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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
72/88

老魔術師と建国祭

 ラッパが高らかに鳴りわたり、笛が華やかな旋律を奏で、太鼓が列の足並みをそろえるようにリズムを取る。

 馬にまたがる騎士たちは凛々しく、しかし通りに集まる人々にほほ笑みかける者もある。人々が手にした花びらを撒き散らし、パレードにさらなる華をそえる。

 ついに、建国祭が始まった。


「ティンク、大丈夫か?」

「おっ、お……陛下、まだかの?」

 道端に人があふれる中央街の大通りで、ティンクルスはクロードに抱えられるようにして立ち、王の馬車はまだだろうかと首を伸ばして待っていた。

 建国祭では必ず聞いていたはずの耳慣れた曲が、何だか新鮮に感じられる。これまではパレードの列にいたのに、沿道で眺めているからだろうか。

 わくわくとして心が逸り、思わず、手にした花びらをギュッと強く握ってしまう。そして慌てて手を開き、中身の無事を確かめる、と。


「王様ー!」

「王様ー!」

 沿道からひときわ大きな歓声が上がった。やって来るのは、金の装飾が施された白塗りの馬車だ。王冠を被りマントを羽織った王は、みなにほほ笑み手を上げる。

「へっ、陛下ー! 陛下ー!」

 久しぶりに見る甥の晴れ姿だ。老魔術師はみなに負けじと声を張り上げる。すると、王がこちらを向いた。


「陛下っ! 陛下っ!」

 友に支えられながら、ティンクルスは腕をぶんぶんふり回し、必死になって声を出す。王の顔にも満面の笑みが広がり……いや、少々笑いすぎたらしい、それを誤魔化すように咳払いをしていた。

 そばに付き従っている騎士たちの、目がギョッと見開かれたのは、偉大なる魔術師のはしゃぐ姿に気づいたためだろう。彼らは王付の騎士、老魔術師が生き返り若返ったとき、そばにいた者たちだ。

 筆頭魔術師も、老魔術師付だった騎士たちも、もちろんその中には旅をともにしたジャンもいる。彼らはほほ笑み、そっと目礼する者もあった。


「ふぅ……あっという間に通りすぎてしまったのぅ。じゃが、みなの顔が見られて良かった」

 ほわりと笑い、去り行くパレードの後ろ姿を眺めていると。

「ティンク、花びら撒いたか?」

「ふぉっ」

 忘れていた。ティンクルスはくしゃりと潰れてしまった花びらを眺め、へなっと眉を下げた。



 それから、二人はマテオと待ち合わせるため、アーチ橋へ向かった。

 合流すると、老魔術師はクロードにほぼ抱えられるようにして、混み合う庶民街をふぅふぅ言いつつ何とか進む。


「ほぅ、昼間は広場にも出し物や屋台があるんじゃのぅ」

「今、大通りは賑やかだけど、人が多くてよく見えなかっただろ。自由市場は店ばっかりだし。だから小さな広場を回ったほうがおもしろいんだ」

 年に何度か王都を訪れているマテオは、建国祭も初めてではないそうだ。自慢げな顔になって先を歩く若者に、ティンクルスはほぅほぅとフクロウのようにうなずきつつ、目は広場の中央へ。


 そこでは、男性と女性が華やかな衣装をまとい、踊るような舞うような、剣舞を披露していた。

 男性の持つ剣が、女性の首筋に鋭く迫る。間一髪、かわした女性はくるりと回り、ひらりと相手の脇をすり抜ける。その顔には艶めいた笑みが浮かぶ。

 出し物だとは思ってみても老魔術師はハラハラとして、何度も何度も声を上げ、両手はぎゅっと胸の前へ。

 最後は、散々攻められていた女性のほうが相手の剣を弾き、しかし男性の腕に納まってニッコリとほほ笑む。

 広場から大きな拍手が巻き起こった。


「おお……すごかったのぅ。華やかじゃったのぅ」

 感嘆の息をもらし、ティンクルスも精一杯の拍手を贈る。

 見物料は広場に置かれたカゴに投げ入れる。ここでは、老魔術師の輪投げの技が炸裂した。


 じぃっとカゴを見つめ、腕をゆらりゆらりと動かして、こんなものかと狙いをつける。

「よ、よしっ」

 のたっと腕が動き、ひょろっと頼りない放物線を描いた硬貨は――チャリン、見事カゴに納まった。

「おっ、わし、入った!」

 小さめの拳をふり上げてニコニコ笑ったティンクルスに、クロードが優しげな笑みを返す。老魔術師の鈍さを存分に知るマテオは、まさか入るとは思ってもいなかったのだろう、目と口を丸くした。



 こんな調子でいくつもの広場をめぐり歩き、途中、屋台の食べ物を一つずつ買って、みなで分け合い楽しみながら、老魔術師は建国祭一日目を送った。

 夕方になると元女将の宿屋へ向かう。祭りは家族で過ごしたいだろうと思い、休みを与えると、ならば夕食はうちでと彼女が誘ってくれたのだ。


「今日はたくさん歩いてお腹が空いたでしょう。どんどん食べてくださいね」

 料理の皿がテーブルいっぱいに並べられ、ティンクルスは「むふふ」と笑う。

 まずは元女将ご自慢のスープをすすり、焼きたてのパンをほお張る。香ばしく焼けた肉、柔らかく甘く煮込んだ野菜、次々と手を伸ばしていく。


「ん? マテオよ、食べないのかの?」

 ふと顔を上げると、向かいに座る若者は手を動かしもせず、顔はあらぬ方を向いていた。その先にいたのは、笑顔で食堂を立ちまわる愛しの孫娘だ。

 老魔術師の声は、恋する若者には届かなかったらしい。まだボーッとしている。


「ティンク。こいつな、明日あの娘に髪飾りを渡すつもりなんだ」

 ここでニヤリと笑ったのは、その隣に座るマテオの父だ。

「ほぅ! 明日じゃと……美しさを競い合うとかいう催しのときかの?」

「ああ。人気のある娘が何人か選ばれて、花かんむりを贈られるんだ。そこで、花かんむりじゃなくて俺の髪飾りをつけてくれって、割りこむのが恒例だな」

「ほほぅ! 情熱的じゃのぅ」

 ふむふむ、と感心したティンクルスの横で、クロードが首をひねる。


「あの娘が選ばれなかったどうする気だ?」

「お……そうじゃのぅ」

 どの辺りからか、話が聞こえていたらしい。照れているのか怒っているのか、恋するマテオの真っ赤な顔がぐりっと、首をかしげた二人を向く。

「選ばれるに決まってるだろ!」

 びっくりしてしまった老魔術師の体が、座りながらに、ぴょん、と跳ねた。





「四番! 東通り一番街、アントン食堂の看板娘!」

 進行役の男性が大声を張り上げると、紹介された娘が仮設の壇上に上がり、丁寧に一礼した。観客からは盛大な拍手が湧き起こり、中には娘の知人なのだろう、応援の声を飛ばす者もいる。

 まだ、壇の下には十人以上の娘がおり、元女将の孫娘の姿もあった。


「ずいぶんたくさんの娘さんが出るんじゃのぅ」

 気合の入ったマテオによって、かなり早い時間から自由市場に連れてこられた老魔術師は、最前列で娘たちを眺めていた。

 その手には小石が握られている。この石を、一番美しいと思った娘の番号の箱に入れ、数が多かった娘三人に花かんむりが贈られるそうだ。


「確かにあの娘は綺麗だが、若い男に愛想を振りまき過ぎだな」

「それにちょっと気分屋だ」

「ああ。今までの中じゃたぶん、三番の娘が一番働き者だ」


(ほほぅ)

 後ろから聞こえてきた観客の声に、ティンクルスはうなずく。

 この催しは姿の美しさだけでなく、気立ての良さも問われるらしい。娘が紹介されるたび、その評判がさざなみのように後ろをサァッと駆けていく。ならばと、老魔術師は聞き耳を立てた。

 次の娘が紹介され、また壇上に上がり一礼する。


「あれ? そういえば、今までお辞儀なんてしてたか?」

「あれは俺たちじゃなくて、ティンクルス様に挨拶してるんだ」


「ふぐっ」

 後ろの声は、偉大なる魔術師の銅像より壇が高いのは無礼ではないかと、けれど低くては観客に見えないと、それで祭り前にずいぶんもめたのだと続く。

「……みな、申し訳ないのぅ」

「ティンクが建てたわけじゃないだろ。それにみんな喜んで祈ってるぞ」

「……それも、のぅ」

 友が慰めてくれるのは嬉しいが、ティンクルスは微妙な心持ちであった。


 全ての娘が紹介され、観客による小石の投票も終わり、結果が発表された。人気のあった娘たちが三名、壇上に残る。元女将の孫娘の姿も――あった。

 小さめの拳がぐっと握られる。ここからが老魔術師の、いや違う、マテオの本番だ。


 司会役の男性が花かんむりを掲げ、孫娘の下へ。

「待った!」

 ここで声を上げたのはマテオ、ではなく別の青年だった。彼は軽やかな足取りで壇に駆けていく。

「マ、マテオッ、早く!」

「あ、ああっ」

 慌ててマテオを送りだしたティンクルスは、壇上を見て唖然とした。

 他にも若者が一人、二人、三人……そしてマテオだ。みなが手に髪飾りを握っている。こうした場合、どうなるのか。もしかして男同士の戦いでも始まってしまうのか。思わずのどがゴクリと鳴る、と。


「私は宿屋が好きです」

 突然、孫娘がしゃべりだした。

 客を迎えるのが好きだという。食事を出し話をし、笑顔になってくれると嬉しいという。客を見送るのは少し寂しい、けれど再び会えることもある。それがとても嬉しいと笑う。

「だから私、宿屋の仕事をずっと続けたいんです」

 こう言った孫娘の目は、マテオを向いているようだった。マテオは一度、下を向く。そして。

「俺も、猟師が大好きなんだ」

 壇上の二人は見つめ合い、笑い合う。まるで恋人同士のように見える。しかし髪飾りは、マテオの手の中だ。


(マテオ……)

 若者は今、一つ大人になったのだ。そんな風に感じた老魔術師の胸は、ジン、と熱くなっていた。



 あくる日。

「ティンクも王都を出ることがあったら、ヘスタに顔を出せよ」

「じゃあ、またな!」

「おお、またのぅ」

 今日は建国祭の最終日。門の混雑を見越してか、一日早く帰るという猟師親子と再会の約束をして別れた。

 見送りを終えると、ティンクルスはクロードとともに、人ごみをかき分けながらアーチ橋へ辿りつく。この日は中央街をゆっくりと楽しんだ。


 そして夜。

 今日が最後とばかり、庶民街の大通りと自由市場は大勢の人で賑わう。今年は魔光灯山車まこうとうだしという変わった趣向があるせいか、例年よりさらに混雑している。

 しかしティンクルスの姿は、静かな貴族街にあった。


 淡く優しい色合いのカップを二つ、クロードが二つの石碑の前に置く。

 カップは老魔術師がアンガンシアで買った、みなでそろいの土産だ。二つの石碑の下には、老いた侍従クロードと老侍従のロイクが眠っている。

 貴族街へ通してくれた騎士ジャンが、みなのカップに酒を注ぐ。


「侍従のクロード殿とは、どのような方だったんですか?」

「ロイクにそっくりな爺さんだ」

 二つの石碑を眺め、ふふんと笑ったクロードに、騎士はなるほどとうなずく。

「では、そのクロード殿もティンク様のことが大好きだったんですね」

 騎士に、友に、ほほ笑みを向けられた老魔術師は、照れくさそうな嬉しそうな笑いをもらした。


「お、始まるぞ」

 クロードの声に、ティンクルスは王宮を見た。

 いつもなら照らされている時計塔が、今は闇に溶けている。そして、ヒュッと光が夜空に昇り、金にきらめく花が咲いた。


 これは魔法院の魔術師たちが上げている花火だ。

 幼い頃は老いた侍従クロードと見、魔法使いになってからは打ち上げる側だったが、老いてからは老侍従のロイクと、友のクロードと眺めた。

 去年は旅の途中であったために叶わなかったが、今年はみなと一緒に見ることができた。


「来年も、みなで見られるといいのぅ」

「そうだな」

 ティンクルスは夜空にきらめく花を眺め、ほんわりと笑った。



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