どうやら、ギルドへ向かうらしい
ファンタジーのお約束、回復薬の登場です。
ぐったり
(ひどいめにあった……ぜ……)
全身の力を抜き、腕に掛けられた毛皮のマフラーの如くアンリの腕からぶら下がる猫。マフラーにしてはかなりみすぼらしい、と言えるが。むしろ、洗った後の雑巾というべきか。
それは置いといて、この猫にはかなりの重量がある。それを気軽に、ただの毛皮のように腕に掛けていられるというのは、やはりアンリの凄いところだろう。
この男、魔法使いではあるが体もしっかり鍛えているのだ。むしろ鍛えすぎじゃないか、と思う人間の方が多いだろうが。
ついでに言うとアンリは魔法使い(物理)ではない。正統派の魔法使いだ。
そう考えると、この全身を覆う筋肉は何なのか。実は魔力を実体化させている、とでも言うのだろうか。……恐らくは完全なる自前だろう。極悪面筋肉魔法使いである。
(ちょ、おぇ……っ。ぅぐっ、揺ら、すな……っ! あ、もう無理)
そんな状態の男をよそに、アンリ自身は鼻歌すら歌いだしそうな程にご機嫌であった。
なぜなら、すでにテオドールとは別れてギルドへ向かっている最中だからだ。テオドールがいない=猫を独り占めできるのだから。
たとえ、猫が瀕死に向かいつつも。いや、実は全く気付いていないのだが。
浮かれすぎていてついに猫の口から魂が抜けかけている事に気付いていない。そして、その事を周囲の人間にヒソヒソされている事にも。……もう少し周りに目を向けるべきだと思う。
だが、まず真っ先に自分の腕の中の物体に目を向けてあげて欲しい。
猫の受難はまだまだ続く……。
* * * * * * * * * *
カラン……
人が入って来る事を知らせるためにドアに付けられたベルが軽やかになり、とても機嫌の良さそうな人物が室内に入って来る。新たな闖入者に室内の机や椅子を占拠し屯っていた者達が、威圧するかのように一斉にドアへ視線を向ける。
そして、次の瞬間一斉に逸らされた。ヘタレどもが。
未だに入ってきた男に視線を向けているのは、そもそも男の知人か、男の待ち人だ。
「よぉ、アンリ! やぁっと帰って来たんだってなぁ! 約二カ月ぶりか、ひっさしぶりだなぁ!」
「お久しぶりですね、アベル。以前の怪我はもう大丈夫ですか?」
「ぶははっ! 怪我っつっても、もう四ヶ月も前だぜぇ!? すっかり治ってるっつぅの!」
「それは良かったです。貴方がいなくなっては私も寂しいですからね」
随分と親しそうな人物だ。名をアベルというらしい。
この男もまた、アンリに匹敵する筋肉と上背の持ち主だ。上半身裸の右肩から左の脇腹までを走る傷跡と、腕の付け根をぐるりと一周する傷跡が痛々しい。それ以外にもかなりの傷があるが、最も目立つのはその二つか。……いや、今顔を上げた拍子に見えた傷が一番痛々しいだろうか。
何しろ首を横一文字に切り裂いたような後なのだから。むしろ、これは致命傷だったのではないだろうか?
だが、現在元気そうにしている事が全ての事実を示しているのだろう。
「ところでよ」
「? どうかしましたか?」
「なんで腕に雑巾なんぞ引っ掛けてるんだ?」
他人から見た目で雑巾指定された猫であった。
「雑巾ですか? 雑巾なんて持っては……っ!?」
完全にグッタリとしたまま動かなくなっている猫の姿を見て途端に慌て出す。もっと早くに気付いて欲しかったものだ。すでに半透明の物体が猫の口から見えているが……手遅れでない事を祈ろう。
「おい、アンリ遅ぇぞ! 人を待たせておいて、何をノンビリおしゃべりしてんだよ」
「うるさいですよ、ロラン! 今はそれどころではありません!!」
「お、おいおいアンリ。急に何を焦ってんだ?」
「すみませんアベル、話はまた後ほど。ロラン! 袋から回復薬を出して下さい! 早く!!」
「は? ちょ、おま……って、ブサ猫!? おい、何があった!」
「分かりません。気付いたらこんな姿に……っ」
ここではっきり言っておこう。
今回の被害に関しての加害率としてはテオドールが60%、アンリが40%だ。テオドールの方が率が高いのはお察しである。だが、アンリ。お前も割りと大概だ。
原因としてはむくつけき男どもに抱き締められたり、撫で回されたり、頬擦りされたり、匂いを嗅がれたり、キスを迫られそうになったり(ギリギリ死守した)、抱えあげたままクルクルとその場で回り始めたりされた事だろう。むごすぎる。
ついでに言うならば『クルクル』とは表記したものの、実際は「ゴ――!」と音がしそうな速度だった。回っている間猫の体はくの字に曲がっていた。
「ロラン! 早くっ!!」
「お、おぅ……っ」
チラチラと横目で猫の様子を伺いつつ、がさごそと袋を漁るロラン。どうやら見つけたらしい回復薬をアンリに手渡す。
ギルド内に居たそれを目にした者達が一斉にどよめく。回復剤を見た反応ではない、……ひょっとすると毒ではないのだろうか。
「さぁ、これを飲みなさい……っ!」
左腕で猫の体を支え、右手にビンを持つ。はて、両手が塞がっているようだが、一体どうやってビンを……
キュバッ!
アンリの右手の親指がビンの蓋に添えられると、スッと横にスライドする。その瞬間ビンを開けたとは思えない音を発して蓋が真上に飛ぶ。
何となくアンリ達の行動を見ていた他の男達の視線が、思わず蓋を追う。
カッ! パラ……ッ
落ちてくる気配はない。どうやら天井に刺さったようである。いつからコルクは天井に刺さるようになったのか。思いがけずそれを目撃してしまった者達が揃って白目を剥いていく。
辛うじて白目を免れた者達も頭を押さえたり、目を擦ったり二度見したりと忙しい。
「さぁ、早く薬を」
アンリが薬を飲ませようとするのを、じっと見守るロラン。どうやら得体の知れない液体は薬で合っていたらしい。
それならば先程の男達の反応は何なのか? 答えはすぐに出た。
ごきゅぶべはぁ……っ!! ……っ!!?
さっきまで明らかに瀕死だった猫が元気良く起き上がる。そしてその勢いのままに室内を走り回り、転げ回る。
すっかり元気になったようで何よりだ。
……口から泡を吹いているのは気のせいだろう。気のせいったら、気のせいだ。
ガヅッ!!
…………ぱたり
「「猫ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
悲痛な声で叫ぶアンリとロラン。だが気付け。この惨状はお前達こそが原因だ。あとはこの場に居ないテオドールの。
壁に頭をぶつけた後、ピクッピクッ、と細かく震え続ける猫。
その姿を見て、回復薬を飲んだことのある男達は揃って顔を青褪めさせたり、肩を抱きかかえるようにして蹲り震え始めたり、「思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな……」と呪詛のように呟き続ける。
ただ、口から出ていた半透明の物体は猫の体に戻って行ったようなので、効果としてはしっかりあったのだろう、と思う。
だが、その後に再び意識を失うのでは回復薬としては、どうなのだろうか? と疑問に思うところであった。
「あの、その猫さん。大丈夫でしょうか?」
そんなカオスな空間の中、フッ、と春風が吹くかのように麗しい声が室内の淀みを吹き飛ばす。
「……ぎなぁ?(……ぅ、ぅうん……?)」
「あ、気付いたみたいですね。猫さん、大丈夫ですか?」
目を覚ました猫が目にしたものは女神だった。
ただ治るはずがない、という罠。
苦味とえぐ味、酸味に辛味ついでに臭味にほんのり甘味を絶妙ブレンドという設定。
色が濃いほど効果は上がる、が味もお察しです。
今回使用したのは1~10のランクの内(1が最低)4です。割りと高価だったり。4~6が虎の子レベル。低ランクギルド員だと1~2が何とか買えるくらい?
その内、金銭事情もきっちり設定しないといけませんかね。森の中なら楽なんですがorz




