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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
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双子の話と贈物選び ~魔法屋編4~

「だいぶ涼しくなってきたのぅ」

 窓から覗く秋晴れの空を眺め、紅茶のカップに手を添えたティンクルスは、その温かさに頬をゆるめる。

「ティンクは寒がりだからな。朝晩は少し寒いんじゃないか?」

 心配顔を向けてきたクロードが、「水も冷たいし、朝の雑巾がけはもう止めたほうがいいんじゃないか?」と続けたものだから、うなずこうとしていた老魔術師の頭はふるふるっと横にゆれた。

 友に朝の掃除を止められる前に、あかぎれの薬を作っておかなければ。


「さて、もうひと仕事、しようかのぅ」

 紅茶を飲み干しカップを置く。午前中に一度の休憩を終え、作業場へ戻ろうとすると。


 ――カラン、カラ~ン


「ティンク、クロード、元気か!?」

 軽やかな音色とともに姿を現したのは、紺色の隊服がはだけ、腕まくりまでしたおっちょこちょいな隊員だ。

 もう涼しいと思うのに、隊員はまだ暑いのだろうか。少し首をかしげつつ、ティンクルスはにこっと笑う。

「ささ、こちらへどうぞ」

「何でお前、休憩が終わってから来るんだ?」

 やはりクロードの眉間には、くっきりシワが寄っていた。



「それでな。仕事が終わって家に帰ると、あいつら二人そろって俺に笑いかけるんだ」

 ソファにドカッと腰を下ろした隊員は、紅茶にも手をつけず、盛大に顔を崩してニタニタ笑う。

 最近、彼の話から愚痴はめっきりと減り、その代わり、愛するわが子たちの、産まれて数ヶ月というまだまだ小さな双子の姉弟の、自慢が増えた。

「それは可愛らしいのぅ」

 ほわっと笑ったティンクルスの横で、クロードの鼻がふんっと鳴る。

「お前の顔がおかしいから笑ってるんだろ」

 言葉が辛らつなのは、隊員の、魔法屋に居座る時間がさらに長くなったせいだろう。


「だがなぁ……ライトスの体が少し小さい気がするんだ。警備隊は危険な仕事も多いから、体は大きいほうが頑丈でいいよな?」

「……まだ産まれて間もないんじゃから。それに、息子さんが警備隊に入りたいと思うかどうか、わからないからの。魔法使いの奥さんの血を引いてるんじゃから、魔法使いになることだって、あるからの」

 息子の未来を妄想しては心配顔をする隊員に、ティンクルスはせつせつと言い募る。


 隊員の息子、双子の弟は、精霊であるクロードの見立てによると、身のうちに多くの魔力を持っている。隊員は警備隊に入ってほしいようだが、おそらく将来は魔法使いになるだろう。

 だから、今からそれを臭わせておけば、親子で出勤だとか、親子で警邏けいらだとか、そんな夢を少しずつでもあきらめてくれるのではないか。

 老魔術師はこんなことを目論んでいる。


 ちなみに、息子の名はライトス。これは隊員が信仰する『拳闘の神バルライトス』から命名したそうだ。名前まで警備隊員向き……だと思う。

 ついでながら、双子の姉の名はクルス。こちらは黒いローブの妻が尊敬し目標としている、偉大なる魔術師ティンクルスからの命名だ。

 これを知ったとき、老魔術師はしばし、ポカンと口を開けていた。


「まあなぁ、警備隊員は家業じゃないからな。息子に他にやりたいことができたら、父親としては応援するがな」

 隊員の言葉に、ティンクルスはホッと安堵の息をつく、が。

「ただし、俺を納得させるくらい、その仕事への情熱があったらな!」

 太い腕をムキッと見せつけてきたものだから、ティンクルスの眉はへなっと下がる。


「その……魔法使いじゃったら、どうかの?」

「ライトスが魔法使いか? ぬ……それなら仕方ない。かみさんと一緒に魔法屋でも……お! 警備隊と契約して、俺と一緒に悪党の捕縛だな!」

 隊員はまた太い腕を持ち上げて、ニカッと笑った。

 さすがに魔法使いの才がありながら、警備隊員になれとは言わないようだが、とにかく、親子で仕事をする夢は捨てきれないらしい。


 そして、老魔術師は思う。双子の姉クルスが年頃になり、結婚したい若者を連れてきたら……

 やはり隊員は『俺を納得させるくらい、娘への愛情があったらな!』などと言いながら、太い腕を見せつけるのだろうか、と。

 娘の婚期が遅れてしまわないか、ちょっと今から心配だ。


「ティンクは忙しいんだ。そろそろ帰れ」

 ここで、クロードが渋い顔になってシッシッと手をふった。すると、隊員がバシリと自分の膝を叩く。

「そうだ! 今日は伝言があったんだ」

「だから、そういうことは先に言え!」

 クロードが鋭い眼差しを向けると、隊員は頭をかきながら話しだした。





「楽しみじゃのぅ」

 昼下がり、大通りをつまずきつつ助けられつつ歩く老魔術師の顔は、にこにこにこにこ、たいそうご機嫌だ。

 それを眺めるクロードの、機嫌ももちろん良さそうだ。


 先ほどの、おっちょこちょいな隊員の伝言は。

『神殿の孤児院でな、次の光の日、収穫祭をするからティンクとクロードにも来てほしいって、神官が言ってたぞ』

 であった。

 神殿の隣にある空き地――黒いローブの、隊員の妻が過去に幽霊騒ぎを起こした場所だ、は、奥半分が畑になっている。ここで収穫した野菜を料理して味わい、ささやかな催しで遊び、みなで楽しむのだそうだ。

『芸人一座を呼んでくれただろ。そのお礼にぜひって』

 ということらしい。


 中央街の大通りを曲がって少し奥へ入ると、入口に本を開いた形の看板を掲げた店がある。中に入れば新しい物から古い物まで、たくさんの本が壁いっぱい、棚いっぱいに並んでいる。

 ここは、旅を終え王都に戻ってから見つけた、老魔術師行きつけの本屋だ。収穫祭に呼ばれたお礼に子供たちへ本を贈ろう、と思い立ち、二人はこの店を訪れた。


「孤児院への贈物ですか。では、小さな子から十五歳くらいまでの少年少女向け、ですね。少々お待ちください」

 店の奥へと案内されたティンクルスは、店主にほほ笑みソファへ座る。少しすると、店主が何冊もの本を丁寧に運んでくる。

「では、ごゆっくり」

「ありがとうのぅ」

 にこりと笑うと、今度は真面目な顔になって本の小山に目を向けた。


 本は安い物ではない。今回は何冊か買う予定であり、老魔術師も魔法屋を預かる身として予算というものを考えている。それに、子供たちが喜びそうな話を選びたいとも思う。

 うむ、と気合を入れ、一冊の本に手を伸ばす。


 昔、むかし……

 柔らかな挿絵と優しい文体で始まる物語に、ティンクルスの頬はゆるんだ。ページをめくるごとにハッと目を見開いたり、切なげな表情になったりする。ポロリと涙がこぼれ落ちそうになり、クロードがすぐさまササッと拭う。

 ――パタン。

 そっと本を閉じた老魔術師の顔には、ほわほわとした笑みが浮かんでいた。どうやら温かな、幸せな結末だったらしい。


「お決まりですか?」

「ふぉっ?」

 店主の声に、ティンクルスはハッと我に返った。物語の余韻に浸り、ぽやっとしていたようだ。どれくらい時間が経ったのか。わからないが、たくさん積まれた本の、まだ一冊しか読んでいない。

「も、もうちょっと読んでてもいいかのぅ?」

 あせあせしながら答えると、店主が「どうぞ、どうぞ」と優しげに笑う。


「すまないのぅ……お、クロードはいい本を見つけたかの?」

「ああ。これなんかどうだ?」

 クロードが自信ありげな顔で差しだしてきたのは――


『ティンクルス様とすばらしい魔術』

『偉大なる魔術師ティンクルスの軌跡』

『ティンクルスさまのぼうけん』


「……」

 全て、老魔術師に関する本だった。

「クロードよ。その、もうちょっと、何というか……」

 何と言えばいいのか、何とも言えない。ティンクルスが微妙な心持ちだったからだろう、クロードは首をかしげながらもう一冊、差しだしてくる。


『レイヴンス王の偉業』


「お! これはいい本じゃのっ」

 老魔術師は存分に叔父バカっぷりを発揮し、満面の笑みを浮かべた。

 ちなみに、『ティンクルスさまのぼうけん』は購入することにした。少年王子のティンクルスとともに、犬の姿のクロードが大活躍する話だったからだ。

 彼は叔父バカだけでなく、友バカでもあるらしい。



「ありがとうございました」

 店主の声に送られて、良い本が買えたと、にこにこしながら本屋を出たときには、空はすっかり茜色に染まっていた。


「……わし、店を閉めっぱなしじゃった」

 ティンク魔法店を出たのは二時半頃か。小一時間で戻るつもりが、もう閉店の時間である。店主としてまだまだ半人前だと、これではいけないと、ティンクルスの肩が下がる。

 と、普段ならここで励ますはずのクロードが、渋い顔を向けてきた。


「ティンク、今日は魔法屋でも本屋でも、座りっぱなしで散歩してないな。ちょっと歩くか?」

 彼が気にかけていたのは、店でも何でもなく、老魔術師の健康であった。



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