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夜の騒動と酒場

「ティンク様。夜は少し寒いので、風邪をひくといけません。ローブを羽織りましょう」

「うむ、すまんのぅ」

 老侍従が肩にかけてくれたローブは、柔らかく、丈も短く歩きやすい。かつて愛用していた物によく似ている。

 ティンクルスがほんわり笑うと、老侍従は「お気をつけて、いってらっしゃいませ」と静かに頭を下げた。そしてジッ……とクロードを見やる。ティンク様をお守りください、という意味だろう。

「任せろ」

 クロードもしっかりうなずく。


「みな、手間をかけるのぅ」

 優しげな顔で首をふる彼らに感謝しつつ、ティンクルスは夜の街へと踏みだした。向かうは中央街にある、とある家。隊員が言っていた『夜の仕事』を手伝うためだ。

 ちなみに、精霊が囚われているであろうネックレスは無事、買うことができた。

 早く解放してあげたいと思うし、購入の際、店の女性から聞いた話も気になっている。だが、時間的な都合から、まずこちらを片づけることとなった。


「ティンク、いざとなったら俺も力を使うからな」

 ポツリポツリと魔光灯まこうとうが照らす夜の中央街に、クロードのささやきが響く。


 人は魔法という方法でもって魔力を操るが、精霊は違う。

 人が魔法を放てば、火や水が現れ、宙が揺らぎ、きらめきを帯びたりもする。魔法によって発現したものは、誰の目にもわかるということだ。だが、精霊は魔力そのものを放つ。目には見えず、魔力の性質も違う。

 魔法を見慣れた者なら、おかしいと思うだろう。盗賊の中には魔法使いがいるというから、精霊の力だと気づくかもしれない。

 守護精霊がいるとわかれば人が寄ってくる。後ろ盾になるから王宮に仕えないか、などと言う貴族も現れるだろう。そうなると『偉大なる魔術師』だとバレる恐れがある。


 最初は盗賊と対峙するなど、運動神経の鈍い老魔術師はかえって足手まといだろうと断り、しかし、つい「手伝う」と言ってしまったときは、詳しく聞いてみれば自分にもできそうだと、ティンクルスは引き受けたのだが。


「わし、軽率じゃった……」

「大丈夫だ。いざとなったら王都を出て、先に他の場所を探そう。ほとぼりが冷めたら王都に戻ればいい」

「うむ……そうじゃのっ」

 老魔術師として王宮で暮らしていた頃とは、違うことが多くあるのだ。今後は気をつけなければ、と、ティンクルスは小さめの拳をぐっと握った。



「お、来てくれたか。こっちだ」

 二人を見て、ニッと笑った隊員が手招きをした。彼に倣って茂みに隠れると、あの家だ、と指されたほうを見る。

「普通の家のようじゃが、あんなところに盗賊がいるのかの?」

 ティンクルスが不思議そうな顔をすると、家を向いた隊員が思いっきり顔をしかめた。

「あれな、魔法使いの家なんだ」


 王宮や貴族に仕える魔法使いが、医療、戦闘、魔術を学ぶなら――魔術を修めた者が魔術師と呼ばれる、街の魔法使いは医療に従事する者が多い。

 彼らは寝室で寝ている病人を診るので、家の奥まで案内される。中の造りが詳しくわかる。さも親切そうな顔で家人の信用を得、情報を引きだすこともできる。

 これを利用して盗みに入るそうだ。中央街に店を構える魔法使いなら、大きな商家や貴族の屋敷に呼ばれることもある。こうした屋敷に押し入り、荒稼ぎする。


「奴ら、この手でだいぶ稼いだからな。そろそろバレると思って、逃げる準備でもしてるんじゃないか?」

「むぅぅぅ……ぉ?」

 許せん、と、しゃがんだまま腕を組んだティンクルスは、そのまま後ろにコロリと転がり、クロードに背中を支えられた。


 ――ドンッ


 突如、木を叩きつけるような、大きな音が鳴り響いた。

 老魔術師がいるのは家の裏側。裏口があり、小さな庭があり、低い塀の外にいる。音は玄関のほう、この家を囲んだ小隊が突入したようだ。


「始まった、頼む!」

「おっ、おっ」

 まだ転がっていたティンクルスは慌て、しかしクロードがすぐさま起こす。

 意識を集中しながら、胸元で両手を合わせる。これは魔法を使うときの老魔術師のクセだ。

 その手を魔力を包むようにして開くと、キラキラとした粒の舞う、玉が現れた。それはヒュッと夜空へ上がり、弾けて辺りを照らす。


「そこだ! 逃がすな! 左の窓からも出てくるぞ!」

 明るくなった途端、おそらくこの突入の指揮官なのだろう、隊員の一人がみなに指示を飛ばしだした。

 紺色の、そろいの隊服を着た隊員たちが剣を抜き、次々と塀を飛び越えていく。盗賊たちも剣を持っているようだ。金属のぶつかる甲高い音。倒れる盗賊。

 ティンクルスたちを怒鳴った、図体ばかりでおっちょこちょいらしい隊員も、果敢に剣を、いや、拳を振るい盗賊を投げ飛ばしてもいる。


「おぉぉ……」

 老魔術師の口から、驚嘆なのか何なのか、声がもれた。魔物討伐や、ちょっとした騒ぎ、いや、実は暗殺未遂という大事件だったが、こうした経験はある。が、それとはまた違った光景だ。

 ティンクルスが頼まれているのは、この家を照らす明かりと、逃げてきた魔法使いが魔法を使ったら、それを防いでほしいというもの。いまだ「お」を発しながらも、その人物を探す。


「ティンク、あいつだ。火だ!」

「おっ!」

 クロードの指すほう、右端の窓から魔力を感じた。ティンクルスは合わせた手から、今度は青みを帯びた揺らぐ玉を出す。わずかあと、右の窓にも赤い揺らぎが現れる。

「隊員、退避!」

 いち早く気づいた指揮官が声を張り上げた。

 一方は火となり、全てを焼き払おうと隊員たちの背に襲いかかる。もう一方は水の塊となって猛火に立ち向かう。


 ――バシャァァァ


「消えたのぅ……ん?」

 騒がしかった裏庭が、シン、と静まり返っていた。ズブ濡れになった隊員が、盗賊が、みなが動きを止めている。魔法使いの家も水浸し。石の色が変わり、あちらこちらからボタボタと、たくさんの水が滴っている。ちょっと魔法が強すぎたらしい。

 『偉大なる』魔術師と呼ばれた所以ゆえんは、何も魔術だけじゃないのだ。彼も王に仕えた魔法使い、一歩も動く必要がなければ強いのだ。


 このあと、やはり一番早く我に返ったらしい指揮官が捕縛を命じ、盗賊たちは捕まった。

 ティンクルスは感謝されて誇らしかったものの、隊員のくしゃみを聞いて、ちょっと反省もした。





「乾杯!」

「かっ、乾杯っ」

 隊員たちが手にした酒を高らかに掲げる。一歩遅れ、ティンクルスもそれに倣った。


 いくつものテーブルで人々が膝を寄せ合い、酒を片手に笑っている。カウンターでは店主だろう、客としゃべりながらコップに酒を注いでいる。店の奥にはギターをかき鳴らし、合わせて歌う客もいる。

 ここは庶民街にある酒場。仕事を終えた隊員数人に誘われ、老魔術師は夜の酒場というものを経験していた。


「はーっ、うまい!」

 ティンクルスをこの件に誘った、おっちょこちょいとかいう隊員が酒を一気に飲み干す。

「今日はティンクのおかげで早く片づいた。クロードも、ありがとうな」

 この中では一番年上だろうか。落ち着いた感じの隊員が二人にコップを掲げる。

「しかし、すごい魔法だったね。魔法使いにお願いして、たまに一緒に仕事をすることはあるけど、あんなの初めて見たよ」

 優しげな顔立ちの隊員は、感心したのか何度もうなずいている。


「いや、そんな……ところであの隊員さん、ズブ濡れなんじゃが大丈夫かの?」

 ちょっと照れてしまったティンクルスは目をさまよわせ、一人の隊員を見ると、へなっと眉を下げた。

 おっちょこちょいらしい隊員が、グイグイ酒を飲み干している。酒を煽る動きに合わせ、ポタポタ髪から滴が垂れる。他の二人はうまく避けたのか、いた場所が良かったのか、それほど濡れた様子はないのだが。


「あ? 俺か? 大丈夫、酒を飲めば風邪なんかひかない!」

「そういうもんかのぅ?」

「バカは風邪ひかないって言うだろ。だからティンクは真似しちゃダメだぞ」

 首をかしげたティンクルスに、クロードがずいぶん失礼な発言をした。ズブ濡れの隊員の耳には届かなかったのだろう、またコップに口をつけ、残る二人はクスクスと、小さな笑いをこぼしていた。


 それから老魔術師は、街の話を聞いて目を輝かせ、隊員たちの仕事ぶりには「大変なんじゃのぅ」と同情したりもした。主に愚痴だったようでもあるが。

 酒をちびちびすすりつつ、ギターの音色に体を揺らし、客たちの歌を、わからないながらも口ずさんだ。


「ティンクも歌えよ!」

 たいぶ酔った隊員に誘われもした。ティンクルスは歌など一つしか知らない。幼い頃、老いた侍従――クロードが歌ってくれた子守唄だ。

 緊張に頬を染める彼を見て、今、隣にいる五十年来の友、クロードも出だしを一緒に歌ってくれた。

 シン、と静まった酒場。ハッキリ言ってティンクルスは音痴だ。けれど声は澄んでいる。酔いもあったのか、いつしか緊張を忘れ、胸のポケットに手を当てて老いた侍従を想った。隣を向き、友がいてくれる幸せに感謝した。心をこめて歌った。

 終わると、みな優しげな顔をして温かな拍手を送ってくれた。


「子守唄か。母さんが歌ってくれたのか? いくつになっても、ずっと覚えてるもんだよな」

「俺は覚えてない! いつも怒鳴られてばっかりだったぞ」

 おっちょこちょいらしい隊員が顔をしかめると、「それはお前のせいだろ」と落ち着いた感じの隊員が笑う。


「母さん、か……ありがたいけど、いろいろとあるよね」

 優しげな隊員の顔に、苦味を帯びた笑いが浮かぶ。

 ティンクルスは彼の声に耳を傾けながら、ネックレスを手に入れた際、店の女性から聞いた、とある話を思いだしていた。



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