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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
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通報と芸人一座

 夕暮れ前の王都の街を、警備隊舎へ向けて、つまずきつつ助けられつつ老魔術師はせっせと歩く。

「お、ティンク、クロード!」

「おお、隊員さんたち! ちょうど良かった」

 途中、落ち着いた感じの隊員と、優しげな顔の隊員に会った。ティンクルスは勢いこんで、広場の出来事を話しだす。


「それでのっ、ただの石じゃと思うんじゃが、五十クレインスもするんじゃ!」

「ああ、それは詐欺だな」

「捕まえなきゃね」

 落ち着いた隊員が渋い顔でうなずけば、優しげな隊員は困り顔で首をふる。が、何だかこちらとは温度差があるような。


 考えてみれば、老魔術師は精霊であるクロードが感じたことを元に、男に対して危機感を募らせているのだ。それを、二人の隊員に理解してもらうのは難しいと思う。

(どう言えばいいんじゃろ……)

 内心で焦りながらも一生懸命、口を動かす。


「そ、それでのっ、あの男、ちょっと変なんじゃ! わしが幽霊がいるって言ったら、突然怖い顔になっての」

「青いドレスの女だ。ティンクがそう言ったら、あいつ、すごく嫌な感じに……態度が変わったんだ」

 ここで、必死な老魔術師を助けようと思ったのだろう、クロードが口を添えた。すると。


「青いドレス……」

 隊員たちの顔つきが変わった。もっと詳しく、と迫りくる様子は、先ほどの芸人の男性によく似ている。

 今度はティンクルスがたじたじしつつ、男とのやり取り、容貌や背格好、石を包んでいた青い布のことなどを問われるままに話した。


「ティンク、クロード。お手柄かもしれないぞ!」

「ありがと、落ち着いたら魔法屋に行くから!」

「ふぉ? お? おぉ……」

 いったい何が起きているのか。サッパリわからない老魔術師は口を半開きにしながら、駆けていく隊員たちを見送った。


「さっきはありがとうのぅ。しかし、青いドレスとか青い布とか、何か関係あるのかの?」

 ほわりと笑って高い位置にある頭をなで、それから首をかしげたティンクルスに、クロードは嬉しげに目を細めながら、こう言う。

 建国祭の二日目、自由市場に娘たちが集まり美しさを競い合った。あの布は、そのうちの一人が着ていたドレスに似ている。

「ほぅ……」

 はっきりとは思いだせないが、そんな娘もいたような。

 だからどこかで見たような気がしたし、あの布から『青いドレスの女』という言葉が出てきたのかもしれない。


 そして警備隊が動いている。となると、その娘の身に何かが起きたのだ。たとえば行方不明になったとか。その件に、あの男が関わっている……

「むぅ」

 もしそうなら、ぜひとも無事であってほしいと思う。


「ところでクロードよ。娘さんのドレスなんてよく覚えてたのぅ」

 感心して見上げれば、クロードが真面目な顔で見下ろしてくる。

「ティンクに似合いそうだと思ってな」

「……わしがドレスを着るのかの?」

「や……上着の色として、だ」

 ティンクルスとクロードの、微妙な顔が向き合った。



「そろそろ帰るか?」

「そうじゃの。お、すぐそこが広場じゃから、そこだけ寄ってもいいかのぅ?」

 帰り道、広場を覗くと、やはり人だかりができていた。先ほどの広場より賑わっているようだ。

 どんな見世物だろうと、老魔術師はいそいそ近づく。


 ここでは、女性が華やかな衣装の上に短いローブをひっかけ、激しい曲に合わせて剣を振るっていた。建国祭でも見た、男女で剣舞を披露していた女性のほうだ。

 もう一方の手には、色のついた石らしき物が握られている。

「あそこに怖ろしい悪霊が!」

 語り手の若者の、鬼気迫る声がこう告げれば、女性は腕を突きだし石を掲げる、と。


 ――ボゥッ


「ふぉ!?」

 石から、炎が噴きだしたように見えた。驚いた老魔術師の目はまん丸だ。松明と酒瓶だろう、これらを持った若者が火吹きの技を披露したようだ。

 女性の動きはさらに華麗に激しく、炎も幾度も生みだされる。広場に歓声が湧き起こった。


「こうして勇敢な魔法使いは見事、悪霊を退治したのです!」

 芸人たちが頭を下げると、人々の拍手が鳴り響く。ティンクルスも小さめの手を精一杯、打ち鳴らす。

「この、勇敢な魔法使いの石がこちら!」

 若者が持ちだしてきた箱には、さまざまな模様の描かれた、ちょっと飾っておいても良さそうな、綺麗な石が入っていた。


「うむっ」

 老魔術師は満足げにうなずいた。彼らも芸が見事だし、商売のほうもまっとうなようだ。

「わしも記念に一つ、買おうかのぅ」

 箱に近づきしゃがみこみ、部屋に飾るにはどれが良いだろうと、ニコニコしながらクロードを窺う。

「ティンクの寝室に飾るのか?」

「うむ、旅の土産と一緒に並べたらどうかのぅ」

 二人の指は、あの絵がいい、色違いもあるぞと、さまざまな石を指していく。


「……ティンク」

「ふぉ?」

 今、名を呼んだ声は友のものではなかった。正面から聞こえたと思う。

 ひょいと老魔術師が顔を上げると、なぜだろう、火吹きの技を披露した若者がこちらを見つめている。

 ジッと見つめられ、じぃっと見つめ返す。


「あの……どこかで会ったかの?」

 建国祭にもいたのだろうが、若者の顔に覚えはない。それに、若者も老魔術師の姿ではなく名前に反応した様子だった。

 何だろう、とティンクルスが首をひねると。


「あんた、魔法使いのティンクさんか?」

「お、おぉ。そうじゃが」

「姉さん! 坊ちゃん魔法使いがいた!」

「ぼ……」

 若者は勢いよくふり返り、威勢のいい声を飛ばす。聞きつけた剣舞の女性も、勢いよくすっ飛んでくる。

 老魔術師はといえば、『坊ちゃん魔法使い』という聞き慣れない呼び名が、それでも自分のことであろうとすぐにわかってしまい、思わず口がパカッと開いた。





「悪いねぇ、こんなところまで来てもらって。病人が動けないもんだからさ」

「いや、別に構わないんじゃが」

 ティンクルスとクロードは、剣舞の女性たちとともに、大通りからはずいぶん奥まった通りに来ていた。

 道は狭く、それぞれの家も小さいのか、さまざまな物が外に置かれている。だから。

「おっ」

 老魔術師は蹴つまずく。もちろんクロードが助けるが。


 ここは『裏宿通り』。と言っても、怪しげな宿屋があるわけではない。旅芸人や行商人、出稼ぎ労働者たちが利用する、安宿の並ぶ通りだ。

 そんな通りに、商家か、ともすると貴族の坊ちゃん風なティンクルスと、精悍な護衛らしきクロードがいれば目立つ。


「そいつ誰だよ? お前の客か?」

「失礼だね! あたしは客なんか取らなくても芸で食べていけるんだよ!」

「こっちはあの、坊ちゃん魔法使いだぞ!」

 剣舞の女性が怒鳴り、火吹きの若者も加勢する。と、話しかけ、ニヤニヤ笑っていた男が「お!」と目を丸くした。


「……坊ちゃん魔法使いって、みなが知ってるのかの?」

「この辺りではわりと有名だね」

 剣舞の女性はニッと笑って話しだす。


 旅芸人や行商人、それに出稼ぎ労働者、彼らは街の者ではない。街に頼れる者がいない。だから役立つ情報を共有する。

 『坊ちゃん魔法使い』は『火傷の魔法使い』とともに、旅人の間で話題になっていたそうだ。旅をしながら人々を診て回る魔法使い、というのは、それほど値も張らず誰でも診てくれる、旅人の味方、といった印象があるのだろう。


「街では縁結びの魔法使いに、悪霊退治や竜を従えた魔法使い、こんなのが流行ってるけどさ。俺たちにしてみたら、坊ちゃん魔法使いのほうがずっとありがたいよな」

 うんうん、と火吹きの若者がうなずく。

(全部、わしなんじゃが……)

 とは、ティンクルスは言えなかった。



 かざす手のひらから、淡い金色の光が降りそそぐ。

 安宿の狭いベッドに横たわっているのは、建国祭で踊るような舞うような、剣舞を披露していた男性のほうだ。


「ふぅ……毒はだいぶ抜けたかのぅ。じゃが、まだ寝てなきゃダメじゃぞ。明日、薬を持ってくるからの」

 手を下ろし、ティンクルスがほほ笑むと、男性の唇が「ありがとう」とゆっくりと、しかしハッキリ動いた。

「あっ、あんた! しゃべれるようになったの? ねえ!」

「ふぉっ?」

「ティンク!」

「姉さん!」


 男性の回復を喜んだのだろう。剣舞の女性が勢いよく縋りついたものだから、老魔術師のひょろりとした体が、トン、と弾かれる。これをクロードが、絶対に傷つけてなるものかといった、ものすごく真剣な顔で速やかに抱える。

 火吹きの若者は、ガクガク揺すられている回復間もない男性の、身を案じたのだろう。慌てて女性を止めに入る。

 足の踏み場もほとんどない、狭い部屋で、ちょっとした騒ぎが巻き起こった。


 今、ベッドに寝ている男性と剣舞の女性は夫婦。火吹きの若者は、女性を「姉さん」と呼んでいるが実の姉弟ではないそうだ。

 旅芸人は孤児であったり、訳あって家を飛びだしたり。家族のない者が多い。そして一座は街から街へ。一所ひとところに留まることなく危険な旅をともにする。

 だから、一座が家族のようなものなのだろう。


「姉さん、良かったな」

 落ち着きを取り戻した部屋で、剣舞の女性が男性を見つめて涙ぐむ。その肩に、火吹きの若者が手を添える。

 彼らの様子に、ティンクルスはほわりと笑う。

(じゃが……)

 寝ている男性を見やり、今度は眉をひそめた。


 男性の体から感じたのは、魔物の魔力だ。魔物の内臓から取ることができる、猟師が魔物猟にも使う、麻痺の効果のある毒だ。

 今回は治療が早かったので男性は回復するはずだ。だが、治療時期や摂取量によっては、体に痺れが残るか、悪くすれば命を落とす。人に使って良い物ではない。


「ご亭主なんじゃが……」

 ティンクルスが症状を説明し、どうしてこんな事になったのかと剣舞の女性を窺うと。

「やっぱりあいつだ……ここの娘の仕業なんだ!」

 横からこう叫んだのは、火吹きの若者だった。


「何、言ってるんだい! あの子が毒なんて入れるわけないだろ!」

「だって兄さんは夕メシのあと、倒れたんだぞ! メシを作ったのはあいつじゃないか!」

 女性と若者が、激しい言い合いを始めてしまう。老魔術師はおろおろと、クロードはしれっと、二人をただただ見守るばかり。


「だからってね」

「姉さんは、あいつを妹みたいに思ってるかもしれないけどな、今まで黙ってたけどな……あいつは兄さんのことが好きなんだよ!」

「好きだから! あの子がこの人に毒なんて入れるわけないんだよ」

「……へ?」

 若者がポカンとしたことで、言い合いに終止符が打たれたようだ。


「……その、まとめると、つまり、その娘さんにはご亭主に毒を盛る動機がないということで、いいのかの?」

 つっかえつっかえ、ティンクルスはそろりとみなに目を向ける。

「もし憎らしいと思うことがあったって、そんなことする子じゃないよ」

 剣舞の女性は疲れた顔になって、溜息混じりにポツリとこぼす、と。


 ――うっ、うっ、ううぅ……


 ドアのほうから、女のものらしい、すすり泣く声が聞こえてきた。



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