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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
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賑わう街と懐かしい若者

「……人通りが、多い、のっ」

「もうすぐ祭りだからな」

 ティンクルスはクロードとともに、警備隊から頼まれていた傷薬を納品し終えると、魔法屋目指して大通りを歩いていた。

 人であふれる道をぶつからないよう歩くのは、運動神経の鈍い老魔術師にとって至難の業だ。右へ左にちょこちょこと、足を動かすたびにつまずく。


「っ」

「大丈夫か?」

 転びそうになったところを支えられ、ホッと息をついたティンクルスはほわりと笑って友を見上げる。しかし。

「ありがとう、のっ」

 礼を述べたそばから蹴つまずいてしまい、またまたクロードに助けられた。

「ティンク、無理にしゃべらなくていいし、前を見て歩いたほうがいいぞ」

(……わし、祭りが始まったらちゃんと街を歩けるのかの?)

 老魔術師は心配だ。


「ふぅ……」

 ようやく庶民街を抜けると、ティンクルスは安堵の息をもらした。クロードが同じように息をついたのも、老魔術師の身の安全が確保できたためか。


 中央街はそれほど混雑していない。少々お高い店が並んでいるからだろう。建国祭の夜の会場が、庶民街の大通りと自由市場、これらに限定しているためでもあるのだろう。

 店を出そうと目論んでいる者たちの間で、熾烈な場所争いが勃発しているとも聞く。これを調整する警備隊舎は人でごった返し、怒声が飛び交ってもいた。


「祭りとは、戦いなんじゃのぅ」

 アーチ橋から庶民街をふり返ったティンクルスは、妙にしみじみとした声で感慨深くつぶやいた。





「ふぅ、落ち着くのぅ」

 安らぎあふれるティンク魔法店に戻り、ソファに腰かけ元女将のおいしい紅茶をいただく。一息ついた老魔術師は、さて何をしようかと辺りをきょろきょろ見まわした。

 警備隊、魔道具職人工房、庶民街の薬屋。これら、外から請け負っている仕事はもう終わった。この店の棚にも、作ったばかりの魔法薬がずらりと並んでいる。


「今日は誰も来ないしのぅ」

 やることが見つからない。ティンクルスがポツリとこぼすと、クロードは「来なくていいだろ」と眉間にうっすらシワを寄せる。

 彼の言った『誰も』が、世間話と称した愚痴をこぼしに来る、おっちょこちょいな隊員や若主人を指していると感じ取ったせいだろう。

 と、ここで。


 ――カラン、カラ~ン


 ティンク魔法店のドアベルが軽やかな音を奏でた。ちょっとばかり暇だった老魔術師の顔が、パッと持ち上がる。


「よっ、久しぶりだな! へえ……ここがティンクの店かぁ」

「お、おぉ……マテオ! 村から出てきたのかの?」

 入口にあったのは、懐かしい若者の姿だ。店を忙しなく見まわす彼は、王都の外村ヘスタに住む、猟師の息子マテオだった。


 この若者と出会ったのは、元女将の宿屋で若夫婦が盗難騒ぎを起こしたときのこと。宿泊していた猟師親子は、おっちょこちょいな隊員に犯人ではと疑われてしまった。

 それから老魔術師が王都を発ってすぐ、ヘスタの村で再会した。宿の世話をしてもらい、一緒に薬草採取もした。これがもう、一年以上も前のことだ。


「おぉ、おぉ、立派になったのぅ」

 ティンクルスはもたもた立ち上がり、のたのた近づき、穏やかに嬉しげにニコニコと笑う。その姿はまるで孫を可愛がる爺そのもので。

「ティンク、なんか爺さん臭く……変わってないか」

 老魔術師を眺め、首をひねったマテオは、しかし前からこんな風だったかと納得したようにうなずく。


「ささ、こちらへどうぞ」

 お決まりの文句でマテオにソファを勧めると、ティンクルスは懐かしいヘスタの話に花を咲かせた。



「フェルもノアも、みな相変わらず仲良く元気なんじゃのぅ」

「ああ。あいつらは王都に来る用事がないから、もしティンクたちが戻ってたら、よろしくって、お帰りって、伝えてくれって言ってたぞ」

「そうかの、そうかの」

 老魔術師は崩れっぱなしの顔をうむうむと縦にふる。


 フェルはヘスタ隊総隊長の息子、ノアはその幼馴染の兵士だ。彼らとは魔人討伐で組んだ仲でもある。

 ヘスタ兵は王都への魔石輸送を担っているが、この二人は魔物が出没する外村の向こう、アンガンシア方面を担当しているそうだ。担当区間が変わるのでもなければ、彼らが王都に来ることはないだろう。

 ちょっと寂しくはあるが、こうして話を聞き、言づけまでもらえれば、それはそれで嬉しく思う。

 マテオはというと、魔物の毛皮や肉、猟師の妻たちが加工した魔宝玉まほうだまを、父とともに売りに来たのだそうだ。


「じゃあ、建国祭も楽しんでいくのかの?」

 ならば数日は王都にいるのだろうと、ぜひ祭りを一緒に楽しもうと、ティンクルスは目を輝かせた。が……

「あっ、ああ……」

 なぜだか、マテオの返事が鈍い。顔がうつむき耳は赤くなっている。

「……女だろ?」

 心を感じ取ったのだろう、クロードがニヤリと笑う。と、マテオの耳はさらに赤く染まった。


 これはつまり、彼には恋しい娘が王都にいて、二人で祭りを見てまわる約束をしているということか。

「お、おぉ、それは悪かったのぅ。その娘さんと楽しんで」

 ここまでを言うと、マテオの顔がガバリと上がる。

「やっ、違うんだ! その、一緒に、か、髪飾りを選んでほしいんだ!」


 男性が女性に髪飾りを贈る――この国では、未婚の女性は髪を下ろし、既婚の女性は髪を結い上げる習慣がある。髪を上げるのは結婚するということ。転じて髪をまとめる髪飾りを贈るのは、昔ならば結婚の申しこみとなり、物が豊かになってきた昨今は恋人になってほしいという意味になった。

 しかも、祭りで街が浮き立つこの時期は、夜の賑わいも手伝って、多くの恋人たちが生まれるときでもある。


「結婚の申しこみかのっ?」

 老魔術師の知りうる情報は、ちょっと古かった。慌てた様子のマテオから今の若者事情を聞く。

 そういえば、とも思いだす。優しげな隊員は娘にとって大切なネックレスを贈ったし、おっちょこちょいな隊員は妙な恰好で剣を捧げていた。

「なるほどっ、交際の申しこみなんじゃのっ」

 なぜだか鼻息の荒いティンクルスは、しかしここで首をひねる。なぜ自分に相談するのか。洒落ているらしい服装を見て判断したのなら、選んでいるのはクロードだ。こうしたことを説明すると。


「や、そうじゃなくて。その、相手は、な、ここで働いてる婆ちゃんの、ま……」

「ま?」

 ティンクルスは身を乗りだして続きを待った。マテオの、もごもごと動いていた口はグッと引き締まり、逸らされていた目はしっかりとこちらを向く。そして。

「孫なんだ!」

 若者から気合の入った告白をぶつけられ、老魔術師はソファから転げ落ちそうになった。もちろん、クロードが「ティンクを驚かせるな!」と苦言を呈したのは言うまでもない。


 つまり、こういうことであるらしい。

 猟師親子は王都に来ると、元女将の宿屋を定宿にしている。息子はそこの看板娘に恋をした。だから恋しい娘の好みやら何やらを、祖母である元女将に聞いてほしいというわけだ。

「う、うむっ。わし、がんばってみる」

 大切なことを任されてしまった気がする。ティンクルスは若干ギクシャクしながらも、小さめの拳を握ってみせた。


「どんな髪飾りが好きか聞けばいいのかの? や、男性の好みを……じゃが、マテオはマテオじゃしのぅ。ん? まずは娘さんに恋人がいるかどうか、確かめたほうがいいかの?」

 マテオが去ると、老魔術師はぶつぶつぶつぶつ、ひどく難しい顔になって腕を組む。

「何でみんな、厄介な話をティンクに持ってくるんだ?」

 悩むティンクルスを眺め、入口を睨みつけたクロードは眉間にグッとシワを寄せた。





「あの、女将さん……」

 孫娘のことをどう切りだせばいいのか。居間へ戻ったティンクルスはそろそろと口を開いた。

 すると、何やら縫い物をしていた元女将が、顔を上げてフフフと笑う。

「あんなに大きな声ですからね、聞こえましたよ」

「ふぉ?」

 どうやら、いくつかの言葉が聞こえたことで、元女将は全てを察してしまったらしい。さすがは賢者のごとき女将さんじゃ、と老魔術師はいたく感心する。

 となれば、隠す必要もない。


「というわけなんじゃ」

 先ほどの話を打ち明けてみると、元女将は考えこむような顔になった。

「その……お孫さんにはもう恋人がいるのかの?」

「いえ、そうじゃないんですけどね」

 元女将は顔に笑みを戻すと、首をかしげてこう続ける。


 街で育った者と村で暮らす者では、なかなかうまくいかないのだという。街の者にしてみれば、村は退屈ながらやるべき仕事はたくさんある。村の者からすると、街は気忙しくて騒々しい。物騒なことも多い。

 嫁いできたはいいものの、どうにも馴染めず故郷に戻ってしまったという話を、たまに聞くのだそうだ。

「ふ、む……」

 旅をしてきた老魔術師にも、元女将の言わんとしていることは何となく理解できる。


「まあ、人それぞれ、うまくいく人だってちゃんといます。でも、私もできれば孫には、王都にいてほしいと思いますけどねぇ」

「……そう、じゃの」

 孫娘がヘスタに嫁いだとなれば、元女将はそうそう会うこともできなくなる。多くの人々にとって、旅など簡単にできるものでもないのだから、永遠の別れとなってしまうことも十分にあり得るのだ。

 これは少々無理な話だったか。ティンクルスがしょんぼり背中を丸めると。


「ティンクさん、人それぞれですよ」

 こう言って、元女将は縫い物を広げて見せた。それは淡い紫色の、女性用のドレスだ。彼女は布をなでながら続ける。

「これはね、孫が建国祭で着る服なんです」

 祭りの二日目、自由市場には年頃の娘たちが集まり、美しさを競い合う。そのための晴れ着であり、孫娘好みの服なのだそうだ。


「女将さん……」

 孫娘の好みを教えてくれるということは、若者たちの気持ち次第だと、反対しているわけではないと、そういう意味なのだろう。

 フフフと笑った元女将に、ティンクルスもほんわり笑って感謝を述べる。そしてドレスをじっくり眺めた。

 ほっそりとした薄紫の、あまり飾り気のないドレスだ。そではふわりと、すその下は広がって少しヒラヒラしているか。ということは……


「む、ぅ、ぅん……」

 このドレスをどう解釈すればいいのか。老魔術師にはちっともわからず、口から唸りがもれる。

 結局、髪飾りの見立てはクロードの助けを借りることとなった。



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