老魔術師と建国祭
ラッパが高らかに鳴りわたり、笛が華やかな旋律を奏で、太鼓が列の足並みをそろえるようにリズムを取る。
馬にまたがる騎士たちは凛々しく、しかし通りに集まる人々にほほ笑みかける者もある。人々が手にした花びらを撒き散らし、パレードにさらなる華をそえる。
ついに、建国祭が始まった。
「ティンク、大丈夫か?」
「おっ、お……陛下、まだかの?」
道端に人があふれる中央街の大通りで、ティンクルスはクロードに抱えられるようにして立ち、王の馬車はまだだろうかと首を伸ばして待っていた。
建国祭では必ず聞いていたはずの耳慣れた曲が、何だか新鮮に感じられる。これまではパレードの列にいたのに、沿道で眺めているからだろうか。
わくわくとして心が逸り、思わず、手にした花びらをギュッと強く握ってしまう。そして慌てて手を開き、中身の無事を確かめる、と。
「王様ー!」
「王様ー!」
沿道からひときわ大きな歓声が上がった。やって来るのは、金の装飾が施された白塗りの馬車だ。王冠を被りマントを羽織った王は、みなにほほ笑み手を上げる。
「へっ、陛下ー! 陛下ー!」
久しぶりに見る甥の晴れ姿だ。老魔術師はみなに負けじと声を張り上げる。すると、王がこちらを向いた。
「陛下っ! 陛下っ!」
友に支えられながら、ティンクルスは腕をぶんぶんふり回し、必死になって声を出す。王の顔にも満面の笑みが広がり……いや、少々笑いすぎたらしい、それを誤魔化すように咳払いをしていた。
そばに付き従っている騎士たちの、目がギョッと見開かれたのは、偉大なる魔術師のはしゃぐ姿に気づいたためだろう。彼らは王付の騎士、老魔術師が生き返り若返ったとき、そばにいた者たちだ。
筆頭魔術師も、老魔術師付だった騎士たちも、もちろんその中には旅をともにしたジャンもいる。彼らはほほ笑み、そっと目礼する者もあった。
「ふぅ……あっという間に通りすぎてしまったのぅ。じゃが、みなの顔が見られて良かった」
ほわりと笑い、去り行くパレードの後ろ姿を眺めていると。
「ティンク、花びら撒いたか?」
「ふぉっ」
忘れていた。ティンクルスはくしゃりと潰れてしまった花びらを眺め、へなっと眉を下げた。
それから、二人はマテオと待ち合わせるため、アーチ橋へ向かった。
合流すると、老魔術師はクロードにほぼ抱えられるようにして、混み合う庶民街をふぅふぅ言いつつ何とか進む。
「ほぅ、昼間は広場にも出し物や屋台があるんじゃのぅ」
「今、大通りは賑やかだけど、人が多くてよく見えなかっただろ。自由市場は店ばっかりだし。だから小さな広場を回ったほうがおもしろいんだ」
年に何度か王都を訪れているマテオは、建国祭も初めてではないそうだ。自慢げな顔になって先を歩く若者に、ティンクルスはほぅほぅとフクロウのようにうなずきつつ、目は広場の中央へ。
そこでは、男性と女性が華やかな衣装をまとい、踊るような舞うような、剣舞を披露していた。
男性の持つ剣が、女性の首筋に鋭く迫る。間一髪、かわした女性はくるりと回り、ひらりと相手の脇をすり抜ける。その顔には艶めいた笑みが浮かぶ。
出し物だとは思ってみても老魔術師はハラハラとして、何度も何度も声を上げ、両手はぎゅっと胸の前へ。
最後は、散々攻められていた女性のほうが相手の剣を弾き、しかし男性の腕に納まってニッコリとほほ笑む。
広場から大きな拍手が巻き起こった。
「おお……すごかったのぅ。華やかじゃったのぅ」
感嘆の息をもらし、ティンクルスも精一杯の拍手を贈る。
見物料は広場に置かれたカゴに投げ入れる。ここでは、老魔術師の輪投げの技が炸裂した。
じぃっとカゴを見つめ、腕をゆらりゆらりと動かして、こんなものかと狙いをつける。
「よ、よしっ」
のたっと腕が動き、ひょろっと頼りない放物線を描いた硬貨は――チャリン、見事カゴに納まった。
「おっ、わし、入った!」
小さめの拳をふり上げてニコニコ笑ったティンクルスに、クロードが優しげな笑みを返す。老魔術師の鈍さを存分に知るマテオは、まさか入るとは思ってもいなかったのだろう、目と口を丸くした。
こんな調子でいくつもの広場をめぐり歩き、途中、屋台の食べ物を一つずつ買って、みなで分け合い楽しみながら、老魔術師は建国祭一日目を送った。
夕方になると元女将の宿屋へ向かう。祭りは家族で過ごしたいだろうと思い、休みを与えると、ならば夕食はうちでと彼女が誘ってくれたのだ。
「今日はたくさん歩いてお腹が空いたでしょう。どんどん食べてくださいね」
料理の皿がテーブルいっぱいに並べられ、ティンクルスは「むふふ」と笑う。
まずは元女将ご自慢のスープをすすり、焼きたてのパンをほお張る。香ばしく焼けた肉、柔らかく甘く煮込んだ野菜、次々と手を伸ばしていく。
「ん? マテオよ、食べないのかの?」
ふと顔を上げると、向かいに座る若者は手を動かしもせず、顔はあらぬ方を向いていた。その先にいたのは、笑顔で食堂を立ちまわる愛しの孫娘だ。
老魔術師の声は、恋する若者には届かなかったらしい。まだボーッとしている。
「ティンク。こいつな、明日あの娘に髪飾りを渡すつもりなんだ」
ここでニヤリと笑ったのは、その隣に座るマテオの父だ。
「ほぅ! 明日じゃと……美しさを競い合うとかいう催しのときかの?」
「ああ。人気のある娘が何人か選ばれて、花かんむりを贈られるんだ。そこで、花かんむりじゃなくて俺の髪飾りをつけてくれって、割りこむのが恒例だな」
「ほほぅ! 情熱的じゃのぅ」
ふむふむ、と感心したティンクルスの横で、クロードが首をひねる。
「あの娘が選ばれなかったどうする気だ?」
「お……そうじゃのぅ」
どの辺りからか、話が聞こえていたらしい。照れているのか怒っているのか、恋するマテオの真っ赤な顔がぐりっと、首をかしげた二人を向く。
「選ばれるに決まってるだろ!」
びっくりしてしまった老魔術師の体が、座りながらに、ぴょん、と跳ねた。
*
「四番! 東通り一番街、アントン食堂の看板娘!」
進行役の男性が大声を張り上げると、紹介された娘が仮設の壇上に上がり、丁寧に一礼した。観客からは盛大な拍手が湧き起こり、中には娘の知人なのだろう、応援の声を飛ばす者もいる。
まだ、壇の下には十人以上の娘がおり、元女将の孫娘の姿もあった。
「ずいぶんたくさんの娘さんが出るんじゃのぅ」
気合の入ったマテオによって、かなり早い時間から自由市場に連れてこられた老魔術師は、最前列で娘たちを眺めていた。
その手には小石が握られている。この石を、一番美しいと思った娘の番号の箱に入れ、数が多かった娘三人に花かんむりが贈られるそうだ。
「確かにあの娘は綺麗だが、若い男に愛想を振りまき過ぎだな」
「それにちょっと気分屋だ」
「ああ。今までの中じゃたぶん、三番の娘が一番働き者だ」
(ほほぅ)
後ろから聞こえてきた観客の声に、ティンクルスはうなずく。
この催しは姿の美しさだけでなく、気立ての良さも問われるらしい。娘が紹介されるたび、その評判がさざなみのように後ろをサァッと駆けていく。ならばと、老魔術師は聞き耳を立てた。
次の娘が紹介され、また壇上に上がり一礼する。
「あれ? そういえば、今までお辞儀なんてしてたか?」
「あれは俺たちじゃなくて、ティンクルス様に挨拶してるんだ」
「ふぐっ」
後ろの声は、偉大なる魔術師の銅像より壇が高いのは無礼ではないかと、けれど低くては観客に見えないと、それで祭り前にずいぶんもめたのだと続く。
「……みな、申し訳ないのぅ」
「ティンクが建てたわけじゃないだろ。それにみんな喜んで祈ってるぞ」
「……それも、のぅ」
友が慰めてくれるのは嬉しいが、ティンクルスは微妙な心持ちであった。
全ての娘が紹介され、観客による小石の投票も終わり、結果が発表された。人気のあった娘たちが三名、壇上に残る。元女将の孫娘の姿も――あった。
小さめの拳がぐっと握られる。ここからが老魔術師の、いや違う、マテオの本番だ。
司会役の男性が花かんむりを掲げ、孫娘の下へ。
「待った!」
ここで声を上げたのはマテオ、ではなく別の青年だった。彼は軽やかな足取りで壇に駆けていく。
「マ、マテオッ、早く!」
「あ、ああっ」
慌ててマテオを送りだしたティンクルスは、壇上を見て唖然とした。
他にも若者が一人、二人、三人……そしてマテオだ。みなが手に髪飾りを握っている。こうした場合、どうなるのか。もしかして男同士の戦いでも始まってしまうのか。思わずのどがゴクリと鳴る、と。
「私は宿屋が好きです」
突然、孫娘がしゃべりだした。
客を迎えるのが好きだという。食事を出し話をし、笑顔になってくれると嬉しいという。客を見送るのは少し寂しい、けれど再び会えることもある。それがとても嬉しいと笑う。
「だから私、宿屋の仕事をずっと続けたいんです」
こう言った孫娘の目は、マテオを向いているようだった。マテオは一度、下を向く。そして。
「俺も、猟師が大好きなんだ」
壇上の二人は見つめ合い、笑い合う。まるで恋人同士のように見える。しかし髪飾りは、マテオの手の中だ。
(マテオ……)
若者は今、一つ大人になったのだ。そんな風に感じた老魔術師の胸は、ジン、と熱くなっていた。
あくる日。
「ティンクも王都を出ることがあったら、ヘスタに顔を出せよ」
「じゃあ、またな!」
「おお、またのぅ」
今日は建国祭の最終日。門の混雑を見越してか、一日早く帰るという猟師親子と再会の約束をして別れた。
見送りを終えると、ティンクルスはクロードとともに、人ごみをかき分けながらアーチ橋へ辿りつく。この日は中央街をゆっくりと楽しんだ。
そして夜。
今日が最後とばかり、庶民街の大通りと自由市場は大勢の人で賑わう。今年は魔光灯山車という変わった趣向があるせいか、例年よりさらに混雑している。
しかしティンクルスの姿は、静かな貴族街にあった。
淡く優しい色合いのカップを二つ、クロードが二つの石碑の前に置く。
カップは老魔術師がアンガンシアで買った、みなでそろいの土産だ。二つの石碑の下には、老いた侍従クロードと老侍従のロイクが眠っている。
貴族街へ通してくれた騎士ジャンが、みなのカップに酒を注ぐ。
「侍従のクロード殿とは、どのような方だったんですか?」
「ロイクにそっくりな爺さんだ」
二つの石碑を眺め、ふふんと笑ったクロードに、騎士はなるほどとうなずく。
「では、そのクロード殿もティンク様のことが大好きだったんですね」
騎士に、友に、ほほ笑みを向けられた老魔術師は、照れくさそうな嬉しそうな笑いをもらした。
「お、始まるぞ」
クロードの声に、ティンクルスは王宮を見た。
いつもなら照らされている時計塔が、今は闇に溶けている。そして、ヒュッと光が夜空に昇り、金にきらめく花が咲いた。
これは魔法院の魔術師たちが上げている花火だ。
幼い頃は老いた侍従クロードと見、魔法使いになってからは打ち上げる側だったが、老いてからは老侍従のロイクと、友のクロードと眺めた。
去年は旅の途中であったために叶わなかったが、今年はみなと一緒に見ることができた。
「来年も、みなで見られるといいのぅ」
「そうだな」
ティンクルスは夜空にきらめく花を眺め、ほんわりと笑った。




