フェーズ1 混乱
どれだけ、意識が無かったのだろうか――――。
某年某月某日 某海域
「はぐぅ....」
「ゆきかぜ」艦長の三島1佐は何とも間の抜けた声を上げながら立ち上がった。
あたりを見回すと、艦橋要員がバラバラの方向に倒れていた。
確か前方方向に閃光を確認して、反射的にしゃがんだ瞬間に艦が大きく揺さぶられて....。
とにかく、まずはこの艦の心配をせねばならない。
「各部損害報告!急げ!」
気を失っていた乗組員達を手っ取り早く起こすのはこの手だ。
マイクを取るなり怒鳴った一言で、「ゆきかぜ」がしばらくの眠りから解き放たれた。
倒れていた乗組員達は怒号に飛び起きるや否や、自分達の持ち場が無事であるか駆け出した。
ここ艦橋も同様に、耳元に響き渡る三島の声を反響させながらスタッフ達が慌てて自分の役職を果たそうとしだした。
〈こちら機関室、エンジンやタービン等に問題なし!航行に支障はありません!〉
1番報告が早かったのは機関科だった。流石は歴戦の機関長、古川3佐が鍛えた乗組員達である。行動が早かった。
その後も各部から報告が入る。最初のうちは問題なし、という報告ばかりだったが、通信関係の部署から入った報告が事態を一変させた。
「通信長より、衛星を介した通信システムダウン!「シリウス」システム(自衛隊全部隊戦闘情報共有システム)とのリンクも切断されています!」
「レーダーは!」
三島の頭によぎったのは「雷サージ」であった。落雷の際に発生する物で、雷から多少離れても電子機器が被害を受ける事がある。
先ほど見たのは落雷だったのか。
そう思い、同じく電子機器の塊であるレーダーの状況を確かめた。
しかし帰ってきた言葉は、
〈レーダーに損傷なし、システムに問題ありません〉
CICにいたレーダー担当士官が静かに、しかしながら微かに震えた声で答えた。
では一体、なぜ衛星関係のシステムのみダウンしたのか。
その時、その疑問の大きなヒントが飛び込んできた。
「東京、及び各基地との通信途絶!東シナ海の護衛艦群とも連絡つきません!」
「まさか....」
三島にはある可能性が浮かんでいた。絶対にあってはならないはずの可能性が。
(漫画や小説の世界じゃあるまいし、有り得ない....とも言えない状況だ)
三島の頭がフル回転している間も続々と報告が入ってくる。
「後方に2隻確認! 「ましゅう」と「さつま」です!」
「「ましゅう」と「さつま」より通信! 両艦共に衛星関係システムダウン!」
この報告が、三島の頭を「無いはずの」ある可能性へ一気に傾かせた。
「俺達がいるのは、」
「現代、ではない....?」
まさか、という声が近く聞こえた。
発したのは津田2佐だった。
「現代じゃないとしたら、いつなんですか」
その質問はごく真っ当なものだった。
3隻共に衛星関係システムが使えないのに、レーダーは問題なく運用出来る。つまりこの艦の通信機器は問題がない。
と、言うことは衛星側に問題があると考えるのが妥当だ。
それに通常の通信ですら、友軍艦艇との接続は不可能。衛星を使わずに済むため、関係ないだろうと思われるシステムだ。
それすら使い物にならない。という事は....。
そして、現実はいきなり三島たちの耳に叩きつけられた。
「「ましゅう」の後方20㌔の海域に艦影あり、大多数の艦隊です」
「「ましゅう」見張り員より! 「空母6、大型艦4、駆逐艦多数認む」との事です!」
1箇所に空母が6隻に大型艦が4隻。そしてその周りには駆逐艦が多数。現代の海軍では過去の遺産となる運用だった。
そして、過去にその運用をやってのけた海軍が存在する。
「「ましゅう」のライブカメラに艦隊映りました。最大倍率で出します」
スクリーン使用になっている艦橋の天井に映し出された艦隊の映像を見ながら、三島は全ての脳機能を使って絞り出したその艦隊の名を声に出した。
「大日本帝国海軍、第一航空艦隊....。そして空母を1箇所で6隻同時に稼働させたのは....」
「昭和16年冬....、真珠湾攻撃直前だ」
三島の口から出た言葉は、艦橋要員全員を根本的に打ちのめすのには十分すぎたのだった。
「ましゅう」の見張り員が見たものは、
第一航空艦隊、航空母艦「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「瑞鶴」「翔鶴」の6隻と、戦艦「比叡」「霧島」の2隻、重巡洋艦「利根」「筑摩」の2隻、軽巡洋艦「阿武隈」、駆逐艦「谷風」「浦風」「浜風」「磯風」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」の8隻、合計18隻(更には潜水艇や給油艦も同行している)からなる、世界初の空母機動部隊の姿だった。
「確かに、真珠湾攻撃の部隊編成だ」
三島は自分に言い聞かせるように、大学時代に詰め込んだ知識を呟いた。
1941年、12月7日。
大日本帝国海軍第一航空艦隊と、海上自衛隊「ましゅう」「さつま」「ゆきかぜ」の3隻は、ハワイ諸島の北西、650㌔の海上にいた。