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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
83/88

老魔術師と収穫祭

 カラリと晴れた青空の下。老魔術師の両足はしっかりと畑を踏みしめ、前屈みになると、両手でニンジンの根本をわしづかむ。

 そして、腕に力をこめ……


「ふ、ふっ、ふぉっ?」

 すぽっ、とニンジンが抜けた勢いで、ぐっと体が反り返る。

 ティンクルスの目に映ったのは、澄みわたる空の青と、土にまみれながらも艶めくニンジン色の、鮮やかな対比――ガシリ。

 そして、後ろから支えてくれたクロードの心配顔だった。


「おじちゃん、だいじょぶか?」

「こら! おじちゃんじゃなくて、ティンクさんだろ。ティンクさん、俺たちが抜くから休んでていいよ!」

「バカね! ティンクさんもやりたいのよ。あ、ティンクさん、カボチャならヘタを切るだけだから、転ばなくていいかもしれませんよ」

 幼い男の子が、少し年上の少年が、一番年長の少女が、さまざまなことを気遣ってくれる。良くできた子供たちだ。


「ありがとう、のぅ」

 ティンクルスとしては嬉しくもあり、ちょっとだけ情けなくもあり。けれどやはり嬉しくて、ほわりと笑って素直にうなずく。

 今度は薬作りに使っている愛用のハサミを持ちだして、やる気満々、カボチャの畝へと向かっていった。



 ――今日は光の日。老魔術師の休日であり、待ちに待った収穫祭の日でもある。


 ティンクルスは今朝、早くに目が覚めて、まず青空を見てホッと胸をなで下ろした。雨では収穫ができない。逸る気持ちを抑えつつ中央街の神殿を訪れ、『おいしい野菜が採れますように』と心をこめて祈りを捧げる。

 それから、元女将とカボチャクッキーの作り方をおさらいすると昼食もそこそこに、つまずきつつ助けられつつ自由市場の裏の、この神殿へとやって来た。


「おじちゃん、ありがとー」

「ティンクさん、ありがと!」

 来た途端、子供たちが一斉に感謝の声を上げたのは、贈物の本を事前に届けたためだろう。

「みなはもう、本を読んだのかの?」

 ティンクルスがにっこり笑ってこう聞くと、小さな女の子の笑顔が縦に大きくゆれる。


「くろい犬って、ティンクルスさまのせいれいなんでしょ?」

「おお、それはティンクルス、様の大切なお友達じゃのぅ」

 この子供が読んだ本は、老魔術師も気に入った『ティンクルスさまのぼうけん』のようだ。

 うむうむ、と満足げにうなずくと、見上げてくる女の子の顔が斜めに傾いた。


「せいれいってどこにいるの? どうしたらお友だちになれるの? せいれいって犬なの? 犬でもお話できるんでしょ? まほうつかいの犬がせいれいなの?」

 ものすごく精霊に興味を持ったらしい。目を輝かせた女の子がずいずいと迫り、矢継ぎ早に質問を繰りだしてくる。

 精霊に興味を持ち、友達になりたいと思ってくれるのは嬉しい。この機会に、いろいろと話して聞かせてあげたいと思う。しかし。


 ティンクルスはどこで割りこみ答えていいのか、ぱくぱくと、口を開けてはまたつぐむ。クロードが大人げなく、少々鋭い眼差しを向けるも、女の子は気づかないのかその口は止まらない。

「ほら、畑に出るよ」

 神官が止めるまでそれは続き。

(わし、まだ何も答えてないんじゃが……)

 老魔術師の眉と肩はひどく残念そうに、へなっとしょぼんと下がっていた――



 サクリ、サクリ。

 ティンクルスは畑にしゃがみこみ、カボチャのヘタを切っていく。

 クロードが後ろに張りついているのは、バランスを崩してヨロけた際、速やかに助けるためだろう。


「あれ? ティンクさんのハサミ、すごく切れ味がいいですね」

 ここで感心した風な声を上げたのは、刃物を握る神官だ。そう言われ、ハサミを眺めた老魔術師の、胸がぐっと反り返る。

「うむっ。実はの、このハサミ、わしの甥……いや、叔父上からの贈物なんじゃ」

 陽を受けて、ハサミがキラリと輝いた。


 この品はもう三十年ほども前か。今の王、そのころはまだ王子だった甥のレイヴンスが、贈ってくれた物だ。

 それ以前は刃物に手を伸ばすと、心配性な若き侍従ロイクに止められ、過保護な犬のクロードが魔力でスパッと切っていた。そして、ティンクルスの眉は下がる。

 こんな光景を見たからだろう。レイヴンスは、ハサミなら彼らもそれほど反対しないだろう、と用意したらしい。

 これにより、ティンクルスが案外不器用ではなかったと認識を改めたのか。心配性やら過保護やらがホンの少し鳴りを潜める、という効果ももたらした。


 名工の手による切れ味抜群の、それでいて安全にも十分配慮された、小さめの手に合う自分だけのハサミ。とても大切な物だし、今でも手入れは欠かさない。

「むふふ……」

 嬉しげな顔のティンクルスが、ハサミをちょきちょき軽快に動かしていく。


「あっ、ティンクさん! そのカボチャはまだですっ」

「ふぉっ? おっ、おっ」

 神官から制止の声がかかると、老魔術師はビクリと跳ねてヨロリとよろけ、しかし後ろを陣取るクロードにしっかりと支えられる。

 もたもたとした手つきのおかげで、カボチャはまだ無事である。ティンクルスは、ふぅ、と安堵の息をつく。

 この後、神官から『食べごろなカボチャの見分け方』を教えてもらい、老魔術師としてはとても有意義な時間を過ごした。





「よぉし! お前ら、遊ぶぞ。鬼ごっこだ!」

 収穫を終えると、小さな子供たちは歓声を上げながら、空き地を元気に駆けまわる。それを追いかけるのは、収穫祭を手伝いに来たおっちょこちょいな隊員だ。

 彼らを見守る神官も、楽しげにほほ笑んでいる。


「うん、もう少し塩を入れてもいいわね」

 孤児院の厨房には、大きな子供たちと近所の奥さん方が集まり、料理に勤しんでいる。奥さん方の口は忙しく動き、なかなかに賑やかだ。もちろん彼女たちの手はそれ以上に早く、テキパキと動いている。

 そんな中、ティンクルスは真剣な顔でもたもたと、クッキーの生地を捏ねたり丸めたりしていた。


「ティンクさんは男の人なのに料理が好きなんて、珍しいですねぇ」

「……そぅ、かの?」

 奥さん方に声をかけられるも、一生懸命な老魔術師の反応は遅い。その間にも奥さん方の会話は進む。


「あら、いいじゃない。うちの亭主なんて何にもしやしないわよ!」

「うちもよ! 言ったって動かないんだから!」

「あの、うちは手伝ってくれますけど……」

 そろりと口を挟んだのは、黒いローブを羽織ったおっちょこちょいな隊員の妻だ。

「あんたのうちは、まだ新婚さんみたいなもんだし、初めての子供も生まれたばっかりだからねぇ」

「今だけよ、今だけ!」

 けらけらと笑う奥さん方に、黒いローブの妻の口がホンの少し、尖った。


「ティンクさん、クロードさん。ちょっといいかしら?」

 ここでサササと寄ってきて、ヒソヒソとささやいたのは、少々派手な装いの女性だった。彼女は庶民街の大通りにある、ちょっとばかり大きな店の奥様、であるらしい。

「ぉ……お? なんじゃろ?」

 クッキーの生地と真剣に向き合っていたティンクルスも、奥様がすぐそばまで来たものだから、さすがに気づき顔を上げる。


「ティンクさんとクロードさんは、そろそろご結婚なんてものをお考えじゃないかしら?」

「ふぉ?」

 突然の言葉にきょとんとし、隣のクロードを見上げることしばし。

「はいはい、奥様、その鍋見ててくださいな」

「そうね! 奥様にお願いしましょうかね!」

「え? あら、ちょ、ちょっと……」

 また奥様へ目を戻す、と。

「お?」

 妙に手際のよい奥さん方により、奥様の姿は消えていた。


 今のはいったい何だったのか。きょとんとしたままのティンクルスに。

「あの人、何で孤児院の収穫祭に来たんだろって、みんなで話してたんですけど、ティンクさんが狙いだったんですよ」

 と、黒いローブの妻が教えてくれる。


 老魔術師は地方の商家の息子、ということになっている。坊ちゃん風な外見と上品な装いから、実家は裕福に思えるのだろう。本人も中央街に店を持ち、魔道具職人工房の仕事を引き受ける魔術師でもある。

 庶民街の商家からしてみると、とても条件の良い結婚相手だ。娘と結婚させて支援を取りつけ、あわよくば中央街に店を出すことを目論んでいたのだろう。


「じゃが……さっきの奥さんは、クロードも、と言ってなかったかの?」

「それはきっと、ティンクさんのついでですよ」

 クロードは護衛ということになっているが、老魔術師とは親友のように仲が良い。もし相手がクロードだったとしても、「ティンクさんから援助が受けられると思ったのよ」と黒いローブの妻は言う。

「あんたはついでよ、ついで」

 妻がふふんと笑うと、クロードの眉間にシワが寄った。


 この二人はかつて――黒いローブの妻が幽霊騒ぎを起こしたときの事だが、互いに『幽霊女』『犬男』とやり合った仲である。今でも顔を合わせれば、バチリと火花が散ったりする。

 このままでは、と心配したティンクルスが止めるより、前。


「お前、毎日黒いローブばっかり羽織って、他に着る物がないのか?」

「あんたこそ、いっつもティンクさんにくっついて。少しは他の人にも優しくしないと結婚できないわよ」

「俺は結婚なんてしない。お前こそ、黒いローブばっかりじゃ結婚……」

 彼女は結婚済みだ。グッと詰まったクロードを見て、黒いローブの妻のあごがググッと持ち上がる。

(……クロードの負け、じゃろうか)

 それはそれで悲しいと、老魔術師の眉は下がる。が……


「私は結婚できたわよ。それにね、この黒いローブはティンクルス様を倣ってのことなの。すばらしい魔法使いになるっていう、私の決意の表れなのよ!」

「偉大なる魔術師のローブは、黒じゃなくて濃紺だぞ?」

「……え?」

 黒いローブの妻が――固まった。

 この勝負、どうやら引き分けに持ちこめたようだ。


 それから、ティンクルスはみなと一緒においしい野菜を頬ばり、楽しいひと時を過ごしたのだが。

「わし、濃紺のローブを贈ってあげようかのぅ?」

「……そう、だな」

 よほど衝撃的だったのだろう。黒いローブの妻はまだ、意気消沈中だった。



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