に咀嚼し、飲み込む。苦しむ気配は皆無。ロラン達も無言で見つめる。
サクサクという音だけが空間に響く。粉状になっている筈なのに、何故音がするのか。
「「「…………」」」
「ん? どうしました?」
「「……いや、もう何でも無い(イ)」」「ぎにゃぁ……(こいつ、もう嫌ぁぁ……)」
最後の最後に心をへし折られたブサとロラン達。涙目のブサを抱えて、大人しく建物を後にする。
建物の入り口まで見送りに来たイアサントに別れを告げると、部屋の外で正座待機していたアシルに率いられて城門へと向かう。
久しぶりに知人に会えた嬉しさと、別れの寂しさを感じながらポツリと呟く。
「あ、先輩の能力について言うの忘れてた……。……ま、いっか! あ、そうだ。クッキー作ったんだけど、君達も食べる?」
「「「「「やめて下さい。死んでしまいます」」」」」
ゴ○ブリをも一撃確殺するクッキーなど食べたくない。
護衛達の綺麗に揃った拒絶に口を尖らせるイアサントだが、そうすると途端にあどけない雰囲気になる。この苦ッ奇ーの作り手とは思えない。まったく、イケメンとは得なものだ。
だからと言って、全てが許される訳ではないが。
とは言え、食材を無駄にしている訳でも無いので、苦情を言うにも言えないジレンマだけが募る日々である。
口に入った瞬間に焦げの味がするシチューは作りました。若さ故の失敗です。大人しくルーを使う方が確実だと学びました。
そしてブサは普通()の猫です。イアサントが言い忘れた能力については後ほど。




