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老魔術師は二度目を生きる  作者: とうあい
その後の章
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建国祭と浮き立つ王都 ~魔法屋編2~

「おい! ここ、グラついてるじゃないか! この山車だしには子供たちが乗るんだぞ。しっかり直せ!」

「この太鼓、響きが悪いな。皮を張り直すか」

「ちょっと! その服はまだ仮縫いの最中なんだから、勝手に着ないでよ!」


「賑やかじゃのぅ」

 ティンクルスはアーチ橋を越え、警備隊舎の右手に広がる職人街を歩いていた。

 日課にしている午後の散歩、ではなく、隣を歩くクロードの手には袋が握られ、中には魔術文字を刻んだ魔石が入っている。

 今日は魔道具職人工房から請け負った魔石の納入日であり、まあ、ついでに散歩中でもあった。


「そういえば、もうすぐ建国祭だったな」

「うむっ、そうなんじゃ!」

 祭りの準備に追われているのだろう。慌ただしく動く人々を眺めながら、ティンクルスがにこにこ笑ってうなずく。

 クロードがほほ笑み返したのは、祭りが楽しみというのではなく、老魔術師が嬉しげだからだろう。


 毎年、少し陽射しの強いこの季節になると、王都では建国祭が催される。

 大通りを大きな山車がいくつもねり歩き、賑やかな曲をかき鳴らし、踊り子たちが華やかに舞う。各地からやって来た芸人が技を見せ合い、集まってきた商人が珍しい品を並べ売る。

 期間は三日間、王と王族たちの壮麗なパレードで祭りは始まる。


「わし、今年は魔法院で講演しなくてもいいし、王宮のパーティにも出なくていいんじゃのぅ」

 『偉大なる魔術師』というご大層な存在だったティンクルスは、毎年毎年、建国祭を忙しく気を使いながら過ごしていた。

 パレードの美しい馬車から人々の笑顔を見ては、街の祭りはどれほど楽しいものなのだろうと想像し、一度で良いからみなと同じ楽しみを味わってみたいと思っていた。

 それが今年、ついに叶うのだ。

「むふっ、ふふふふっ」

 老魔術師の口から、変な声が出た。





 祭りの準備で活気あふれる街の熱気に当てられ、浮かれていたせいか。ティンクルスは足取りも軽く、かつ、いつもより幾分多くつまずきつつ助けられつつ、魔道具職人工房へ。

 すっかり顔見知りになった門番に挨拶をし、クロードが手にした袋の魔石を見せると「どうぞ」と中へ通される。


 建物に入ると、魔道具職人たちが机に向かっていた。

 手のひらより小さな石を専用の木枠に置き、ペンに似た魔道具で魔術文字を刻んでいる。真剣な眼差しで、眉間に若干シワを寄せて、いつもどおりの光景に見えなくもないが。


「……何だか、みなの顔がいつもより怖くないかの?」

「焦ってる、余裕がない。そんな感じだな」

 感情を読み取ったのだろう、クロードがうなずくと老魔術師の眉が下がった。つい最近、魔道具泥棒に遭ったばかりなのに、また何かあったのだろうか。

 心配顔になりながら、工房長の部屋へと向かう。


「少しでいいんだよ、山車をキラキラっと光らせる程度でさ。せっかくの祭りなんだ、あんたたちだって職人として、みんなに喜んでもらいたいだろ? だから少しだけ魔石をわけてくれよ!」

「冗談じゃありません! うちはただでさえ忙しいのに、建国祭の間は魔光灯まこうとうを増やさなければならないんです。そんな余裕はありません!」


 ドアは開いており、中には大柄な男と、口からツバを飛ばして食ってかかる工房長の姿があった。

 男は、山車を飾るための魔石が欲しいと言っているのだから、おそらく街の職人だろう。

 魔道具職人たちに余裕がないのは、祭りの間、夜も出し物や露店が並ぶ大通りと自由市場を照らすための、魔光灯を作っているせいか。万年人不足に悩み、さらに忙しいこの時期に、仕事を増やしたくないという工房長の気持ちはわかる。

 ただ……ちょい、とティンクルスが首をかしげたとき。


「あ、ティンクさん! 魔石を持ってきてくれたんですね! ありがとうございます」

 工房長はもう職人との話を終わらせたいのか、こちらにすっ飛んできた。しかしティンクルスは、おずおずと職人の男を窺う。

「その、職人さんは作った物を喜んでもらえると、嬉しいのかの?」

「そりゃそうだ! 自分が汗水たらして作った物で、みんなが笑顔になってくれるんだぞ」

 職人の男はバシンと逞しい二の腕を叩き、ニカッと笑ってみせる。


(魔術師も、一緒じゃの)

 作った魔法薬を、魔道具を、喜んでもらえれば老魔術師だって嬉しい。ふむ、とうなずき工房をふり返った。

 何となく、以前から感じていたのだが、魔道具職人工房と魔術薬師工房では少し雰囲気が違う。簡単に言ってしまうと、魔術薬師のほうが楽しそうに見えるのだ。

 これは、人々の喜ぶ顔が見えるか見えないかの差ではないだろうか。


 魔術薬師工房の薬は、王都ではなく、魔物が出没する外村へ優先的に送られている。しかし、その分魔法使いの作った魔法薬が人々の手に渡るようになった。まだ庶民街には多くないが、中央街の者は恩恵を実感しているはずだ。

 そして、魔術薬師工房は中央街にある。工房の行き帰り、魔術薬師が「ありがとう」と声をかけられる様子を見たこともある。

 一方、魔道具をありがたく思っているのも、現状、中央街の人々だろう。が、魔道具職人工房が建っているのは庶民街だ。

 魔道具職人は、自分が作った物を喜んでくれる笑顔を、見る機会が少ないのではないか。


「そうですねぇ……」

 こんな風なことをティンクルスが説明すると、工房長は憐憫のこもったような顔で職人たちを見渡した。

「ほら! だから祭りの山車に魔石を使えばみんな喜ぶだろ。その顔を見れば、ここの奴らだって」

「だからって! これ以上、彼らに無理はさせられません!」

 またまた、職人の男と工房長の言い合いが始まりそうになり、老魔術師は慌てて口を挟む。


「じゃ、じゃからのっ、山車を魔光灯にしたらどうかの?」

「え?」

「は?」

 意味がわからなかったらしい。工房長と職人の男が、そろってポカンとした顔になった。

 そんなに妙なことを言ってしまっただろうか、と心配になりつつも、ティンクルスは続ける。


 まず、祭りのために用意した魔石を山車に付けるのだ。そして、夜になったら光る山車を大通りと自由市場に置いておく。そうすれば魔道具職人の仕事は増えないし、山車も飾れて道も照らせる。

「山車を置くからちょっと場所を取ってしまうかもしれないが、どうじゃろ?」

 まだ口が開きっぱなしの工房長と職人の男を、老魔術師はそろりそろりと窺う。


「……坊ちゃん、それでいこう!」

「ちょ、ティンクさんは立派な魔術師ですよ! 坊ちゃんなんて失礼なっ!」

 職人の男は力強くうなずき、工房長の眉はキリキリとつり上がった。それでも、みなと相談してくると勢いこんだ職人に、工房長も「お願いします!」と気合の入った返事を返す。

 どうやら、老魔術師の提案は良いものであったらしい。そして。


「坊ちゃんって失礼なのかの?」

 ひょいと隣を見上げれば、クロードは「いや」と首をひねる。

「子供に使うことが多いけど、育ちの良さそうな奴のこともそう呼ぶだろ」

「そう、じゃの」

 確かに、坊ちゃんと呼ばれても嫌な感じを受けたことはなかったし、相手に悪意があれば友が黙っていないだろう。しかし。


 今までちっとも気にしていなかったが、二十歳ほどの青年を『坊ちゃん』と呼ぶことはあまり無いかもしれない。

 穏やかでのんびりとした風な顔立ちが、子供っぽいと思われているのか。だが、小さな子供たちは『おじちゃん』と呼ぶ。いったいどっちなのか。

 ティンクルスはしばし、真面目な顔で腕を組み、うんうん唸りをもらしていた。





「え? 魔光灯の山車? 何言ってるんだ?」

「あ、そういうことか。俺たちの作った山車が夜も活躍するんだな! じゃあ、もっと豪華に飾ってやる!」

「それならまず、警備隊と商店主たちに話を通さなきゃ!」


 先ほどの提案で、さらに慌ただしくなってしまった一画をそそくさと通り抜け、ティンクルスとクロードは大通りへ出た。

「何だか、かえって悪かったかのぅ?」

「いや、みんな楽しそうだったぞ」

 魔道具職人たちも、手は動かしながら聞き耳を立てていたのだろう、浮き浮きした感じだったとクロードは言う。

「そうかの。じゃあ、魔道具職人さんもみなの喜ぶ顔が見られるのぅ」

 老魔術師はほわっと笑う。


「お、ティンクじゃないか」

 ここで声をかけてきたのは、そろいの隊服を着た、落ち着いた感じの隊員と優しげな顔の隊員だった。彼らは警邏けいらを終えて隊舎へ帰る途中だという。


「ティンク。頼んでた傷薬、間に合うかな?」

「おお、予定どおりに納品できるぞ。じゃが、いつもより量が多いんじゃないかの?」

 何かあったのだろうかと、ティンクルスが眉を下げて窺うと、優しげな隊員は苦笑いをもらし、落ち着いた隊員は肩をすくめた。

 もうすぐ建国祭、王都には多くの人が集まる、住人も浮かれる。するとケンカや犯罪も増えてしまうのだと、彼らは口々に話す。


「建国祭は一番大きな祭りだからね」

「警備隊にとっても一番忙しい時期ってわけだ」

 その忙しい時期に、老魔術師は魔光灯山車という新たな提案をしてしまった。山車を置く場所だとか、警邏の仕方だとか、どうやら警備隊にも影響が出そうだ。

「そ、その、申し訳ない、の……」

 訳がわからないといった顔の隊員たちに、ティンクルスはぽそぽそと謝りを入れた。



 大通りを歩いていると、あちこちから祭りの話題が聞こえてくる。みな、楽しげな顔になって話している。

(この準備のときから、祭りは始まってるんじゃのぅ)

 王族として生まれたティンクルスにとって、建国祭とは開催期間の三日間のみを指すことであった。権威を知らしめるものであり、民を安らげるものであった。あくまで主催者側に立ち、滞りなく行事を進めていく、そんな催しであった。

 それが、街の人々はそんなこと、まるで気にせず楽しんでいる。


「これが建国祭なんじゃのぅ」

 アーチ橋に立った老魔術師は、祭りを全身で感じるかのように、浮き立つ街の熱気を取り入れるかのように、思いっきり息を吸いこんでみる。

「今からそんなに楽しいなら、祭りが始まったらもっと楽しいな」

「うむ、そうじゃの」

 ティンクルスは隣でほほ笑む友を見上げ、にっこりと笑った。来たる建国祭が、とてもとても楽しみだ。



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