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精霊とネックレス

 昨夜はいつもなら寝る時間に盗賊の捕縛、さらには楽しい深夜の酒場。おかげで、ちょっとばかり寝坊してしまった朝のこと。


「じゃあ、試してみるかのぅ」

「そうだな」

 ティンクルスとクロードは自室の丸テーブルを囲み、陽を浴びて、黒く透けてきらめくネックレスを見つめた。

 おそらく、女神像と同じ魔物の体で出来た玉だ。似た文様も刻まれている。クロードも「何かいるのはわかる」とうなずく。


 ティンクルスはごくりとのどを鳴らすと、首にかけていた細い鎖をするりと引きだした。

 その先には、装飾された金の持ち手に、小指の先ほどに小さいながらも竜の牙がついている。これは若き日の老魔術師が竜人語の解読に成功したとき、父王からもらった唯一の贈物――彼にとって、とても大切な物だ。

 ネックレスを持つと、ティンクルスは裏側の目立たない部分を削り始めた。


「ふぉ!?」

 ぶわり、わずかに削れた玉から、風に似た何かが現れた。それは体の周りを勢いよく駆けめぐり、部屋を飛び跳ね舞い踊る。

 しかし、それがティンクルスの体を傷つけることはなく、部屋をそよとも乱しもしない。


「精霊だ……喜んでる。ティンクに、感謝してる」

 宙を見まわすクロードが、つぶやきながら穏やかに笑う。

「そう、か……よかった、よかったのぅ」

 精霊はよほど嬉しかったのだろう。心弾むような気配がティンクルスにも伝わってくる。囚われて千年――彼らにとってどれほどの長さと感じるのか、それはわからない。が、大きな大きな喜びだ。

 精霊が消えるまで、長い間、老魔術師は目をつむり、ただただ気配に心をゆだねていた。



「ところでクロードよ。あの精霊は、たとえばこの玉のこととか、何か話してくれなかったかのぅ?」

「いや、ずいぶん喜んで、はしゃいでたしな。気が向いたら話しに来るだろ」

「そういうもんかの……」

 当然といった感じでうなずくクロードを見て、ティンクルスはちょっとだけ肩を落とした。


 精霊を解放できたなら、他に囚われている仲間たちはどこにいるのか、なぜ彼らは囚われたのか、こうしたことがわかるかも、と少し期待していたのだ。

 まあ、精霊は自由なのだろう。あまり周囲を気にしないようでもあるし、仕方ないとあきらめる。

 では、とティンクルスは腕を組んだ。


 女神像も、ネックレスも、同じ素材で出来ており、似たような文様も刻まれていた。女神像は竜人が建てた古代神殿にあり、竜人語で大精霊がいるとも書かれていたのだから、大精霊と精霊は、竜人の魔術で囚われたと見ていいだろう。

 大精霊の存在が感じられなくなったのは千年前、精霊が急に減ったのも千年前。この頃、竜人に囚われたのだろう。

 はるか昔、この地を支配していたという竜人。だが、その彼らもまた――消えた。しかも、こちらも千年ほど前のことと伝わっている。


「全部、千年前じゃのぅ……」

 むぅ、と唸ってみたものの、何が浮かぶわけでもない。解放していけば、話してくれる精霊もいるかもしれない。


「うむ。まずはこのネックレスじゃの」

 少し傷つけてしまったが、テーブルの上でネックレスはきらめいている。

 売っていた店の女性の、「大切にしてくれるなら」という寂しげな声。酒場での優しげな隊員の、「母さん、か」という苦い笑い……よし!

 やる気満々な顔になったティンクルスは、小さめの拳をぐっと握った。





「あの娘さんじゃの」

 ティンクルスは庶民街の路地から、向かいの食堂を覗いていた。ピタリと建物に張りつき、じぃっと窺う姿は実に怪しい。

「ティンク。そんなにくっつくと、手や顔が汚れるぞ」

 周囲の目など気にもせず、服すらも気に留めず、ティンクルスの身だけを気遣うクロードも、少しズレているかもしれない。


 今、二人が見ているのは、精霊が囚われていたネックレスの、元の持ち主だ。

『あのネックレスは、旦那様が奥様に贈られた、大切な品なんです。それをお嬢様が譲り受けて……』

 ネックレスを買う際、店の女性はこう言って、何かを思いだしたのだろう、懐かしげにほほ笑んだ。

 女性はかつて、中央街でも名の知れた商家に仕えていたという。けれどその商家は、扱っていた宝石が偽物だとわかり、信用を失って潰れてしまった。

 もしかして。


 ティンクルスはおっちょこちょいらしい隊員の話を思いだした。

 魔道具を用いるようになったことで、名の知れた商家が偽物を売っていたとわかり、大騒ぎになったという話だ。

 家政婦をしてくれている元女将に聞いてみると、やはりネックレスの元の持ち主は、この商家の娘であるらしい。

 娘は今、母と二人暮らし。商家の主人だった父はすでに亡くなったという。食堂で働きながら内職をし、病弱な母の面倒を見るいい娘さんだと、元女将は言った。

 そして。


『彼女、病弱なお母さんに気兼ねしてるのかな。結婚を承諾してくれないんだよ』

 これは昨晩、酒場で優しげな顔の隊員がもらした言葉だ。

 話を聞いていると、どうも隊員の恋人というのがこの娘らしい。二人の仲は良いと、彼女も結婚を嫌がっているようには見えないと、こちらは落ち着いた感じの隊員が請け負った。

『だから結婚を渋ってるのは、お母さんのことが理由かなと思って……』

 母は二人の付き合いを、反対している風ではないという。母娘の仲もいい。ただ、ときおり娘が母から目を逸らすことがあり、それが気になる、と優しげな隊員は顔を曇らせた。


 ここでまた、ティンクルスは店の女性の言葉を思いだした。

『奥様は、あなたが結婚式でこのネックレスをするのを楽しみにしてるわ、そうお嬢様におっしゃられました』

 だが、ネックレスは店にあった。きっと生活が苦しい時期があったのだろう。娘は仕方なく手放したのだろう。もしかすると、手元に残った父の唯一の形見だったかもしれない。それを母には内緒で売った。

 大切なネックレスを、娘は結婚式でつけることができない。きっと母は悲しむ。そう思い、結婚を承諾できないのではないか。


 他人から見ればただの綺麗なネックレス。けれど母娘にとっては大切な品。ティンクルスは首から下げた竜の牙をなでた。その気持ちはわかる。

 ならば、ネックレスがあれば解決するはず。というわけで、老魔術師はその真偽を確かめるべく、娘の様子を窺っていた。老婆心、いや、老爺心だろうか。


「お、娘さんじゃ」

 昼の混雑する時間を過ぎた頃、食堂から娘が出てきた。

「よ、よしっ」

「ティンク、もう少し待て。少し離れないと気づかれるかもしれない」

「お、おぉ、そうじゃの」

 クロードにたしなめられ、ティンクルスは踏みだした足を慌てて引っこめる。

 わし、まだまだじゃのぅ、などと首をふっているが、尾行に慣れている人間などそうはいないだろう。


 一本二本と奥へ進むと、娘は戸口と窓が一つだけある、小さな家へ入っていった。

 途中つまずき助けられつつ、そぉっと近づいたティンクルスは、ひょこりと窓から中を覗く。

 奥の部屋に、ベッドから起き上がった母らしき女性が見える。娘は忙しく家の中を歩きまわっている。家事をこなし、それから内職にも取りかかるのかもしれない。

 少しして。


「あの人とはどうなの? そろそろ結婚の話はないの?」

「お母様ったら、またその話? ないわよ。私は今のままでも十分幸せだから、いいのよ」

 優しげな顔の隊員と、娘の話が食い違う。

「あの人も案外気が小さいのかしら。それで言いだせないのよ。ふふっ、早く結婚できるといいわね。あのネックレスをした花嫁姿が楽しみだわ」

 ベッドにいる母からは、娘の顔が見えないのだろう。彼女は寂しげにも、つらそうにも見えた。



「ということなんじゃ」

 警備隊舎を訪れたティンクルスは、優しげな隊員にこれまでのことを話し、ネックレスを差しだした。

「じゃからの、これを隊員さんが店から買ったことにして、娘さんに贈ればいいと思うんじゃ」

 娘の父が母に贈ったのも、結婚のときだったそうだ。だから今度は、隊員が娘に贈るのだ。


「でも、こんな高そうな物を……」

 優しげな隊員は受け取れないと首をふる。が、どれくらい経ったら払えるか、とティンクルスから買う気もあるらしい。


(じゃが、隊員さんが払うとなると……)

 店の女性に聞いたところ、精霊が囚われていた玉は、魔宝玉まほうだまとしては最上級なのだそうだ。おまけに装飾もすばらしい。いくら宝石より安いとはいえ、庶民がポンと買える値ではないとのこと。こちらは老侍従から聞いた。

 結婚となると、何かと入用らしい。警備隊員の懐事情はわからないが、母の面倒を見、娘にも楽をさせたいと思うなら、そう余裕はないのではないか。

 むぅ、とティンクルスは唸る。


「お、そうじゃ。わし、お金の代わりに頼みたいことがあるんじゃ。こういう玉や、これに似た物を見たら、教えてくれんかのぅ」

 警備隊員は街中を歩きまわり、さまざまな場所に顔を出す。クロードと二人で探すより、彼にも協力してもらえれば早く見つかるはず。

「え、でも、それだけじゃ……」

「わしにとって、とっても大切なことなんじゃ!」

 困惑している隊員に、ティンクルスはずずずぃっと迫る。


「いいじゃないか。そうしろよ」

 横から口を挟んだのは、落ち着いた感じの隊員だった。

「ティンクにとっては、金よりその玉に似た物を探すほうが大事なんだろ? 俺も見つけたら教える。他の隊員にも声かけとくよ」

「おぉぉ、いいのかのっ!?」


 ティンクルスはこの日、解放された精霊の喜び、落ち着いた感じの隊員の、仲間への厚意、優しげな隊員と娘の結婚などを思い浮かべ、一日中ほわほわと笑っていた。

「ティンク。笑ってないで、早く寝たほうがいいぞ」

 ゆえに、夜はなかなか寝つけなかった。



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