一斉突入と真相
三日月がうっすらと辺りを照らす夜。ティンクルスはクロードとともに、庶民街の細い路地をいつもより盛大につまずきつつ助けられつつ、それでも音を立てないよう、そっとそっと歩いていた。
目的地は警備隊が突き止めた魔道具泥棒のアジト――小奇麗な服を着た男が現れると、女性には騙されたフリをして魔法化粧品を買ってもらい、そのあとを隊員がつけたのだそうだ。
「ティンク、クロード、こっちだ」
落ち着いた感じの隊員が、二人を案内しながら前を歩く。彼は路地が開ける手前で足を止め、紺色の隊服を着た仲間に声をかけた。
「どうだ?」
「うん、もうすぐみんなそろう。奴らは中にいるよ」
道の向こう、うらぶれた感じの酒場を指しながら、老魔術師たちにニコリと笑いかけたのは優しげな顔の隊員である。
これから、警備隊員たちがアジトに一斉突入するのだ。
「ひ、久しぶりじゃから、何だかドキドキするのぅ」
ティンクルスは胸に手をやり、ふぅ、すぅ、と深呼吸を繰り返す。
こうした仕事は中央街で暮らし始めてすぐの頃、魔法使いを含む盗賊一味の捕縛以来だ。前回はよくわからないまま協力したため、逆にあまり緊張しなかったのだろう。が、今はこれから乱闘が繰り広げられるのかと思うと、妙にそわそわしてしまう。
「ティンク、今回はあの酒場を照らすだけでいいんだ。大丈夫、俺もいる」
背を擦ってくれる友の手が、老魔術師を落ち着かせていく――もう、大丈夫だ。
うむ、とうなずくと、優しげなクロードの顔がニヤリとしたものに変わった。もう一方の手に握られていた剣が、チャキリと振り上げられる。
王宮を出、街で暮らし旅を経て、この友は魔力を使うより武力を行使することのほうに慣れてきたらしい。長い足はしょっちゅうスリを追い払ったし、騎士ジャンの指導もあったのだろうが、槍も剣もなぜだか華麗に扱う。
人とは異なる魔力を使って、守護精霊だとバレてしまう心配は減ったのだが……
「その、できれば穏便に、の……」
老魔術師は平和主義者である。
「よし、準備はいいぞ。ティンク、頼む」
警備隊はアジトを囲んでいるのだろう。頼りない月が照らす闇の中、何人かの隊員がひっそりと行き来して、しばし。落ち着いた感じの隊員が落ち着いた声をかけてきた。
ティンクルスは「お」とうなずき手を合わせ、指示されたとおり、酒場を囲むようにして光の玉を四つ、次々と上げていく。
辺りがまぶしすぎない光に照らされると、あちこちから戸を叩き壊す音や、窓を割る音が聞こえてきた。
「みな、大丈夫かのぅ?」
老魔術師のいる場所から見えるのは、酒場の表側だけだ。幾人かの隊員が、泥棒の一味だろう男と格闘し捕まえてもいる。
この分なら大丈夫だろうか。そう思い、ホッと息をついたとき。
「ティンク! そっちに行くぞ!」
「ふぉっ?」
「ティンク、俺の後ろに!」
ティンクルスにわかったのは、必死の形相でこちらに駆けてくる男と、それを追いかける隊員の姿。それから庇ってくれているのだろう、前に立った友の背だ。
運動神経の鈍い老魔術師ではあるが、それでも王に仕えた魔法使いだ。手は自然、胸の前へ。
この間、一度だけ鈍い音がしたのはクロードが男とやり合ったからか。そして、老魔術師の魔力に気づいたのだろう、守るように立ちはだかっていた友の体が横にずれる。
「ティンク!」
「お!」
広げた手のひらには青い揺らぎがあった。それは大きな水の塊となって、立ち上がりなおも向かってきた男を直撃する。
「ぎゃっ!」
――バシャァァァ
「ふぅ……ん?」
気がつけば、騒がしかった酒場は、シン、と静まっていた。
一番手前にはズブ濡れの男が倒れている。その向こうでは隊員たちが、泥棒たちが、水を滴らせながら固まっている。酒場の屋根からはボタボタと音を立てて水が落ち……今回も、ティンクルスの魔法はちょっとばかり強すぎたようだった。
これでも老魔術師は平和主義者、の、つもりだ。
*
数日後の午後のこと。
ティンク魔法店の裏庭では、石で組んだかまどの上で鍋が煮立ち、中の葉が踊っている。
「ティンク、もういいか?」
「おお、わしが」
言い終える前に、クロードがもうもうと湯気の立った鍋をザルに空け、湯がいた葉を取りだした。
老魔術師がそのザル目がけて手を伸ばすと、サッと横から奪われる。
「……わしもやる」
「まだ熱いから、もうちょっと離れてろ」
「……や、わしも」
へなっと眉を下げたティンクルスが窺うも、クロードは少しばかり厳しい顔で首をふる。
二人が相変わらずのやり取りをしていると、元女将が顔を出した。途端、クロードの眉間にうっすらシワが表れる。
『あのねぇ、クロードさん。こういうことは本人のためにもやらせたほうが』
と続くはずだと予測したのだろう。しかし。
「ティンクさん、あのおっちょこちょいな隊員さんが来ましたよ」
「おぉ、ありがとうのぅ」
にっこり笑ったティンクルスの横で、クロードの眉間のシワはいっそう深くなっていた。
「お、奥さんも一緒かの」
店に行くと、ソファにはムキッとした隊員と、黒いローブの妻が大きな腹を持て余し気味にして座っていた。ゆったりとしたソファのはずだが、少し狭そうに見える。
魔道具泥棒の取調べが終わり、その話をしに来てくれたと思っていたのだが、妻も一緒となると別の用だろうか。
「体は大丈夫かの?」
「はい、結構大変ですけど……ふう」
腹をなでた妻はそれでもニコリと笑い、なぜだか横に座った隊員の足をパシリと叩いた。
「あー、その、なんだ。この間は泥棒の捕縛に協力してくれて、ありがとうな」
「お、おぉ」
おっちょこちょいな隊員の歯切れが妙に悪いのは、なぜなのか。ティンクルスは首をかしげつつもうなずく。
「そういえば、わしの魔法でみなが濡れてしまって、その、風邪をひいたりしてないかのぅ?」
「あ? そんなの、酒を飲めば風邪なんかひかない!」
隊員が袖をまくった腕を振り上げ、ぐっと筋肉を盛り上げてみせた。それを見たクロードはふんっと鼻を鳴らす。
「バカは風邪ひかないって言うからな」
何だか、以前も似たやり取りを聞いたことがあるような。
ちなみに、この隊員は一斉突入の際、アジトの裏側を担当していたらしい。けれど予定どおりだったのか勢いが余ったのか、彼は表のほうまで突っこんでいたために、やはりズブ濡れになっていた。
「この人は大丈夫です」
にこやかに、けれど何となく不自然な感じで笑った妻がまた、隊員の足をバシリと叩いた。
どうしたのだろう。首をひねったティンクルスに、隊員もまた、歯切れ悪く話し始める。
「あー、その、事件のことだがな」
聞いてみると、泥棒たちが魔道具を盗んだ目的は、老魔術師が考えたとおりだった。魔術薬師工房の魔道具が盗まれたという事実があれば、魔法化粧品を信じて買う者が増えるだろう、ということだ。
泥棒たちも魔道具の使い方など知らなかったし、魔道具があれば簡単に魔法薬を作れると思っていたそうだ。それに、実際に売ったのは安価な化粧品だ。魔法薬が作れなくとも、彼らには何の問題もない。
「じゃが……魔道具が盗まれたのは」
そう都合よく魔術薬師工房の魔道具が壊れるだろうか。魔道具職人工房へ修理に出すだろうか。
となると、両工房のいずれかに、この件に関わった人物がいることになる。
(工房の誰かが……)
一度目の生で心血を注いだ工房で、事件が起きてしまった。そう思えば、ティンクルスの背はしょんぼりと丸まる。
――バシン!
「ふぉ?」
ひときわ大きな音が響き、顔を上げてみると。
また妻に叩かれたのか、隊員が頬を引きつらせながら足を擦っていた。妻の手がもう一度振り上げられると、隊員の口が重そうに開く。
「その、なんだ。ちょっと酒場でな、こいつから聞いてた工房の話を、ちょっと酔っ払ってたらしくてな、俺がいろいろとしゃべったらしいんだ」
「……つまり、泥棒は隊員さんの話を聞いたから、今回の事を思いついたのかの」
「あー、そう、なるのか?」
ハハハ、と笑いをもらした隊員に、ティンクルスの口がパカッと開いた。チッと盛大な舌打ちをしたのはクロードだ。そして。
「だから、お酒を飲みすぎるなって……私が何度も注意したでしょ!?」
低い声で唸るようにしていた妻がガバリと立ち上がり、隊員を大声で怒鳴りつける、と。
「う……」
彼女は腹を抱えてうずくまってしまった。
「ふぉ? お、奥さん? 奥さんっ!?」
「おい、これ、産まれるんじゃないか?」
「ふぉっ!?」
「なっ、何だと!? おい、大丈夫か!?」
「あら、あらあらあら。クロードさん、隊員さん、奥さんを中へ運んで。ティンクさんも落ち着いて。魔法使いでしょ」
店の騒ぎを聞きつけたのだろう、ここで登場したのは元女将だ。慌てふためく男たちにテキパキと指示を与えていく。
「おっ、おっ、わし、落ち着いて……」
医療に携わってきた老魔術師ではあるが、女性の領分とされている出産には、いつもオロオロしてしまう。
ふっ、ふっ、とどちらが妊婦がわからないような息を吐くと、ティンクルスはキリリと顔を引き締めて元女将のあとに続いた。
――それから数時間ののち。
「おぎゃあ」
「おぎゃあ」
少しの間を空けて無事、女の子が、そして男の子が、順に産まれた。子は男女の双子であった。
「ほれ、お父上じゃぞ」
ティンクルスは男の子をそっとそっと抱き上げて、隊員に渡す。
「お、おお……」
おっちょこちょいな隊員は不器用な手つきで受け取ると、目を潤ませながら盛大に顔を崩している。女の子は寝ている妻の横だ。
新たな家族を得て、幸せをかみ締めているのだろう。柔らかく笑う夫婦と小さな小さな姉弟を眺め、老魔術師の目にもじわりと涙が浮いてくる。
「大きくなったら俺と一緒に警備隊舎へ出勤しような」
「大きくなったら私と一緒に魔法屋で薬を作ろうね」
隊員は息子へ、妻は娘へ。優しげなささやきのあと、クロードがティンクルスの耳元でボソリとつぶやいた。
「魔法使いになるのは男のほうだ」
「……」
両親の希望とは逆になりそうである。
「まあ、元気に育ってくれれば、それでいいんじゃないかのぅ」
この先、いろいろとあるのかもしれないが、この家族を見守っていこうと、それもまた楽しそうだと、老魔術師はほわりと笑った。




